2015年04月16日15時28分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(179) 『短歌研究・2014綜合年刊歌集』から原子力詠を読む(2) 「この国のありやうの今かくあるを許せるわれらなれば口惜し」 山崎芳彦

 今回も短歌研究社刊の『2015短歌年鑑』所載の「2014綜合年刊歌集」から福島第一原発事故にかかわって詠われた短歌作品をはじめとする原子力詠を読むのだが、本稿を入力している最中、今日4月14日に福井地方裁判所において、福井、京都、大阪、兵庫4府県の住民9人が関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の再稼働差し止めを求めた仮処分申請について樋口英明裁判長が、関西電力に対して「再稼働を認めない仮処分」の決定を出したことが報道された。この仮処分決定により、直ちに高浜原発3、4号機の稼働は禁止されることになり、異議申し立てによる決定の取り消しがない限り再稼働禁止の命令は有効に働くことになる画期的なものである。 
 昨年5月に原発裁判史上のかつてない名判決といえる大飯原発(福井県おおい町)の運転差し止め命令判決を下した福島地裁の樋口裁判長の、まさに司法の法理、道理と倫理に適った見識にあらためて敬意を表したいし、この司法の誤りなき判断が政・財・官・学その他が結んだ原子力マフィア・シンジケートの横暴によって歪められることを許さない、この国の人々の意思と力を具体的な運動として現実化しなければならないと、強く思う。 
 
 当該高浜原発の稼働禁止の仮処分決定理由については、各種報道により明らかになるので、ここでは詳細には立ち入らないが、「大飯原発稼働差し止め判決」を踏まえての、樋口裁判長の決定であり、原子力規制委員会の規制基準による審査に適合しても、その規制基準が「緩やかに過ぎ、適合しても本件原発の安全性は確保されず、合理性を欠く。新規制基準に本件原発が適合するか否かを判断するまでもなく住民らが人格権を侵害される具体的危険性の存在が認められる。」と指摘し、さらに使用済み核燃料の保管について「使用済み核燃料は、我が国の存続にかかわるほどの被害を及ぼす可能性があるのに、格納容器のような堅固な施設で閉じ込められていない」ことは、「国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事態はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている」と厳しい判断を示している。その他、決定の理由として指摘されている内容が、「大飯判決」で示されている、原発事故が憲法に基づく「人格権」を根本的に毀損すること、その危険性を無視して原発の稼働を許していることの不正義に対する明確かつ厳格な、福島原発事故による痛切な体験を踏まえての、かつてはなかった司法判断、倫理的な見地を生き生きとみなぎらせた、許しがたい原発回帰促進勢力に対する指弾につながるものであると、筆者は思う。 
 
 それは、高浜原発にとどまらず、再稼働を目指そうとする国内のすべての原発に対する厳しい警告、再稼働禁止命令だと言ってよいだろう。原子力発電を「ベースロード電源」と位置づけ、現在発電量ゼロの原発を生き返らせようと企む原子力マフィアグループは、福井地裁の「大飯原発再稼働差し止め判決」と今回の「高浜原発再稼働禁止仮処分」を踏みにじろうとするだろうが、それを許すことは、この国の政府がいま進めている「戦争ができる国」に向けての政策推進を許すことと同じ道であろう。 
 政府、財界、電力企業をはじめとする原発回帰推進勢力は、「審査に合格した原発の再稼働は粛々と進める」、「速やかに仮処分決定に異議申し立てをする。認められなければ裁判官が変わる高裁で争い地裁の決定を覆す」など、あらゆる手法での抵抗をしようとしている。隠れた「指揮権発動」の暴挙さえ予想されないではない。暴走を続ける安倍政権下では、「私が最高司令官」の妄動が危惧される。憲法をさえ恣意的な解釈で壊していく政治を続けさせてはなるまい。 
 
 そのようなことを思いながら、『短歌研究2015年鑑』の「2014『綜合年刊歌集』」から、原子力詠を読んでいきたい。 
 
 
◇棄てられし田畑に佇つは人ならず毒物つめし黒き袋が 
 政治家は人気なき野に働けよ汚染物の黒き袋を背負へ 
                    (木部敬一) 
 
◇原発の廃炉説かるる一人の矢を射る声のこころ揺さぶる 
 活断層底ひに眠るわが町は三十キロ圏内雪降りしきる 
                    (木村照子) 
 
◇少年の記憶は消えない「理研」にて原子爆弾開発の記事 
 仁科博士・原爆・理研 終戦の三題噺は『蛍雪時代』 
                    (久瀬昭雄) 
 
◇「ピカッてして、ドーンて暗うなった」とぞ兄が語りし幼き日あり 
 「ピカドン」と祖母が話してくれたるを定かならねど確かに聞きし 
                    (久保美洋子) 
 
◇美味しいと思ひますとて酒を酌む会津の人の頬を忘れず 
 震災で音信不通やうやくに内陸に居ると賀状来たりぬ 
                    (桑原元義) 
 
◇地元見ず再稼働するは刹那主義<靡衣婾食>のたぐひと言はう 
 再稼働と輸出に執する政権の民意くまねば誰の奉仕者 
 プルトニウム蔵せる国が掲げゆく「核なき世界」に真実味ありや 
                    (剣持輝雄) 
 
