2015年06月25日15時22分掲載  無料記事
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国際

【北沢洋子の世界の底流】トルコの総選挙−地滑り的変化

 さる6月7日、トルコで総選挙(定数550議席)が行われた。その結果は、エルドアン大統領の与党「公正発展党(AKP)」が、258議席と、はじめて過半数を割ったのであった。しかし、AKPは依然として第一党であり、野党と連立しなければならない。 
 
◆与党の後退と左翼政党の躍進 
 
 この総選挙の争点は、エルドアン大統領が目指した「強い大統領」、つまり、今までの議会内閣制を大統領制に変えるための憲法改正にあった。トルコでは、憲法改正には、5分の3の330人の議席が必要であった。しかし、投票者は、「強い大統領」と2002年以来のAKPのネオリベラルな強権政治を拒否したのであった。 
 
 もう一つの地滑り的変化は、クルド系左翼政党「人民民主主義党(HDP)」の躍進であった。HDPは、はじめて公認候補を立て、13.12%、50議席を獲得した。この50議席という数字は、エルドアンのAKPが失った議席数と符合する。 
 トルコでは、選挙の結果が「全得票率の?%以下の政党は議席を持つことが出来ない」という制度がある。HDPは、前回までは?%の壁を破ることが出来なかったので、無所属で立候補して、当選後にHDPを名乗るという手段をとってきた。 
 選挙前の予想では、すでにHDPの躍進は期待されていた。というのは、昨年8月の大統領選で、HDPのデミルタシュ党首が9.8%の得票率を獲得した。以来、HDPはクルド人だけでなく、性、宗教 民族、貧困などの少数者の政党であると主張してきた。これが、格差の増大に苦しむ人びとに支持されたゆえんであった。 
 
 躍進したのは、HDPだけはない。1923年にケマルアタテュルクによって設立された中道左派の「共和人民党(CHP)」も、極右の「民族主義者活動党(MHP)」も議席を増やした。 
 
◆クルドの地政学 
 
 今回のトルコの総選挙の結果は、欧米に支持されている。とくに米国は、シリア情勢を巡って、エルドアン大統領と対立していた。米国は、イスラム国の打倒を最優先している。この点では、アサド政権の打倒を目指しているトルコと摩擦がある。また米国がテロ組織と見なすアルカイダ系のヌスラ戦線をトルコが支持している。 
 
 要するに、欧米はトルコのエルドアンやAKPの勢力が強まることを警戒している。選挙の結果は、AKPが後退し、クルド人のHDPが議会に進出した。これは、「独裁色が薄まり、民主主義の回復にとって良い結果だ」というのが欧米のメディアの論調である。 
 
 しかし、クルド人問題は、単純な議会制民主主義に終わるものではない。クルド人は、トルコばかりではなく、シリア、イラク、イラン、そして、少数だがレバノン、グルジア、アゼルバイジャン、アルメニア、ロシアなどに住んでいる。クルド人の総人口は3,000万人と見なされ、国家を持たない最大の民族である。 
 
 トルコのクルド人は1,500万人と約半数を占める。トルコでは、合法政党であるHDPのほかに、武装組織の「クルディスタン労働者党(PKK)」がある。党首のオジャランは1990年に逮捕され、その後、獄中で武装闘争の放棄を宣言し、政府との和平交渉を受け入れている。現在は、HDP、PKKともにクルド人の分離独立の旗を下ろし、かわりに幅広い自治を求めている。 
 ところが、最近、シリアのクルド人組織「民主統一党(PYD)」の武装組織が、イスラム国が支配していたトルコ国境沿いの町テルアビドを制圧した。この町は、昨年6月ごろからイスラム国が密輸や外国人戦闘員のシリア入りの拠点であった。トルコはこれを黙認してきた。シリアのクルド人組織PYDが、トルコのクルド人組織PKKと連帯しているため、エルドアン大統領にとっては、テルアビドの陥落は打撃であった。 
 
◆トルコのバブルの崩壊 
 
 トルコ議会にHDPが登場したことは、クルド人ばかりでなく、トルコの左翼にとっても大きな勝利である。一方、それだけ政局は不安定になり、エルドアンとAKPに対する反対の声は高まるだろう。 
 
 欧米諸国が、2008年のリーマン・ショックで経済不況にあえいでいる時、世界の金融市場は、新興国と呼ばれた国ぐに投資を集中させた。とくにゼロ金利の米国からは高い利子を求めてウォール街からホット・マネーが殺到した。そして、エルドアン政権のもとで、過去?年間、「トルコの奇跡」と呼ばれた経済ブームが実現した。俗称「アナトリアのタイガー」は、ヨーロッパだけでなく、開発経済協力機構(OECD)の中でも、最も高い成長率を記録した。 
 
 しかし、このような非持続可能な発展は、決して続かない。国家、企業、銀行ともに、巨額の対外債務を抱え込んだ。例えば、90%の企業が持つ債務はドルやユーロなどの外貨である。ここで問題となるのは、債務の返済も外貨で払うのだが、トルコ・リラは、2008年以来、60%も下落してしまった。これでは、とうてい返済は不可能である。 
 
 2013年5〜6月、イスタンブールに残された唯一の緑地であったゲジ公園を壊し、巨大なショピング・モールを建設するというエルドアン計画に対して、数百万人が抗議デモを続けた。これに対して、警察は暴力でもって押さえ込んだ。その結果、22人が死亡した。 
 
 それでも、2014年の大統領選挙では、エルドアンは勝利した。中産階級が支持した結果であった。しかし、その後、建設費12億ドルで、1,150室もある超豪華な官邸を新設するなどの腐敗政治や、マスコミや労組を弾圧する強権政治に、人びとが「ノー」と言ったのが今回の総選挙の結果であった。 
 
 今、トルコは2つの国内問題を抱えている。第一は、AKPが多数をとれなかったので、連立を組まねばならない。連立の相手の中の民族主義のMHPは、エルドアンが進めているクルド人のPKKとの和平交渉に強く反対している。そうすれば、トルコの国内政治と治安の回復は遠くなるだろう。第2は、外国資本の国外逃避が加速されることだろう。特に米国の「連邦準備制度理事会(FRB)」が利上げを発表したので、これはトルコ外貨のウォール街への回帰が早まるだろう。トルコの4,300億ドルの対外債務を返済出来なくなる不履行(デフォールト)も日程表に入るかもしれない。 
 
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国際問題評論家 
Yoko Kitazawa 
http://www.jca.apc.org/~kitazawa/ 


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