2015年04月03日12時36分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(177) 本田一弘歌集『磐梯』から原子力詠を読む(2) 「超音波機器あてられて少女らのももいろの喉はつかにひかる」 山崎芳彦

 前回に続いて会津若松市在住の歌人である本田一弘さんの歌集『磐梯』から原子力詠を読ませていただく。前回に読んだ作品群から明らかなように、本田さんはこの歌集に多くの東日本大震災・福島第一原発の壊滅事故にかかわって詠った作品を収めている。その中から、筆者が原発事故にかかわった歌として読み取った作品群を抄出させていただいているのだが、短歌という定型詩を踏まえた、文語詠により、時に会津の方言、上代の東北方言をも効果的に駆使して、原発事故が人々にもたらした災厄の深刻さ、被災した人々や自然に寄せる思いを表現し得ていることに、「歌の力」を改めて認識させられた。歌おうとすることに見事に対応していることばの響き、声調は読む者に伝えるべきことを、訴えることを沁みいるように届け、共鳴をよぶ。今回でこの歌集を読み終えるのだが、詠う―訴える、生を写す短歌作品が、原子力、原爆や原発と人びとのいのち、生活、社会のありようについて、深く、本質的に表現する文学であることを、拙く詠う者の一人である筆者は考えている。 
 
 大震災・原発事故後、会津若松市は原発に近い大熊町や浪江町などから多くの避難者を受け入れ、特に大熊町からの避難者は当初は4000人を超え、町役場も設置されている。仮設住宅での生活を余儀なくされ、ふるさとを帰る当てのない地にされた人々の苦難、苦悩に満ちた生活や心情に接し、かかわり、また会津の地も核放射線の脅威などから免れ得ない、そのような中で本田さんが詠う短歌作品には、「官軍に原子力発電所にふるさとを追はれ続けるふくしま人(びと)は」、「復興は進んでゐると謂ふ人のうすきくちびる見つむるわれら」、「いづになつたら帰って来(く)んだ ぶらんこのなくこゑがする秋の月の夜」、「祐禎さんのふるさとである大熊をセイタカアワダチサウがおほへり」、「土の欷(な)くこゑきこえむか桃畑をおほふ根雪のしたにしづかに」、「みづからのいのちを裁ちし人あまた『震災関連死』とは認定されず」…など、読む者のこころに響いて共振させるような、福島の地の人々が生きる現実を根底に据えた上での短歌表現のたしかさがある。抄出できなかった作品の中にも、筆者の心を強く打つ作品が多かった。 
 
 筆者は、いま朝日新聞特別報道部著『プロメテウスの罠9』(株式会社学研パブリッシング刊、2015年3月)や、三山喬著『さまよえる町』(東海教育研究所刊)、アイリーン・ウェルサム著『プルトニウムファイル』(翔泳社刊)などを読んでいるが、本田さんの短歌作品と重ねて思うことも多い。 
 
 また、本田さんが大熊町からいわき市に避難していた故佐藤祐禎さん(歌集『青白き光』)について数多く歌っているのを読みながら、この連載の中で原発に関わる短歌作品を読み始めた(東海正史歌集『原発稼働の陰に』に次いで読んだ。)当初のことを思い起して、心が騒ぐ。そういえば、本田さんが所属する「心の花」には、連載第一回目から読み始めた長崎原爆の被爆者のいまは亡き竹山広さんがおられたし、歌集『ひたかみ』の中の連作「神のパズル―100ピース」で筆者を震えさせた大口玲子さんも「心の花」に所属しているのだった。・・・それら様々を思いながら本田一弘歌集『磐梯』の作品を読む。 
 
