2015年08月24日01時38分掲載
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政治
飯坂良明・井出嘉憲・中村菊男著「現代の政治学」(学陽書房) 小選挙区制が有効に作用するには条件があった、だがそれは導入した日本にはなかったものだった
今日の政治危機の大きな原因を形成したのが二大政党制を前提にした小選挙区制度である。この選挙制度が始まったのが1996年の衆院選であり、国会で導入が決まったのが1994年である。それは政治改革四法案と呼ばれたものだった。
「政治改革四法(せいじかいかくよんほう)とは、1994年に日本で成立した、小選挙区比例代表並立制と政党交付金の導入を柱とする政治改革のための法律群である。公職選挙法の一部を改正する法律、衆議院議員選挙区画定審議会設置法、政治資金規正法の一部を改正する法律、政党助成法の総称」(ウィキペディア)
ウィキペディアでは政治改革四法案の始まりは海部内閣だったと説明している。
「政治改革4法(案)の原型は第2次海部改造内閣が1991年に提出した政治改革関連3法案(衆議院議員選挙区画定審議会設置法案がない)にある。後藤田正晴を中心に取りまとめられたとされる原案は現行制度とほぼ変わらなかった。海部俊樹(当時)首相も臨時国会所信表明にて「政治改革の実現」を強調し強力に推進した。」(ウィキペディア)
その後、1994年に政治改革4法案が成立したのだが、ときの政権は細川政権だった。
「第40回衆議院議員総選挙の結果により、1993年8月、日本新党の細川護熙を首班とする連立政権が誕生した。日本新党とさきがけは連立交渉にあたり政治改革の実現を条件に挙げており、細川内閣がまず取り掛かったのが頓挫していた政治改革の再開であった。当初は年内に法案が成立しなければ総理を辞職するとしていた」(ウィキペディア)
この頃、日本のマスメディアが動員され、小選挙区制度(比例代表制との並立だが)および政権交代を可能とする二大政党制の賞賛が行われたらしいことは前回、紹介した通り。
当時の大学の政治学のテキストを見てみよう。たとえば飯坂良明・井出嘉憲・中村菊男著「現代の政治学」(学陽書房)の1994年版を見ると、次のような記載がある。
「イギリスやアメリカだけでなく、主としてアングロ・サクソン系統の国においては、二大政党対立の政治が行われている。たとえば、アメリカには共和党と民主党の対立があり、イギリスにおいては労働党と保守党の対立が見られる。そして第三政党としての少数正統派、存在するけれども政権をとりうるほどの力はない。
これに対して、フランスなどにおいては小党分立の傾向があり、内閣を組織する場合、連立によっていたわけである。だいたいヨーロッパ大陸においては、従来、小党分立の傾向があったが、西ドイツやイタリアにみられたように、強力な一党と小党の分立という多党的傾向があった。・・・
二大政党対立か小党分立か、あるいは二党制か多党制か、という政党政治の形態は複雑な条件を持つそれぞれの国の国情によるものであって、いずれが原理的にすぐれているかどうかということはいちがいにいえないものである」
民族によってそれぞれ固有の政治体質があると説明されている。アングロサクソンと大陸の欧州とでは政治システムも異なっている。日本は欧州に近いのか、アングロサクソンに近いのか。いずれにせよ、民族性が国民の政治行動を規定し、特徴づけるという。では、日本の場合の政治文化とは?