◇膝がしらの被爆のケロイド生きて来し七十年の血の色透かす 
                    (小林光子) 
 
◇被爆ドーム保存計画起ちしよりいくばくもなく夫は逝きたり 
                    (河野きよみ) 
 
◇傘させば核かろやかに音を立て核の傘下に居並ぶ原発 
                    (駒田善治朗) 
 
◇避難指示区域の家庭に配られるネズミ対策駆除のマニュアル 
 避難して三年経てる君言へり酒に溺れる日々うとましと 
 希望の絵夢の絵柄を児ら描きぬ嵩上げ成りし堤防の壁 
                    (今野金哉) 
 
◇ヒロシマがあつたといふのに原発を好める国の歌を読みにき 
                    (紺野万理) 
 
◇原爆は公園に墜ちてかつたと子の声に児の聲は応へぬ 
                    (佐藤伊佐雄) 
 
◇「大間町」指呼のうちなるまぢかさに原発拒む潮騒はげし 
                    (佐藤てん子) 
 
◇ブルーシートの青は食欲を失くす色 三年を褪せることのなき色 
                    (斎藤芳生) 
 
◇地震多きまほろばの国大津波に原発のあといくつ襲はれむ 
 思ほえば怖ろしきことばかりなり原発の収束にかかる歳月 
                    (志垣澄幸) 
 
◇長崎の「地の塩」だつた竹山広は短歌とふ矢で原爆を射た 
                    (島内景二) 
 
◇前略、前略、今日も前略。今日で三年、お変わりなくて… 
 それでも動かない風、それでも動かしたい風、それでも春弥生 
 再稼働、新増設、ゆっくりとあたまをもたげて春がきた 
                    (須賀恵至) 
 
◇原発の事故の広がり、大地震今日は無ささうまた生きられた 
 喪失は悲しみとなり諦めとなれど達観するに至るや 
                    (鈴木隆夫) 
 
◇除染とて庭土剥がす作業終え何処の土か運ばれて来ぬ 
 除染後の庭の気配は変りたり運ばれ来し土に何をか問わん 
                    (関 秀子) 
 
◇原発を輸出し武器を輸出してよいはずがない 私の祖国 
 美しき水の惑星 わたしたちはどこで間違ったのだろう 
                    (関 泰子) 
 
◇今更に被爆二世と言うならずただ歌うべき時来たれりと 
                    (関根和美) 
 
◇原発は遠くにありてデパ地下の行列の先っぽひとくち餃子 
                    (曽我玲子) 
 
◇枯芝に東風冷え冷えと沈む庭災禍三年の両手を合はす 
 ひそやかに放射線水垂れ流す広く大きなる海を冒して 
                    (園部みつ) 
 
◇花咲くを待たず逝きたるナガサキの母思ひ出づアロエの花に 
                    (田栗末太) 
 
◇広島の巨大爆弾を知りつつも迫るソ連軍を我らは知らず 
                    (田代眞璃子) 
 
◇海域にゐし船千余「第五福竜丸」以外は秘密にされき 
                    (田中 惇) 
 
◇福島から自主避難してきましたと転校生の母語り始める 
 「鰺ヶ沢に一年いたけど土地低く海沿いなので怖くてきました」 
 「下の子がまだ二歳です。五人の子を連れて弘前に車で来ました」 
                    (田中一美) 
 
◇放射能・汚染・除染と見えざるを測りて鳴るは草笛ならず 
                    (田中雅子) 
 
◇信濃川分水河口の海底の放射線量ちかごろ聞かず 
                    (田宮朋子) 
 
◇吹きすさぶ春一番よ吹き飛ばせ秘密保護法を原発事故を 
                     (武田弘之) 
 
◇八月を語らう広島炎天に夾竹桃は燃えているらむ 
                    (玉城洋子) 
 
◇津波に加ふ放射能の被害に東北の人々の苦難の痛まし 
 三年の年月流れ悲しみはふかまるばかり被災せる人々 
                    (塚越信子) 
 
◇小畑川さくらまつりに集ふ人 福島からの人もゐるらむ 
                     (寺田惠子) 
 
◇汚染水タンク並べる端になほタンク作りゐる人たち映る 
 バベルの塔から原発に到るまでヒトの作ったものは壊れる 
 この国のありやうの今かくあるを許せるわれらなれば口惜し 
                     (寺松滋文) 
 
◇日本通の若きビナード氏原爆の丸木美術館をすでに訪ひゐき 
 丸木夫妻描きし原爆にまた会へり六十八年を経て生々し 
 遥々と来し原爆の図の前の姪よ南溟に父失ひき 
                     (遠役らく子) 
 
◇常磐井猷麿 
◇太陽が西から上つたとはしやぎつつ白き灰顔に腕に塗りゐし人ら 
 黒雲よりこの船に降り積みし白き灰その中に過ごしゐし二週間 
 下着の布目まで入り込みし死の灰をいかにかもせしいかにかもせむ 
 今になほ米人の持つ感覚かかの水爆を"ブラボー"と呼びしは 
                     (常磐井猷麿) 
 
 次回も短歌研究「2014綜合『年刊歌集』」を読む。   (つづく) 


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