2015年07月29日14時05分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(191) 『福島県短歌選集』(平成25・26年度)の原子力詠を読む(4) 「広島と長崎ありて福島あり核の連鎖を語気強く言ふ」 山崎芳彦

 衆議院で強行採決された「戦争法」案の審議が参議院で開始され、各種世論調査で圧倒的に多い反対の声を無視して、安倍政権はその成立に向けて突き進もうとしている。この国の主権者の戦争をする国になることを拒否する声も、憲法学者をはじめこの「戦争法」案が違憲だとする多くの人びとの声も、「憲法解釈権は我にあり」とする安倍首相は聞こうとしない。そして、この安倍政権は原発再稼働促進政権でもある。原発ゼロを求め、原子力社会からの脱却を求める人々の声も聞こうとはしない。戦争と原子力を重ねるとき、そこには人間否定の冷酷無惨な社会像が見える。それが安倍政権とその同調勢力が目指す政治がもたらす社会である。いま、福島歌人の短歌作品を読みながら、暑いこの夏を、原発事故被災者を苦しめ、心を冷えさせる安倍政権に対する怒りに共感することしばしばである。 
 
 あの福島原発事故から五回目の夏を迎えているが、政府は「福島復興・再生」をさかんに言い、被災避難民の帰還(強要)促進政策を強行している。いま避難民は12万人を超え、多くの人々がさまざまな形で生活を破壊され、苦難の日々を送っているのが現実であり、また、避難しないでいる人びとも核放射能を警戒し、不安を持ち、さらに事故原発の廃炉作業の成り行きや使用済み核燃料の管理のあり方、汚染物質の行方などに脅かされている。 
避難した人々も、しなかった人びとも原発事故の被災によって生活のありようを、苦難の方向へと大きく変えさせられている。 
 これに対して政府はいま避難者に対して、「原子力災害からの福島の復興・再生を加速に向けて」(6月12日閣議決定)ために、「避難指示の解除と帰還に向けた取り組み」を進め、2016年度末までに「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」の指定を解除し、その1年後には住民への精神的損害に対する賠償を打ち切り、さらに「自主避難者」に対する住宅提供の打ち切りも2017年度末には打ち切る方針を決め、被災者の意向を無視して避難指示解除、帰還促進(強要)を進めている。 
 これまで田村市、川内村の避難指示解除を行い、この9月には全町避難の楢葉町の避難指示解除を強行する。楢葉町の水道の水源である木戸ダムの水底には高濃度の放射性セシウム(1キログラム当たり1万ベクレル)が沈殿していることが明らかになっていることへの不安を訴える住民に対して政府の原子力災害現地対策本部長である高木陽介副経産相は、「放射線の考え方は人それぞれ異なる。安心と思うかは心の問題だと思う。」と述べたという。これこそが、本来年間1ミリシーベルトが基準である放射線量を、20ミリシーベルト以下になることが確実な地域を避難指示解除の目安とする(チェルノブイリ事故のロシアは5ミリシーベルトで避難)という基準を一方的に定めて避難指示解除―補償措置の縮減―帰還促進を推し進めようとする政府の、放射線安全神話を振りまきながらの「福島復興」、原発列島への回帰推進の本質を示している。避難指示で期限を切られた各地から怒りの声が高まっている。 
 
 福島原発事故による災害と今後に引き続く重大な問題は、何ひとつ解決されていないし、見通しもない。放射線安全神話(「100ミリシーベルト以下は安全」など根拠のない誤った言説の広報)、世界一厳しい規制基準による原発再稼働、被災者を無視した「福島復興・再生」(廃炉ビジネスを基礎にした国際研究産業都市構想など)の吹聴、人が住めない中間貯蔵施設の林立、全国への拡大計画・・・が進められている。 
 
 「丁寧に説明する」、「国民の理解を広げる」と、原発再稼働や「福島復興」、避難民の帰還促進について政府は述べている。同じ言葉を「戦争法」案についても安倍政権は繰り返している。説明するほどに破綻が現われ、理解が広がるほどに反対の声、怒りが高まり広がる。 
 
