2014年12月16日16時16分掲載
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文化
【核を詠う】(169) 波汐国芳歌集『渚のピアノ』の原子力詠を読む(1) 「汚染水天より降るを原発の事故の収束見えぬ長梅雨」 山崎芳彦
今回から福島市在住の歌人である波汐国芳さんの第十三歌集『渚のピアノ』(いりの舎刊、平成26年3月発行)を読ませていただく。この連載の中で波汐さんの作品は、2011年3・11の東日本大震災・福島第一原発事故以後に刊行された歌集『姥貝の歌』(平成24年8月刊)で読み、また波汐さんが編集発行人である季刊歌誌「翔」(歌人グループ「翔の会」)の平成23年4月から26年2月までに刊行された12巻により同グループの歌人の方々の作品と共に読ませていただいた。その波汐さんが「この歌集は、現在における私の呼吸そのものである。」とする『渚のピアノ』を読みうることは、筆者にとっての喜びでもある。「批評の眼をもって時代を視、日常の生活の中から素材を見つけ、それを踏まえて前向きに詩的現実を創造してゆく中に己も起ちあげていくことを自分に課して来ました。それこそ、被災地福島の復興にもつながると信じる」(あとがき)と言う波汐さんの作品群だ。
福島の地にあって1925年生まれ(いわき市出身)の波汐さんが長きにわたって短歌文学活動に取り組み続けてきている中で、3・11の震災・原発事故に遭遇し、その過酷な環境の中で福島の地に生き、反原発の短歌作品を詠いつづける情熱と、苦難と悲しみを乗り越えていこうとする歌人の意志には、深い敬意を持たないではいられない。若々しい呼吸を聞くのはうれしい。詩的精神がみずみずしく、「文語律を踏まえた口語定型短歌詩」を志向する試みの果実が輝きを見せている。現実を把握する立地点の確かさと、それを短歌表現する真摯な営為の継続の尊さを思う。学ばなければならない。
歌集名の『渚のピアノ』について波汐さんは「あとがき」で、まことに稀有ともいえる体験をしたことからのものであることを記している。紹介しておきたい。
「東日本大震災と同時発生の原発事故後のある日のこと、大津波に攫われ、且つ被曝地の一端でもあります古里いわき市の浜辺を歩いて見ましたが壊滅状態で、砂漠のうねりの中にいるようでした。・・・ふと、波打ち際の砂に半ば埋もれながら白い歯をむき出しているピアノを発見したのですが、それはまだ息があるようにも思われました。以前、阿武隈川支流の松川の河川敷に棄ててあったオルガンに近寄り、息吹き返せと叩いてみたことがありまして、その記憶を重ねて、渚のピアノを叩いてみました。何度も何度も叩いてみました。叩きながら、私には古里の浜の象徴のように思えて愛おしくてならなかったのであります。」
「そこで、震災と原発事故の被災地という過酷な環境のもと、今この福島の地に生きていることの証を残して置くことが、歌を詠む者の使命であると思うに至りました。その意味で原発事故を予知したように評価された歌を発表し、それを纏めた歌集『姥貝の歌』を上梓して一年を経たばかりなのですが、その後の生活の中で、止むに止まれず作り続けた作品に、新歌集のための書き下ろしの新作を加えた三〇六首を以って編集構成する第十三歌集『渚のピアノ』を上梓することに致しました。そして歌集名となった「渚のピアノ」一連を歌集の始めの部分に据えた次第であります。
この一巻は現在における私の呼吸そのものと確信しております。」
長い引用となったが、この歌集の中から、原子力詠だけを抄出させていただくのは、いつものことだが心残りが多い。やむを得ないことと思いはしても、多くのすぐれた作品を記すことができないのは辛いし心苦しいが、せめて、冒頭一連の「渚のピアノ」5首を読むことから始めたい。
◇渚のピアノ◇
鍵盤の(けんばん)の白き歯みせてピアノ出(い)ず 砂の中から歌あるような
津波痕(あと) 砂に埋(う)もるるピアノまだ歌残るやとノックしてみる
今一つ歌の生(あ)れよと声掛けて水漬(みづ)きしピアノ叩きてやまず
覗きつつ瀕死の海を呼んでみる ピアノの深みに呼んでみるなり
水漬(みづ)きたる渚のピアノ水を吐け歌を吐けよと何度も揺りぬ
〈Ⅰ〉火の譜
◇瀕死の渚(抄)◇
被曝後の海に奇形魚ありありと見えないものが見えて来たのだ
