2015年09月19日00時12分掲載
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文化
Cinema à la maison 「シネマ アラメゾン」 愛しの「トゥルーロマンス」 〜タランティーノの知られざる原風景〜 原田理
1994年、クエンテイン・タランティーノが監督二作目でいきなりカンヌの大賞に輝いたとき、世界の映画ファンは狂喜した。一映画マニア(それもかなりのオタク)が突然、伝説の監督になってしまったのだ。まさに映画のストーリーそのもの。そのタランティーノが世界に認められる前の知られざる1ページを垣間見ることできる作品が、彼の処女作といってもいい1993年に公開された「トゥルーロマンス」。血と暴力に満ちた破天荒のロードムービーだ。だが、同時に、行きずりの若い男女に芽生えた究極の愛の物語でもある。
コミック屋で働く青年がコールガールと出会って恋に落ち、駆け落ちを試みる。だが彼女のものと勘違いして持ち出したトランクにはマフィアの大量の麻薬が入っていた。二人は猛追するマフィアや警察との死闘を経て、見事国境を越え、一攫千金を手にする。
予告編でも使われた、オープンカーの紫のキャデラックで走る主役のクリスチャン・スレーターには、こんな相手のことだけを考えた、若さとアドレナリンだけにすべてを任せた恋愛ができたら!と観客に憧れさせる力がある。一夜にして出会った二人がその後に続く生命と人生の危機に、お互い何の疑いもなく信頼しあって肩を寄せるシーンがとてもすばらしく、タランティーノらしい容赦ない血だらけの描写が多いこの作品の中にリアリティを生んでいる。暴力描写が過激なのは、タランティーノが治安の悪いスラムで育ち、アメリカンドリームを体現した後も、自分が育った町の匂いを片時も忘れることがなかったからだろう。成功と絶望が隣り合っていることを肌で知っている人間の表現だと思う。
監督は「トップガン」で世界に名を売ったトニー・スコット。「トップガン」を見たことがなくても、超大物トム・クルーズを世に出した映画と言えばわかりやすいかもしれない。もし、当時30才のタランティーノがメガホンを取っていれば、マニア感覚全開の一般観客には判りにくい映画になっていたかもしれない。だが、クリエイターとして脂の乗り切っていたトニー・スコットがメガホンを取ったことが幸いした。ハリウッドの仕組みを熟知した、手馴れた腕で作り出す映像と編集で、オタクが撮った極端にマニア受け、スノッブ仕立てにならず、ハリウッド映画としての王道を行く仕上がりになったのだ。
映画監督タランティーノの持ち味は観客が映画を多数見込んでいるほど、引用やオマージュにニヤリとできるシーンが多いこと。言い換えればそこまで映画を見ていない人間には引用表現であることがわからないため、なぜそうした演出なのか理解できないことが多い。勢い、オースドックスではないオタク的な表現が鼻につく。が、そこはトニー・スコットがうまく一般のオタクでない観客にも配慮して、うまく料理して伝えている。
トニー・スコットの手を経ても、タランティーノの脚本は骨格を失いはしなかった。よくまあ、あのブラッド・ピットに、煙を吸い込むだけの只のヤク中のオファーを持っていったものだ。確かにこの頃のブラピはただのイケメンの役に飽き足らず、変な役ばっかりやっていた。黒人俳優のカリスマ サミュエル・L・ジャクソンだって出てくるのは一瞬だけ。あっという間に撃たれて終わり。今は亡き名優デニス・ホッパーの父親役と、これも名優のクリストファー・ウォーケンのマフィア役の静かな、しかし激しい戦いも見所のひとつ。タランティーノも役者の良さをわかっているなぁ。
だがタランティーノはこの映画でどうしても最後は全員を殺したかったらしい。(確かに彼の脚本、監督で人が死なない描写はあっただろうか?)その予定だった脚本を、トニー監督に変えられたのだとか。脚本を書き換えられたときには、自分の名前を外してくれと、お怒りだったようなので。それが次回作、つまりデビュー作を、なんとしても自分で脚本、監督した理由かもしれない。
そもそもタランティーノはこの脚本を「地獄の逃避行」(‘73年製作 テレンス・マリック監督)へのオマージュとして書いた。「地獄の逃避行」は実話をベースにしている。カップルが出会った人間すべてを殺しながら、あてもなく逃げ、悲惨な最期を迎える話。こんな暴力に満ちた話なのに、テレンス・マリック監督は一日に約20分しかない、一番美しい日の光の時間、映画用語では「マジックアワー」と呼ばれる希少な時間だけを使って撮り上げた。その魅力は暴力と美しい映像が織り成す無常さ。そして、「トゥルーロマンス」においても、テレンス・マリックの影が二人の逃避行の過程に見えるのだ。
テレンス・マリックは寡作な監督で知られ、この「地獄の逃避行」を撮ったあとは‘98年までパリの大学の哲学の講師だったと言うから、ハリウッド汚染されていない、アメリカ的には変人の監督だったことは容易に想像できる。4作目の「シン レッド ライン」はアカデミー賞にノミネートされたが、彼は出席すらしていない。映画にはまっすぐだが、賞レースに興味がないあたりは、デビュー前のタランティーノにはぐっと来たのではないか。
絶望と夢が隣り合わせにある究極の時間、それがテレンス・マリックにとってはマジックアワーであり、タランティーノもまた暴力と愛が隣り合わせにある特別な世界を構築して世に出た。
■「トゥルーロマンス」
クリスチャン・スレーター、パトリシア・アークエット主演の映画「トゥルーロマンス」‘93年製作。若気の至りというか、偶然の産物か、恋に落ちた二人が、人生を大きく揺るがす逃亡劇のなかで、家族や友人、警察、果てはマフィアまで巻き込んで起こす事件の数々が核となるストーリー。特筆すべきは若きタランティーノが脚本を担い、先だって亡くなったトニー・スコットが監督していることと、サブキャストの豪華さ。デニス・ホッパー、クリストファー・ウォーケン、ブラッド・ピット、ゲイリー・オールドマン、サミュエル・L・ジャクソン、クリス・ペン、トム・サイズモア、マイケル・ラバポート、ヴァル・キルマー、ジェームス・ガンドルフィーニなど、今では主演級の俳優たちが完全にサブに徹して主演二人を盛り上げる。よく見ると、音楽はハンス・ジマーが担当し、こちらも今では超大物映画音楽家。
寄稿 原田理
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