2015年01月01日20時19分掲載  無料記事
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アフリカ

【西サハラ最新情報】謹賀新年 平田伊都子

 「クッル アーンム ワ アントム ビハイル!」と、西サハラ難民キャンプから、他のイスラム教諸国と同様にアラビア語で新年の挨拶が送られてきました。 西サハラは占領国モロッコと同じようにアラビア語を母国語とし、イスラム教を国教としています。 アラビア語の謹賀新年を逐語訳してみます。 <クッル>は<全ての>、<アーンム>は<一年>、<アントム>は<あなた方>、<ビハイル>は<素晴しい>で、意訳すると<あなた方にとって一年中が素晴しくありますように>となります。 なんとも欲張った挨拶ではあります。 が、約40年間、不毛の砂漠で国連が約束した平和解決を待ち続けてきた西サハラ難民による2015年新年の挨拶には、わらをもすがりたい切羽詰った思いが籠められています。 
 
 2014年、暮も押し詰まった中での西サハラ情報をお送りします。 
 
(1)2014年12月22日、米ワシントン・ポストが写真とイラスト入りで<砂の線>という題名の西サハラ特集を発表した。「西サハラ難民は砂漠で40年にわたって亡命生活に耐えながら、闘い続けている。彼らの祖国西サハラは英国と同じ大きさで、モロッコとモーリタニアに挟まれ大西洋に面していて、<最後のアフリカ植民地>である。1975年に当時の植民地宗主国スペインが撤退して以降、モロッコに侵略され、1600マイルの地雷防御壁<砂の壁>で西サハラ民族は分断されたままになっている。そのモロッコは900万個の地雷を<砂の壁>周辺に埋めている」と、ワシントン・ポストは伝えている。 
 
(2)2014年12月23日、ケンタウィ西サハラ難民政府北欧三国代表の努力が実り、ノルウェーで超党派によるノルウェー西サハラ友好議員連盟が誕生した。 
5つの党からなる超党派議連は、西サハラ民族自決権に基づく<国連西サハラ住民投票>の早期実現と、モロッコ占領地西サハラでの人権侵害撤廃と、地雷の撤去を活動目標にしている。 
 ケンタウィー氏は、1991年、西サハラ難民政府代表として訪日し、「日本西サハラ友好議員連盟」を作り上げた。江田五月議員を会長に、柿沢こうじ議員、土井たか子議員、高村正彦議員、種田誠議員、小沢和秋議員などなど、超党派の高名な議員が参加した。 
 
(3)「地雷を撤去しろ!」 
 2014年12月29,30.31日の三日間、モロッコ軍が作った地雷防御壁<砂の壁>の前で、西サハラ難民達が抗議の座り込みをやった。モロッコ占領地西サハラの住民も危険をおかして駆けつけ、総勢約700人が地雷撤去とモロッコ占領反対を叫んだ。約600万個の地雷が、<砂の壁>の西サハラ難民政府解放区にモロッコ軍によって埋められている。人間だけでなく、らくだや羊や砂漠に住む動物たちの地雷による犠牲が耐えない。 
 これまで西サハラ地雷防御壁の埋蔵地雷は600万個とされていたが、ワシントン・ポストでは900万個と報じられている。 
 
 2015年は、あの悲惨な第二次世界大戦の、敗戦70周年に当たる年だそうです。 
 国連を信じて武器を置いた西サハラ難民の人々も、40年目ともなると我慢に限界がきています。 「国連が、平和交渉のテーブルを設定できないのなら、俺たちは再び銃を取る!」と、西サハラ難民と西サハラ被占領民は叫び始めました。 国連による和平交渉を第一義とする日本は、途絶えている<国連西サハラ和平交渉>を何とか再開させたいと願っているのではないでしょうか? 日本から遠いサハラ砂漠ではあっても、和平交渉の可能性が残っている西サハラ紛争に知らんプリはできません。 
 どんな戦争も、コリゴリです! 
 
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子 
WSJPO・西サハラ政府日本代表事務所所長:川名敏之      2015年1月1日 


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