2015年03月20日15時20分掲載
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地域
「あの山を赤い布で囲もう」指定廃棄物最終処分場候補地にされた加美町の女たち 西沢江美子
春が目の前に来た。雪解けと同時に政府、県が警官隊を連れて調査に来ると、宮城県加美町の女たちの間に緊張が走っている。地域の水源地である田代岳が放射能廃棄物の最終処理場候補地となってひと冬が過ぎた。町あげての反対運動の先頭に立っている女たちのたたかいを紹介する。
東京電力福島第一原発事故で発生した高濃度の放射性物質を含む「指定廃棄物」(1kg当たり8000ベクレル以上の消却灰や汚泥など)の最終処分場建設を巡り、国は宮城県の候補地を栗原市、加美町、大和町とした。そのうち加美町は町長を先頭に全町民が一つになっての反対をしている。
昨年、小正月気分も抜けない頃、突然のように「最終処分場」候補地にさせられた加美町の女たちは、右往左往しながらも、「このふるさとを放射能でよごさせない。放射能をまき散らした責任は東電と国だ.その後始末をしっかりさせる」と思いを整理し、「放射能と暮らしを考えるー風花ネットワーク」を生み出した。福島の事故がいつか遠のき、原発再稼働が動き出しているとき、この小さいが熱い加美町の女たちの「ふるさと」を守る闘いを紹介しよう。
「SOS,この美しい村に悪魔がやってくる。どうしたらいいの」―そんな手紙を受けとった。35年前、加美町(旧中新田町)に、私は公民館の女性グループから「この町でどう人として女性として生ききったらいいのか」をテーマに講演を依頼された。それから月に一度の割合で10年間通い、自然にゆるやかな「女たちの集い」と呼ぶ仲間ができていた。手紙はその仲間からのものだった。彼女たちは「パンパース(おむつ)をつけても歩き学べる町を作ろう」を合言葉に、加齢にそって暮らしやすい町づくりを、行政にも働きかけながら作ってきた。東北の小さな町でも不自由なく本や映像に接することができるようにと図書館をつくりもした。
あの3・11のときも、津波や放射能から命を守ることができた。福島からの避難者を受け入れ、夢中で世話してきた。飼料用のワラから放射能が検出されるという騒ぎに巻き込まれた。それもこれもやっと落ち着いたときやってきたのが「最終処分場」候補地であった。
「風花ネットワーク」の世話人、二瓶瑠璃子さん公民館、図書館、福祉センターで町の職員として働いてきた。定年後も図書館の利用者を中心に作っている「風土の会」の中心メンバーとして活動している。候補地の田代岳には春や秋、何度も登っている。そこは水源地でダムもあり、下流は東北一平坦なコメどころ大崎平野が広がる。田んぼの水もこの山から供給される。深い谷や森は動物、植物、虫たちの宝庫でもある。まさにいのちを育んでいる森であり、下流に人たちはそのいのちをもらってくらしている。
秋口、突然、県と環境省の職員が調査にやってきた。警官隊もやってきた。女たちは田代岳に登り、見張り、座り込み、抗議文を手渡し、調査拒否を続けた。
12月に入り、田代岳は雪に覆われ、調査は中断している。冬の間に週一回女たちは集まり、春にまたやってくる調査をどう断念させるか、知恵を絞っている。その一つが「赤いハンカチ作戦」。「幸福の黄色いハンカチ」をヒントに、赤いふとんがわをハンカチの大きさに切ってメッセージを書き、ひもでつないで田代岳をとりまこうというのだ。ふとんがわは戦争前に買い占めておいたものだという。あの15年戦争の臭いが染みついた布を、再び戦争の臭いがきざす「いま」、危険信号の「赤」として掲げようとその家の人が差し出してくれた。女たちの平均年齢は70歳代に入る寸前。
二瓶さんは次のように話す。
「3・11の汚染ゴミを引き受けないにはエゴではないかという気持ちがどこかにあり、なかなか動き出せなかったが、福島の帰還政策の話を聞いてふんぎれた。住んではいけないところに無理やり住まわせ、汚染されていないところの生命を脅かす。二つは別々の問題ではなく根っこは同じ。住めないところには住ませない、すべてを拒否し、国にやらせることが大事」
東電と国家に挑む女たちの老後。春にはまた県と国の調査を迎え撃つ。
(にしざわ・えみこ (福島[農と食]再生ネット代表、ジャーナリスト)
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