2015年08月14日12時04分掲載
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環境
ダーチャマニア 村上良太
ロシアの首都モスクワ。住人の多くは都心の自宅から30分から1時間で足を運べる郊外にダーチャと呼ばれる別荘を持っています。ダーチャを市民が持っていることにはロシアの歴史的な由来があり、週末や夏冬などの休暇中に別荘として楽しむと当時に、食料を自給するための貴重な菜園としても活用されてきました。
1991年のソ連崩壊。その後、ロシアは共産主義国家から資本主義国家へ移行していきますが、なれない経済運営で物価が高騰したり、食料品が店頭から消えて闇で売買されたりと市民は混乱に満ちた暮らしを余儀なくされました。それでも餓えから守られた理由の1つがダーチャで野菜や果物が採れたことにあります。
モスクワ在住の女性、マダムXも花々の他に野菜や果物を作っています。週末には近郊のダーチャに足を運ぶのが楽しみになっていて、モスクワに進出したイケヤで買った家具を並べたり、菜園や花壇の手入れをしたりといったことに投資と情熱を注いできました。こうしたモスクワ市民は「ダーチャマニア」(ダーチャ狂)と呼ばれています。マダムXもまたダーチャマニアのひとりです。
きゅうり、トマト、ズッキーニ、セロリ、パセリ、人参、ルッコーラ、ラズベリー、イチゴ、リンゴ、グーズベリー(セイヨウスグリ)などがマダムXの菜園でできます。もちろん、野菜や果実だけでなく、様々な花々も植えられ、咲いています。
中でもスグリ(グーズベリー)は色とりどりで、白スグリ、赤スグリ、黒スグリと果実の色合いも様々。(マダムXによれば白スグリが一番美味しいそうです)スグリの実は容器に入れて発酵させワインをつくっています。日本では酒税法上、無許可の酒の自家製造は原則的に禁じられていますが、ロシアの場合は自家消費をする分には認められているそうです。庭のスグリで作った自家製ワインを家族や近所の人々と一緒に飲むのはちょっとした楽しみなのでしょう。
冬場が長いロシア人にとっては色とりどりになるダーチャの庭は心のよりどころになっています。そこには両親と過ごした子供時代の思い出も込められています。自宅の庭だけでなく、緑豊かなダーチャの一帯には小川や森もあり、そこではキノコもとれます。自宅で飼っていたペットの犬や猫、鳥なども彼らが命を終えると、ダーチャの木の下に埋められ、ダーチャに帰るたびにそれらの愛玩動物の思い出もまた蘇るのです。
ロシア民謡にはこんな一節がありました。
「イギリス人は利口だから水や火など使う。ロシア人は歌を歌い、自ら慰める・・・」
ロシア人のことを考えるとき、この豊かな森や平原への思いを忘れることはできないでしょう。しかし、西欧の近代化に影響され、18世紀以後、ロシアでも近代化が始まり貨幣経済が浸透すると、やがては木々が伐採され、河川では魚類が乱獲されるなど、伝統的な暮らしにも危機が及びました。チェーホフの芝居では森の木が切り倒されていくことに胸を痛めるインテリゲンチャが登場します。今の自分たちにはこの状況をどうすることもできないが、未来の人々はきっと賢くなり、自然の荒廃を防ぐことができるようになるに違いない・・・そんな風に、登場人物たちは絶望に傾きがちな心を未来への希望に変えていました。
都心での慌ただしい日々の仕事や生活とは別に、郊外には落ち着いたのどかな時間があり、そこで詩集を読んだり、小説や歴史書を読んだり、音楽を聴いたりすることができます。そして親から受け継いだダーチャには大切な家族の思い出が詰まっています。ダーチャマニアになってしまう人が少なくない理由もわかる気がします。
村上良太
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