2015年03月14日01時44分掲載
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ブレヒト作「第三帝国の恐怖と貧困」 東京演劇アンサンブル60周年記念公演
今、東京演劇アンサンブルという老舗の劇団がベルトルト・ブレヒト作「第三帝国の恐怖と貧困」を上演している。1954年に結成された同劇団は昨年、創立60周年を迎えた。今回の舞台も記念公演シリーズの一環だ。創設メンバーでカリスマ的リーダーだった広渡常敏氏が亡くなった今、新たに中堅世代の演出家3人が一連の記念公演を担当している。ブレヒト劇団が今後、いったいどのような方向に向かうのか、興味深い。
さて、昨日幕を上げたばかりの「第三世界の恐怖と貧困」はそのタイトルにあるように、1933年のナチス・ドイツの誕生から第二次大戦前夜までのファシズムが進行するドイツを描いている。劇はオムニバス形式で、年代記的に様々な場所で出来事が進行し、それらが全体のテーマを構成する。
様々な話がある。飛行部隊に所属していた弟がドイツ国内で事故で亡くなったと嘆く女性が登場する。しかし、周囲の事情通の人々と雑談していると、どうもスペイン市民戦争にフランコ支援のため動員され、スペインで戦死したのではないか、という疑惑が芽生えてくる。ドイツ軍がスペイン共和国軍側を空爆していた1937年のことだ。仮にそこでドイツ機が撃墜され、ドイツ兵士が命からがらパラシュート降下したとしても、同胞のドイツ爆撃機から機銃掃射されていたという。赤軍の捕虜にされて、様々な機密情報を話させないためだったという。演劇の面白さもさることながら、情報的にも「へーっ」というような赤裸々な話だった。
別の挿話ではヒトラー賛美の少年を集めたヒトラー・ユーゲントに所属する子供を持った教師夫婦の家庭が取り上げられる。教師が妻に「今、どの新聞にも真実などはない」などと愚痴を言っていると、子供がいつしか家を出て行っていた。妻は恐れはじめる。もしかすると、密告しに行ったのかもしれない・・・。どこまで子供に話を聞かれてしまったのか。その言葉はどう解釈されるべきか、熱につかれたように不安に取りつかれ、やがて夫婦は子供の行き先を調べ始める。
演出の松下重人はこうした14の場を構成して演出しているのだが、劇全体を見て感じたことはドキュメンタリー番組を見るような、アクチュアルな印象だった。ブレヒトがこの戯曲を書いたのは1935年から38年のことで、この間、ブレヒトはナチス・ドイツから逃れ、デンマークに亡命していた。ヒトラーが首相となり、権力を握った1933年の時点でブレヒトの作品は禁書に指定され、焚書の対象にされている。
その時代、言うまでもないことだが、テレビはなく、テレビ報道も、テレビ・ドキュメンタリーもない。だから、もしかしたらブレヒト劇はドキュメンタリー番組の機能を、演劇として担っていたのではなかろうか、という気がした。今でこそ、演劇とドキュメンタリーは分化しているが、その頃、演劇が歴史的・報道的事実をある視点から編集して伝えるという機能をも担っていたのではないか、と思えたのである。そう言えば、今までブレヒト劇を何度も見てきたし、ブレヒト劇を象徴する「叙事的演劇」という言葉も何度も耳にしてきたが、そのことを自然に理解できたのがこの舞台だった。それぞれの挿話は演劇としての1場のスケッチであるのだが、そこで語られるデテールはかなり、ジャーナリズム的な要素も強い。
たとえば「物理学者」という挿話では、パリから届いた秘密の研究メモをドイツの物理学者たちが周囲の物音にびくびくしながら密かにメモをしている。排外主義を実践したナチス・ドイツの時代、ユダヤ系その他の優秀な科学者がドイツから大量に亡命した。当然、科学もパワーダウンしていく。これもまた、当時の偽らざる実情だったに違いない。松下重人の演出はそうしたブレヒトの原点をうまく伝えていたのではないか、と思う。気になる1つ1つの日常のシーンを切り取って、その光景を見つめ直す。それを積み重ねながら、時代の全貌をわしづかみにしようとする。もちろん、演劇として様々な工夫が施されているし、テレビドキュメンタリーとは違う。しかし、僕はそこで伝達される内容のことを言っているのだ。
同劇団のパンフレットにはこの劇に参加した俳優たち全員が思いを記している。それを読むと、俳優の年齢は様々だが、今の政治に不安を抱いていることが伝わってきた。戦争に一歩また一歩と近づいている日本を皆、感じており、そこに焦りや無力感や不安を抱いている。と、同時に何とかしたいという思いにもあふれている。ブレヒトが「第三帝国の恐怖と貧困」を世に出したのは1938年だから、つまり、第二次大戦をヒトラーが始める前年のことになる。
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