 『福島県短歌選集』から、原子力詠を読み続けるが、ここに記録はできないが戦争をする国づくりを進め、憲法違反を強行する政府に対する怒りを表明する作品も多いことを記しておきたい。 
 
 
  ◇木幡キクヨ◇ 
避難せし姉妹選挙に集りて仮設の炬燵にごろ寝をしたり 
原発の爆発事故に祖先より受継ぐ田畑は荒れ果てにけり 
                      平成25年度 2首 
避難して初めて耳にす寒鱈まつり小雪の中の熱き鱈汁 
如月になると飾りし雛人形避難の部屋に飾る場所なし 
                      平成26年度 2首 
 
  ◇小林綾子◇ 
原発の事故より二年避難地に花咲くを見ず師は逝きませり 
                      平成25年度 1首 
育ている五万羽の鶏置き去りに出来ぬと農夫は避難を拒む 
                      平成26年度 1首 
 
  ◇小松真澄◇ 
賠償金いかなるつぐないしてくれる金額をみつめ虚しさのわく 
野球する孫の衣服はセシウムに汚染されいしを知らず恐ろし 
                      平成25年度 2首 
放射能見えず恐れしこの二年ほんとうの空を返してほしい 
年内に庭の除染をすると言ういかに消えるか放射能のかげ 
                      平成26年度 2首 
 
  ◇今野金哉◇ 
風評に売れざる大蒜棄て置くに冬芽(とうが)の伸びて畑に勢ふ 
原子炉の爆ぜて濡れたる地下水(トレンチ)の水が示せる億のbecquerel(ベクレル) 
野生化の牛もイノシシも子を産みて避難区域の町に増えゆく 
老い人の数多は声を上ぐるなく仮設暮らしに二年過ごせり 
原子炉の爆ずるを危惧せし君なりき『青白き光』残して逝けり 
「する度に帰還の夢の潰(つひ)ゆく」と一時帰宅の老いの呟く 
                     平成25年度 6首 
三年(みとせ)経し仮設の窓の明滅を老いの歔欷(きよき)とも思ひつつ見る 
遺棄されて餓死せし牛の牛小屋に白き骨にて数多横たふ 
水源の被曝危惧して帰還せず全児童数「一」の学校 
風評に売れざるネギの葱坊主立てる畑に二番草刈る 
「勝兵は水に似たり」の言葉あり汚染地下水海に流るる 
風評に売れざる野菜も季(とき)来れば播種する我の習ひなるべし 
                     平成26年度 6首 
 
  ◇紺野 敬◇ 
避難地ゆ未だ戻らぬ子ら待つか校庭の桜花芽つけたり 
除染後を花ひらきたる藪椿ひとつひとつは童の笑顔 
除染とて肌削がれたるこの山の傾りにやがて若草待たむ 
                     平成25年度 3首 
除染もう終へたる里か雪かきの児ら作りたる小さき雪だるま 
被曝せる仮設の人ら大雪に列なす車へおにぎり配る 
椿の花ひらく一つは福島の復興叫ぶ口かもしれず 
こぶし花 復興庁の窓に咲け其(そ)は被災者の拳骨なるぞ 
原発の事故後の不安背負はされあと幾年をこの地に生きむ 
                     平成26年度 5首 
 
  ◇紺野晴子◇ 
放射線におびゆる日日に「神の火を制御せよ」とふ朗読を聞く 
年賀状書きつつ思ふフクシマに将来ありやと誰に問はまし 
汚染土をうち捨てがたく放り置けば袋は裂けて青き芽挙る 
安達太良の雪消すすめば青菜萌え放射線量気にしつつ食ふ 
                     平成25年度 4首 
 
