2015年03月04日13時55分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(174) 『角川短歌年鑑・平成27年版』から原子力詠を読む(1) 「原発も武器も売り込みなうなうと生くる幸せを満喫せんか」 山崎芳彦

 今回は、角川学芸出版編の『角川短歌年鑑平成27年版』(平成26年12月、株式会社KADOKAWA)に所収されている短歌作品のうち「平成26年度 自選作品集659名」から、原子力詠(筆者の読みによる)を読ませていただく。全国にわたる歌人659氏が平成26年度の自作短歌から一人5首を自選した作品集だから、3295首が掲載されていることになる。その中から筆者が原子力にかかわって詠われているものと読んだ作品を抄出して記録するので、丹念に全作品を読んだつもりではあるが、読み違い、読み落としなど作者の意に添わないことがあることを恐れる。その場合、お詫びをするしかない。この連載では、これまで同年鑑の平成24年版から毎年読ませていただいているが、年々、記録する原発詠の作者数、作品数は減少している。しかしこのことをもって原子力に関わって作品化された短歌が減少しているということはできない。各地で営々として詠う歌人がいる。 
 
 いま読む「自選作品集」は一人5首を一年間に詠んだ作品から自選するという『角川短歌年鑑』の企画によるものだから、これをもって原子力詠の多少を言うことができないことは明らかなことだろう。 
 
 福島をはじめ、全国各地の多くの歌人が蓄積している原発や原爆、原子力にかかわる作品は、現在・将来に残される貴重な「宝」となるに違いないと、筆者は考えている。福島原発事故はとうてい収束、アンダー・ザ・コントロールなどといえる状況ではなく、つい最近も高濃度汚染水が海洋に流れたこと、そのことを東電は隠蔽していたことが報道された。被災者の生活の現状、止むことのない事故原発が惹き起こし続けている様々な危険な事態、政府・東電による実態の隠蔽、放射線被曝による健康被害のおそれの軽視宣伝、そして様々な手段での被災者切り捨てに向かおうとしている政府・東電の姿勢、さらに、各地の原発再稼働への策動、太陽光発電など自然エネルギー発電による電力の買い取り価格引き下げや量的抑止など原発維持・強化のための方策・・・。原発事故災害、人びとの苦難がなかったことにするかのような策謀が続いている中で、歌人もそれぞれの視点、感性、生活のありよう、生きている社会の実態の感得を短歌表現することを意識する、作品化する大切さを考える。 
 
 フリージャーナリストとして活躍している三山喬氏のルポルタージュ『さまよえる町 福島曝心地の「心の声」を追って』(2014年11月、東海教育研究所発行)を読んだが、著者が約3年間にわたって福島を訪れ丹念に取材してまとめた同書は貴重であると思う。三山氏は「あとがき」で、 
「私は約三年間の福島通いによって聞き取り、考えたことをとりあえず本書によってまとめたが、大熊の“定点観測”は今後も継続するつもりだ。懸案の諸問題をめぐる動きももちろん、見守ってゆく。/だが、私個人の優先順位では・・・被災者一人ひとりの内面が十年、二十年というスパンでどのような変化を見せるのか、その点にこそ、最大の関心がある。/人々の心情に寄り添ってゆく作業。そこには二重の意味で時間との闘いが待ち受けている。/一つは、残された時間に限りのある高齢の被災者から、如何に話を聞いておくことができるか。もうひとつは、心の整理を簡単につけられない人々の胸中に少しずつ、思いが固まってゆく歳月を本当に息長く、待ち続けられるのか、という問題である。・・・私は残りの人生の一部分を使って“大熊ウオッチャー”であり続けたいと思う。」などと記している。 
 
 同書の中には、短歌にかかわっての多くの記述がある。第一章は「三十一文字の予言」と題されていて、歌集『青白き光り』を刊行した大熊町の歌人の佐藤祐禎さん(故人)との出会いと交流について詳細に記されているが、そのきっかけは朝日新聞の「朝日歌壇」に作品が数多く採られている半杭螢子さん(福島県富岡町で原発事故により被災し、東京に避難している。半杭さんの作品はこの連載の中でも記録している。『年刊 朝日歌壇』を読む)にあったとしている。三山さんのいわき市に避難していた晩年の佐藤さんからの取材記に、筆者はこの連載の中で佐藤祐禎さんの作品を記録したことを改めて思い起こしながら、さまざまな感慨を持った。そのほか、鎌田清衛さん、三原由起子さん(歌集『ふるさとは赤』)、吉田信雄さん(歌集『故郷喪失』)らこの連載の中に登場していただいた歌人の作品もあって、興味深く読んだ。『ホームレス歌人のいた冬』の著者でもある三山さんであったのだ。 
 
 『角川短歌年鑑平成27年度版』の「自選作品集」から原発詠をよむ。この集は、作者年代別に1〜6に編まれ、また作者の所属結社も記されているが、年代、所属結社については省略させていただく。 
 
