2015年07月01日23時54分掲載  無料記事
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文化

文化財をめぐる争いから平和と交流のための文化財返還運動に 有光健

 2014年10月29日にソウル・故宮博物館講堂で開催された「文化財探し韓民族ネットワーク」の創立大会において、「韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議」を代表して講演した有光健さんの講演要旨です。(出典:韓国・朝鮮文化財返還問題連絡会議年報2015) 
 
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 私どもは、日本に持ち去られた文化財の返還を求める韓国の皆様の活動に触発されて、2010年6月に、韓国・朝鮮文化財返還問題を正面から取り上げる連絡会議を東京で結成しました。長年にわたり朝鮮・韓国と日本の歴史問題に取り組んできた荒井信一茨城大学名誉教授を代表に、東京だけでなく、愛知、京都、大阪など在住する会員や協力者に支えられて、活動を続けています。在日の方々と日本人がメンバーで、会員・賛同団体は併せて40ほどで、それほど大きな団体ではありません。 
 情報交換や研究、調査、啓発活動を中心に行なってきましたが、いくつかの韓国側の市民運動のお手伝いもさせていただきました。地味なテーマですので、ささやかに取り組むつもりでしたが、実際には、文化財返還を求める韓国・朝鮮側の運動が、しばしば大きな政治問題、社会問題となり、日韓の間で緊張と葛藤を生んできました。 
 ご承知のとおりの日本の右傾化・保守化の流れの中で、2011年に「朝鮮王室儀軌」を返還する際にも、「日韓図書協定」の批准を求められた日本の国会では、現在政権与党で当時は野党だった自由民主党は強く反対し、執拗に返還に異を唱えました。(公明党は協定に賛成でした。)そして2012年10月に対馬の仏像2体が盗まれて韓国に持ち去られた事件が判明し、2013年2月に韓国の裁判所が盗難仏像の移転禁止仮処分を出すと、日本社会全体がこれに憤慨し、一気に「反韓」「嫌韓」の世論が広がってしまいました。文化財返還問題を冷静に議論、研究できない環境に陥ってしまい、その深刻な後遺症が今も続いています。 
 文化財は、信仰や鑑賞の対象であり、それらを通じて歴史に触れ、先人の営みを知ることのできる貴重な資産です。それらがビジネスの対象にされる場合も多くありますが、倉庫の中に閉じ込められたり、裁判所に保管されることは、本来のありようではありません。研究者だけでなく、広く老若男女がさまざまな思いを抱きながら接し、触れることができるように公開され、配置されるべきです。 
 また、朝鮮半島由来の文化財のたどった歴史を調べることは、その時代、それに関わった人物や組織の歴史を知り、学ぶことにほかなりません。極めてクリエイティブで、刺激的な作業です。文化財を利用して、相手をバッシングするだけのネガティブな運動は、日韓双方において強くいましめられなければなりません。 
 調べれば調べるほど、研究すればするほど、日本にある朝鮮半島由来の文化財は増え、その返還を求める声は広がってくると予想されます。不幸なことに、それに応じて、それに反発し、返還を阻止しようとする動きも日本側で強まってくると思われます。いかに混乱を制御し、スムーズに返還を実現することができるのか? 私たちも知恵を絞らなければなりません。ただ、「返せ」「返せ」と叫ぶだけでは、却って関係が悪化し、こじれるばかりで、返還は遠のく一方です。 
 私たちは、まず先達の仕事に学ぼうと、2010年結成直後に、1972年にガリ版刷でわずか200部だけ刊行された、韓日会談で文化財返還問題を担当された黄永壽先生の「日帝文化財被害資料」を、会員たちの手によって翻訳し、復刻しました。同書は、当時の先達の苦労とその努力が報われなかった無念さ、怒りのこもった告発の書です。近く韓国でもこの書が復刻・刊行されることになり、作業が続けられていますが、黄永壽先生らの無念と提起された課題を、40年を経て、受け止め、大変遅まきながら、もっと韓国、朝鮮、日本の研究者・市民、そして政府も連携・共同して、1965年で止まったままになっていた調査と返還の事業を進めなければいけないと強く感じるようになりました。 
 ちょうど来年は1965年の文化協定から50年です。同協定には、請求権協定とは異なり、「完全かつ最終的に解決した」との文言は入っていません。その後、李方子女史の衣服を返還したり、朝鮮王室儀軌を返還した事例もあります。ただし、そのために一々政府間で協定を結び、批准を受けるプロセスが必要でした。今後、多くの文化財を返還するに当たり、一々同様の協定を結ぶことは過剰な負担を強いることになり、障害となります。 
 連絡会議結成直後から私たちは、<朝鮮半島由来の文化財の総合的な調査と包括的な返還促進のための立法措置>を提言しています。無用な葛藤を極力制御し、スムーズな返還を実現するための知恵と仕組みと法的措置が必要です。ポイントは、日韓の専門家による共同の調査、データの集積・共同管理、文化財返還に関わる紛争が起きた場合の調停・裁定機能を持った紛争処理委員会の設置、返還のルール作りなどになると考えますが、韓国側の皆様とも十分意見交換して、内容を検討していきたいと希望します。 
 文化財を調査し、返還に向けて働きかける活動が、韓国でも日本でも、専門家だけでなく、教師や学生、地域の郷土史家や古老なども広く参加できるムーブメントに広がっていくことを強く願っています。また、日韓、日朝という枠を超えて、ユネスコなどで論議されている世界の文化財返還の動きにも学びながら、世界史的な視点から、植民地支配と文化財の問題を考察し、返還の道筋を提起していきたいと願っています。 
 文化財を考え、行動することで、東アジアにナショナリズムを超えた文化的なインターナショナリズムが醸成されることを、文化財をめぐる争いから平和と交流のための文化財返還運動に発展・進化することを願い、呼びかけて、私の話を終わらせていただきます。 


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