震災に爆(は)ぜし原発ありありと噫(あな)恐竜の化石が起(た)つや
(近くに恐竜の化石出でたる地ありて)
被曝者の君のタクトにみちびくを荒磯(ありそ)の波の今し戻るか
除染など及ばぬ山の喉(のみど)とや暗く小さく歌もう生(あ)れず
◇荒磯の詩(抄)◇
此処からいわき カンなの朱(あけ)の炎(ほむら)立ち反核目指しひた駆けん道 (古里いわきへの道<反核平和都市宣言の看板あり>)
おお、津波、原発攫(さら)い町攫い他県流出五万人とぞ
漁(りょう)ならぬ被曝の海や福島の深みに口をつぐむ姥貝
原発へこれの荒磯(ありそ)に見立てしは早打ちざまの警鐘なりし
古里に戻りし荒磯の連打(れんだ)とや原発爆(は)ぜて打つ面(めん)なきを
◇鳴砂の浜(抄)◇
放射線多き街なれ 朝の陽(ひ)に骨も透きてや行き交う人ら
汚染水 天より降るを原発の事故の収束見えぬ長梅雨
◇かもめの歌(抄)◇
被曝して饐(す)えたる海をありありと見せて波立つ漁師のまなこ
原発を憎し憎しと吐く息の漁師の口が火焔みちびく
被曝してずんずん遠退く海呼ぶを漁師の口のふと翳りたり
被曝せる海に余所者(よそもの)の釣り人(びと)ら釣り糸垂れておのれも釣るや (出漁禁止の舟が停泊する海に釣り糸を垂れる釣り人ありて)
被曝ゆえ出漁(しゅつりょう)絶えし福島に起(た)たす術(すべ)なき海と思えり
福島の闇に夕顔ぱつちりと被曝の死者も目覚めています
◇自滅への道(抄)◇
自滅への道をひたゆく人類か地震のたびに覚(さ)めて思えば
人類に迫れる終(つい)も見放(みさ)くるや卓の石榴(ざくろ)のふと歪みたり
赤々と釣瓶落としに落つる陽(ひ)のどさりと重し被曝してより
振り向かず急ぐ家路を熊笹のさわさわ付(つ)いてくるセシウムぞ
闇深き被曝盆地の入り口にふと出会いしは見知らざるひと
(避難して無人の村「飯館」を経て、福島盆地の入り口に至ったとき)
子等去りし孤塁(こるい)の福島守らんかセシウムの鬼を追う豆ぞまく
◇原発地獄◇
ダンテいま在(おわ)さば如何に歌わんか原発地獄 福島石棺
煉獄の奥の一つか無辜(むこ)の民閉じ込め原発石棺という
貧しきが故に原発招きしを原発爆(は)ぜて消えし町はや
「謀られて原発誘致をしましたか」言いつつ夕顔が笑ったような
原発事故の収束みえずつく息の深きにカンナの朱(あけ)をいざなう
セシウムの通り道なれ街路樹の捩(よじ)るるまでに騒ぐ夕べや
国策の原発招き事故招き自業自得とう声に振り向く
算盤の上の原発 津波への備えけちりて津波に弾(は)ぜぬ
放射能に追われ追われて水鏡 むきあうは寒き己が死に顔
原発に追われ逃るる牛の背の沈める異形(いぎょう)透きて見ゆるを
誰がこんなにしてしまったの何処までも瓦礫の山だ原発地獄だ
傷負いし原発建屋連なりて送電塔は翔(と)べないつばさ
放射能負える重さに沈む背の黄牛(あめうし)撓(たわ)め矢をつがえんか
おお、海は巨大な咽喉(のみど) 原発を呑んで見えない炎(ほのお)を吐いて
農の兄を訪(と)いて帰るに大根の臑(すね)ひらひらとセシウムもくる
頂きし大民の臑(すね)光りつつ放射能が背戸に来ている夕べ
原発に追われし人らの「仮設」とぞ工場跡地に小さく連なる
(「仮設」は通称仮設住宅のこと)
被曝して逃れし人らの「仮設」見ゆ 白々と見え他界の如し
放射能食(は)みいる日々ぞ食み次ぐに牙(きば)生えしやと顎(あご)に手をやる
セシウムは部屋隅にまで立ちおりて我が起き臥しに獄吏の如し
罪無きも交りいるとう煉獄の奥処遠くに連なるわれら
セシウムの半減期四十年そは刑期 このまま死なば獄中死とや
◇ゴルゴタの丘(抄)◇
被爆国 性懲(しょうこ)りもなく神の火を撓(たわめ)撓めて其(そ)に焼かれしか
反原発詠むのに佇(た)つ岬とやふとゴルゴタの丘に連なる (原罪意識に覚めた或る日)
原発の爆(は)ぜしさまなど峠路のみどりの風に問わん裔(すえ)らか
八月は反核のうた尽くるまで瀬戸大橋のハープに呼ばん
十字架のイエスの左右は盗人(ぬすっと)とう 核盗人と言い換えてみる
原発の爆(は)ぜあとの穴黒々と其処(そこ)より吹いてくる風なりや
次回も『渚のピアノ』の原子力詠を読む。 (つづく)
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