 
 ◇自選作品集より(抄)◇ 
○原発など河童の屁なりと言へるまで醒めてはならぬ三水の酔ひ 
                       (足立敏彦) 
 
○除染のため土十糎ほど入れかへられ庭草一本もなくなりしとぞ 
                       (大塚布見子) 
 
○地震、津波、原発事故をわが家族死にたれば知らず 墓に来て告ぐ 
                       (岸上 展) 
 
○三月十一日如何にか今日をわたくしに何をもたらし何を変へにし 
                       (古賀多三郎) 
 
○活断層か否かも極めず原発を建てし杜撰さホモサピエンスは 
                       (實藤恒子) 
 
○原子炉の水ひたひたとあふれきてハーバー蒼く滲む秋の灯 
                       (藤井幸子) 
 
○その甥の遺品われらに委ねらる峠三吉のあまたの書簡 
○被爆後の無事を知らせる一通あり八月末の消印のこる 
                       (相原由美) 
 
○原発も武器も売り込みなうなうと生くる幸せを満喫せんか 
○原発のすぐ傍に妻や子を棲まはせよ 東電のお偉いさんよ 
                       (梅津英世) 
 
○共々に六十九年を如何に向ふ挙句の果ての放射能汚染のことも 
                       (大河原惇行) 
 
○原発は都知事選より退けられて福島に<漏れる>まま置かれたり 
                       (岡崎康之) 
 
○みちのくはいづくはあれど福島の浦みに泊つる船はかなしも 
○放射能汚染の土を木を草を焼き滅ぼさん天の火もがも 
                       (柏崎驍二) 
 
○ひそかなることは大事と原発も差別もなき地熊野の森は 
                       (川井盛次) 
 
○基地原発負はぬ信濃の過疎の村スノードームの中のふるさと 
                       (草田照子) 
 
○原発輸出また汚染水流出のニュース五輪選手結団式などもかすめて消える                      (近藤和中) 
 
○キャッチアンドリリース寂しき釣りをする人ありセシウム潜む湖 
                       (佐藤孝子) 
 
○原発ゼロに入りたる日本平穏のごとくに海に汚染水流る 
                       (佐波洋子) 
 
○原発を信じて信じて作りきし君の瞳の底知れぬ暗さ 
                       (菅原恵子) 
 
○激甚の海の髪指(はつし)に遭うだろう放射能汚染水流し暮らすは 
                       (田村広志) 
 
○水が匂ひ、葦むら匂ひ土がにほふ 酔ひつつ忘れざれども フクシマ 
                       (中西洋子) 
 
○市役所の人がのつそり現はれて測りてくれし線量忘れつ 
                       (中根 誠) 
 
○建屋へと放てる水の命中を祈りしあの時いまだ笑へず 
                       (中野照子) 
 
○雨のなか色あせてゆく紫陽花の思いせつなし祖父の被曝地 
○原発も水俣病も根は同じ人の命を資本が食せる 
                       (山本 司) 
 
○口内炎とたたかふ四月 わが生はチェルノブイリの人と出会はず 
○死の迎へなどもあるべし高浜の入江に夏のひかりはあふれ 
                       (大森益雄) 
 
○雲ひとつなく八月の太陽の熱核融合反応続く 
                       (香川ヒサ) 
 
○大雪の東京の夜に母は問ふ原発ゼロで凍え死なぬか 
                       (栗木京子) 
 
○送られし地は長崎のはづれにて原爆投下の救護にあたる 
○原爆の阿鼻叫喚を語らずに逝きてしまひぬ我も聴かざりき 
                       (高階時子) 
 
○「再稼働」告げる画面にあまたなる花散り果てて街は明るし 
○沢水に拾ひ集めし骨洗ふふくしまの森萌えて明るし 
                       (立花正人) 
 
○あけぼの山ふもとの日本庭園に放射線量表示札たつ 
                       (花山多佳子) 
 
○「過ちは繰り返しません」といふときに主語を省略するのは止めて 
○ベクレルがシーベルトがと数値のみ報じて被曝のこはさに触れず 
                       (真鍋正男) 
 
○フリルレタスちぎりつつうたふ時花歌(はやりうた) 線量をもう誰(だあれ)も言はず 
                       (渡 英子) 
 
○この国に原発事故は無かったといつか誰かが言いだすだろう 
                       (飯沼鮎子) 
 
○こうなってしまったことのほんとうの悪い人たち現場におらず 
○異様なる宣伝広告費はありて安全よりも安全神話 
○知れば知るほどむしろありえることだったこれまでがただ幸運だった 
                       (俵 万智) 
 
○立候補尊し天使の羽つけて原発いらぬと駅に立つ人 
                       (古谷 円) 
 
○こんなにも激しく雨の降る国に炉心を冷やす水がなかった 
                       (松村由利子) 
 
 次回も『角川短歌年鑑・平成27年版』から原子力詠を読む。 
                         (つづく) 


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