  ◇紺野乃布子◇ 
付け放しに眠りしものか真夜覚めてテレビに映る「黒い雨」見る 
累々たる屍迫るモノクロのその衝撃に声をあげたり 
廃棄せし議事録あらば核開発妨げしとふを虚しく聞きぬ 
放射能影響研究所を今にして訴ふといふ広島か嗚呼 
黒い雨の分析今に始むるとふ戦後六十八年経るに 
黒い雨の分布に重なる死者の死因そのデータ見よ戦慄走る 
広島のデータに知る隠蔽の事実は福島の未来に重なる 
アメリカの核の傘とふ極まりなき危険な傘を何と言ふべき 
非核三原則「つくらず・もたず・もちこまず」このフレーズを忘るるなかれ 
                     平成25年度 9首 
「再生に向けた心の力」説く姜尚中氏澄みたる声に 
広島と長崎ありて福島あり核の連鎖を語気強く言ふ 
終りなき核の連鎖に戦きて会場出づれば雨しとど降る 
死に行くに震ふる手にて書きにしか「原発さえなければ」を息詰めて見つ 
仮設の縁に独り媼がつぶやけり「帰りたいなあ」「帰れないなあ」と 
村の選びし除染に未来託ししが帰れないと言ふ村人多し 
東電を「悪の帝国」と呼びつつに今も原発に働く男 
国策とは非情なるべし原発も除染もなべてひとり歩きす 
                     平成26年度 8首 
 
  ◇紺野 節◇ 
食べゐるは老いわれのみとなりにけりコンテナ六個の馬鈴薯芽吹く 
野分すぎたる朝の畑にたしかむる放射線量少し落ち着く 
ヘルメツト被る人らのバスが往く山木屋太鼓のふるさと目指し 
                     平成25年度 3首 
 
  ◇西木 甚◇ 
セシウムの低き会津の村の川釣り人見えず岩魚の太る 
原発に関りきたる浜の友事故後は貝になりて語らぬ 
                     平成25年度 2首 
 
  ◇斎藤昭夫◇ 
わが里の線量変わることもなし春曙に風花の舞う 
仰ぎ見る山が砦になりいるやわが町の線量高くはあらず 
仮設なる住宅をやさしく包むごと旧校庭の桜咲き満つ 
                     平成25年度 3首 
 
  ◇斎藤恵美◇ 
遺されし庭の除染の通知受く母の好みし花の満てるに 
庭の除染告げらるる同胞亡き母の好みし花に思いめぐらす 
                     平成26年度 2首 
 
  ◇斎藤フク子◇ 
除染土を剝ぎしわが庭丈低きコスモスの花咲くも愛しき 
                     平成25年度 1首 
音もなく降る雪の中除染夫は黙せしままに引き上げてゆく 
 
                     平成25年度 1首 
 
  ◇斎藤美和子◇ 
線量を思ひてゐたり除湿機のこの透明の水を捨てつつ 
汚染土のブルーの袋庭隅に置く家増えゆく桑折街道 
泡立草去年は咲きゐし休み田にあはれ薄のそよぎはじむる 
穫られずに枝々にあまた凍てゆける柿の畑のつづくふる里 
                     平成25年度 4首 
掲示板の線量値など誰も見ず児ら境内にドッヂボールす 
漏水の日常となり原発のベクレル億、千万の数値に馴れゆく 
除染せぬ庭にいちめん置く霜に枯れ落葉さへかがやけるなり 
真白きシーツ干す時胸底に線量といふ言葉がうごく 
                     平成26年度 4首 
 
  ◇斎藤芳生◇ 
放射線量高きふるさと流れゆく阿武隈川を画面に見ていつ 
パンをまく子らもうおらず白鳥らのねむる線量高き川べり 
冬晴れの予報とともに「本日の放射線量」を見ている家族 
空晴れて美しき冬の東京にまた、こなかった「世界の終わり」 
                     平成25年度 4首 
「ちゃんと除染していますから」お辞儀して拝観料のお釣りくれたり 
除染済みの樹木に紐を巻く仕事あわれしろじろ出口へ続く 
                     平成26年度 2首 
 