 
 ◇平成二十五年◇ 
 ▼豆打ち(抄) 
福島の空をただよひわれらには見えざるものを鬼と呼ぶべし 
 
 ▼春鳥の(抄) 
  三月十二日 
溝ふかくなりゆく二年 恃むべき祐禎さんが逝つてしまへり 
 
祐禎さんの手があらはれて夜の空にするどき眉を彫(ゑ)りてゆくかも 
 
祐禎さんのゐない春の夜『青白き光』の鈍(にび)の栞紐はや 
 
三月の死者ひとり殖えあしひきの山鳥われは音をのみぞなく 
 
  三月十四日 
雪解けの田に映る空 原発がなかつた頃を思ひ出せない 
 
腹からこゑを出す人だつた 祐禎さんのこゑの貼り付く大熊の空 
 
仮置き場決まらぬままに春鳥のこゑのさまよふカリカリオキバ 
 
磐梯山の虚無僧雪の消ゆるまで湖の遊びを禁じられしか 
 
漢語もて双葉のからだ切り分くる避難指示解除準備区域とぞ 
 
 ▼立葵(抄) 
植ゑられた田んぼと月がみつめあひひそひそ話してる夜かも 
 
防護服着たる人らが大熊の田に入り苗を植ゑけり去年は 
 
 ▼蝉声(抄) 
復興は進んでゐると謂ふ人のうすきくちびる見つむるわれら 
 
線量は毎時六・五マイクロシーベルト 防護服着て墓洗ふ人 
 
防護服の白かなしけれふるさとの死者をとむらふ装束のいろ 
 
横積みのままの時間よ、横積みの墓石に人は手を合はせたり 
 
くさむらに手を合はせたり浪江町請戸の家をながされしひと 
 
夏の陽のじんじん暑し防護服に見えざるものの幾許(ここだ)貼り付く 
 
蝉声は責め声ここから逃げし人ここから逃げぬ人を責め居り 
 
 ▼青布(抄) 
止まったままの時間しづもる大熊は狐のいろの枯野となりぬ 
 
青布(あをにの)に覆はれてゐるふくしまの真土の息嘯(おきそ)きこえけらずや 
 
「全袋検査しました」新米を友へ送るに一筆添へつ 
 
黒真土、山鳥真土、白真土 会津の土をわれは愛する 
 
おほちちらねむる土なり放射性物質ふふむ土といふなり 
 
  ◇平成二十六年◇ 
 ▼土の空(抄) 
復興といふ言葉は嫌ひ三月の死者遠つ人雁が来鳴かむ 
 
ふるさとに帰れなかつたかりがねと祐禎さんのこゑにじむ空 
 
大熊の梨うまかりき過去の助動詞「き」にて言はねばならぬなにゆゑ 
 
過去の助動詞「き」には命令形がない ふくしま人(びと)に時間を還せ 
 
桑折にはわが叔母が住むあんぽ柿作らなくなり三度目の秋 
 
黒き袋は土のなきがら入れられて仮仮置き場に置かれてゐたり 
 
除染土が安全ならば四十六都道府県に頒くればよけむ 
 
少年を除染作業に雇ひたる業者のあれば逮捕されたり 
 
冬みたびめぐり来りぬふくしまの土を政府が買ひ取るといふ 
 
冬帽をふかくかむりて福島から来たとは言へぬ人や幾人 
 
モニタリングポスト埋もるる雪の朝われと生徒と白き息吐く 
 
ここはかつて桑畑なりきcesiumをふふむ土置く処となりぬ 
 
桑折町オフィシャルウェブサイトに確かむる仮置場周辺放射線量測定値 
 
「町土の除染なくして復興なし」と桑折町総合計画三大スローガンにあり 
 
立つ春の朝のさむき廃炉までいくらの千代を数ふればよき 
 
ふくしまは新桑(にひぐは)まゆのかきこもりこの現実を忍びよといふ 
 
「線量は問題なし」と誰かいふ桃の畑に雪のふりつむ 
 
桃畑を愛せしといふユダならで首括りゆくふくしまの土 
 
土の欷(な)くこゑきこえむか桃畑をおほふ根雪のしたにしづかに 
 
福島に生くるわれらをわらふならわらへわれらの土いろの空 
 
 ▼母子草(抄) 
「雪かきは慣れない」(ゆぎかぎはなれねえ)といふ大熊町仮設住宅に三度めのふゆ 
 
  87Bq/kg 
撃たれたる熊に残ってゐるといふセシウムの量悲しきろかも 
 
しんじつは余剰にこそあれ一掬の雪よりこぼれおつる雪なり 
 
 ▼春景(抄) 
「甲状腺検査」だといふ五時間目「古典」の授業に五人公欠 
 
超音波機器あてられて少女らのももいろの喉はつかにひかる 
 
啄木が捨てたふるさと ふるさとに帰れぬ春を咲く梅のはな 
 
 ▼緑のこゑ(抄) 
かの日より三年経てば除染土を入れし袋の破れてゐたり 
 
あらたまの春のいのちのふきのたうよりCs(セシウム)が検出さるる 
 
「三十年以内に県外の最終処分施設へ搬出します」といふはまことか 
 
無何有の土であるべし人間はみづからのため土を削りぬ 
 
削られてゆく春の土あまつそらより降りたまふ雨を吸ひつつ 
 
春雨にあらで洗はれゆく屋根よ、ふるさと除染実施計画 
 
田の畔にしやがめば万のみちのくの緑のこゑのきこえてきたる 
 
みづからのいのちを裁ちし人あまた「震災関連死」とは認定されず 
 
忘れえぬこゑみちてゐる夏のそら死者は生者を許さざりけり 
 
 歌集『磐梯』は今回で終るが、次回も原子力詠を読む。   (つづく) 


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