「まずその派閥性があげられる。割拠性ともいえるし、セクト性が強いともいえるだろう。日本の政党にみられるような派閥が欧米の政党にあるか、といえばなさそうである。・・・それではなぜ日本の政党において派閥の対立がみられるのかといえば、それは日本の協同社会そのものの中に派閥対立を促進するような要素が内在しているからである。日本の社会では学閥、門閥、地方閥、閨閥などといわれる派閥の対立が一般的にいたってみられる。日本においては閥とのつながりという社会関係に安定性があり、それに依存していると生活がやりやすいからである。これが個人主義が発達し、個人の自主的な思考や行動に社会の基礎が求められるようなところとはちがうわけである」
その頃、派閥政治があるために金権選挙になりがちだから、と派閥解消=金権選挙の消滅=小選挙区制という風に話がつながっていったらしい。派閥が生まれるのは中選挙区制で同じ政党から複数の候補者が立候補することによって、党内で抗争が生まれ、資金が必要となって汚職に結びつきやすいのだと。とにかく、派閥の悪が耳にタコができるほどアピールされていた気がする。実際には、本書で政治学者が指摘するように、日本の派閥制度は日本社会の実態そのものなのである。社会の実態をそのままにしたまま、国会だけアングロサクソンに模す、ということが絵に描いた餅だったのではないだろうか。そもそも、日本ではものごとを決めるのも、根回しをして、グループの力に応じて利権を配分していくのが常態である。政治の下半身はそうなっている。決してメンバーで真剣に討論をして一番優れた論を採用する、という風には~ほとんどの場合~なっていないのである。
日本人はアングロサクソンとはまったく異なる政治風土である。そこから来る論理としては個人主義を核とするアングロサクソンの政治システムをそのまま日本に導入しても、失敗するであろうことだ。実際、現状は失敗以外の何者でもない。
議論が活発になるどころか、現在の自民党を見れば小選挙区の公認候補を決定する権限を握る安倍首相の政策にはほとんど誰も異論をとなえられなくなっている。国会では野党議員の質問をしばしばはぐらかし、誠実に回答せず、法案は強行採決で押し通す野蛮な政治が続いている。アングロサクソン流政治も、政治ディベートも聞いて呆れる実像である。
ところが1994年、冷戦終結からまもなく、日本はアングロサクソン型の選挙システムに変わった。いったいなぜだろう?
当時の日本の状況を思い出してみると、1991年にバブル経済が崩壊し、経済が元通りになるまでにあと何年かかるだろう・・・と言われていた。まだ「3年で元に戻る」などと言われていた頃である。しかし、80年代に「ジャパン・アズNO1」と言われて日本の官僚制度が絶賛されていたのから一転して、今度はなんでも日本のやり方はダメだ、という方向に変わりつつあった。「グローバル基準」というような言葉が急速に広まっていた。それはアングロサクソンの方式に合わせなさい、ということを意味した。金融制度だけでなく、選挙制度も、そして政治体制も、さらにその延長線上に、アングロサクソン諸国に連携して戦争のできる国へと日本の改変が目指されていたのではないだろうか。
ここで前回、紹介した早稲田・慶応出身の政治学者による共著「現代政治学」をもう一度、紐解くと、小選挙区制度が有効に作用する条件が挙げられている。
「一般に、小選挙区制が有効に作用するために、①二大政党の勢力が安定的に拮抗していること、②政党間に多くの人々の利益を吸収できるような政策上の広がりがあって、広い層からの利益を集約できること、③社会の同質性が比較的保持されていることなどの条件が必要であるとされる。したがって、政治的利害が多元化し、多様な利益集団が相互に複雑に絡みあっている現代の大衆デモクラシーの状況下では、小選挙区制が有効に機能することが若干難しくなっていると言えるかもしれない」
この本では前回紹介ずみだが、小選挙区制に対する批判的な視点が打ち出されている。小選挙区制が有効に作用するためにはまず、二大政党が安定して拮抗していることが第一の条件だということだ。だが、90年代前半を思い返すと、安定とはまったく逆で、政治家がグループを作っては離脱して、離合集散を繰り返していた最も激動の時代である。もちろん安定した二大政党制などはなく、もともとあった自民党と社会党が安定的な与野党の中心だった政治体制についても社会党の地盤沈下が進行しつつあった。アメリカのように民主党と共和党に民意の多くが代表されるような状況ではまったくなかった。ところが、それにも関わらず、二大政党制を理想として目指す、という結論がまずありきの中で、新たな政党である民主党に様々な政治信念の人間たちが集まってきて、無理やり二大政党の形にはめようとしたことがたたって、民主党という政党のアイデンティティが明確にならなかった。このことは現在の国民の政治不信へとつながる元凶となっていった。
■堀江湛・岡沢憲芙編 「現代政治学」(法学書院) 早稲田・慶応出身の学者が集結 二党制の神話にメスを入れる
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