  ◇酒井タマ子◇ 
過ぐる日に浅蜊取りしを思ひ出づセシウム汚染の浦歩みつつ 
                     平成26年度 1首 
 
  ◇相楽智富◇ 
セシウムに躇いし去年の冬至の湯今宵は五つの柚子を浮かべぬ 
                     平成25年度 1首 
 
  ◇佐川 光◇ 
黙(もだ)しつつ歩み来たれる一団の除染夫に我は声を掛けたり 
除染夫の大きマスクを取りたれば笑顔やさしき青年なりき 
時かけて雨樋除染の若者に事故のなきよう心で祈る 
原発の事故発生後二年経ちようやくわが家に除染の時来(ときく) 
除染終えしわが石庭を眺めつつ空間の美のあるを称えたり 
思いきり草木の数を減らしたる除染の後の庭の麗し 
老いては石の庭を好むというつたえ除染を終えし庭に佇む 
                     平成25年度 7首 
 
  ◇佐々木 福◇ 
帰還困難・中間貯蔵と追われゆく避難の人等の師走を案ず 
帰郷への媼の祈りに胸痛し「九十七歳には帰れるかな」と 
震災は詠めぬに非ず詠むべきと福島フォーラム炎のごとし 
持ち主を待つ教室のランドセル浪江小の時間止まりしままに 
                     平成25年度 4首 
帰還困難の大熊・双葉の人々の中間貯蔵の苦悩を想う 
風評などどこ吹く風と帰り来る娘や孫の温み身にしむ 
庭石の苔はくまなく除染され五十年の想い幻のごとし 
被爆者を祖父母にもてる子供等の平和の誓い宇宙に届け 
                     平成26年度 4首 
 
  ◇笹島敬子◇ 
日は朝(あした)霧(きり)晴れ渡る八月の空にも含むか透明放射能 
                     平成25年度 1首 
母の日に鉄線送られて十数年庭の除染に鉢に移さむ 
「検査済み」と貰ひし桃の福島産歯触り良くて夏負け吹き飛ぶ 
                     平成26年度 2首 
 
  ◇佐藤 昭◇ 
人間の手には負えぬとわかりしが原発県にじっとしている 
がんばれのほかに言葉の無かりしか長距離列車に募る空しさ 
実りなき一日がきょうも過ぎてゆく将来(さき)を思えば穏やかならず 
                     平成25年度 3首 
 
  ◇佐藤ツギ子◇ 
福島の米は全ての線量が検査済むまで出荷は出来ず 
人住めぬ小高の駅の駐輪場かの日のままに自転車並ぶ 
甘柿が色づき熟れて日に輝れど線度気になれば一度も穫らず 
インフラと除染進まず避難者の帰還希望は半減しをり 
線量が変らぬままに年明けて輝く日射し窓より入り来 
わが畠の苺色づき穫り来しが線度測らず曾孫にやらず 
                     平成25年度 6首 
四月軸に警戒区域避難指示解除といふもインフラ案ず 
田村市の避難指示地区解除されただちに帰還は六割下る 
わが家の囲り一箇所除染する必要ありと調査にて知る 
                     平成26年度 3首 
 
  ◇佐藤輝子◇ 
人間と放射性物質の時間軸かみ合はぬまま半減期待つ 
起死回生の術もつアスクレピオス出(い)でて放射線医学に力を賜へ 
原発の再破綻怖るる明け暮れに再稼働言ふ声聞こえくる 
文明を得て原発事故を生み還らざる青き海を悲しむ 
青き海「比多潟(ひたがた)」「麻津(まつ)が浦(うら)」福島の万葉の故地まぼろしなして 
海神(ネプチューン)の怒り鎮むる術もなし 汚染水海に流し続けて 
                     平成25年度 6首 
 
 次回も『福島県短歌選集』を読み続ける。       (つづく) 


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