2015年09月22日12時10分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(196) 『福島県短歌選集 平成25・26年度』の原子力詠を読む(9) 「汚染土を潜り抜け来し蝉ならん声明(しょうみょう)のごと森を震わす」 山崎芳彦

 『福島県短歌選集』(福島県歌人会発行)の平成25年度版、26年度版を読ませていただき、集中の原子力詠を抄出させていただいてきたが、今回が最後になる。今回、同選集の作品に入る前に、勝手ながら筆者の拙い短歌の数首を、冷や汗を掻きながら記すことをお許し願いたい。安倍政権による許しがたい戦争法強行採決による「成立」のあと、彼岸詣りをしながら、この夏に詠った短歌の一部を思い起した。 
 
 ▼父の戦死(し)を知りしは四歳の夏なりき七十四歳の夏に非戦を叫ぶ 
  病む吾を抱きて母は泣きにけり悲鳴の如き声をあげにき 
  ちちははの遺影に五十の齢(よはひ)の差 しみじみと思ふ戦争は悪だ 
  孫とともに遺影を見つつ香を捧げ戦争のことを語りてしばし 
  この孫らいかなる生をとげゆくや 戦争法の安倍政治は悪だ 
  銃眼はかくのごときか安倍首相の作り笑ひの中の一瞬 
  国会前に在らぬわが身を悔しみてニトロ舌下に映像を見つむ 
  核燃料満たしていよよ再稼働 それでよいのか川内原発 
  フクシマはなかつたことか安倍政治の原発回帰 それでよいのか 
  『福島県短歌選集』を読み継ぎてしみじみと思ふ 原発は悪だ 
                        10首 山崎芳彦 
 
 
 まことに拙い自作を記しながら、それにしても理不尽、非道な政治を続ける安倍政権と、その同調勢力に改めて怒りを覚え、同時に「なに、これからだ」と自問自答する。あの60年安保闘争は学生運動の中で闘ったのだが、筆者のその後の生き方の出発点でもあった。その後、是非、迷走さまざまな経過をたどりながら今日に至っているのだが、あの戦犯・岸信介元首相を尊敬し脈々とその政治「思想」を引き継ぐ孫の安倍晋三現首相の登場とその政治の極まりの時に残生ともいうべき生を送っていることを思うと、「このままで、たまるものか」という思いを強くする。 
 いま、同時代を生きてきた多くの人々が「なに、これからだ」と、これまでに蓄えてきた知恵と力を発揮しようと手ぐすねを引いていることを、筆者は教えられている。戦争法、原子力政策、人びとを抑圧する政治を阻止するために、筆者も非力ながら腕を組みたい。戦争法を強行した国会議員たち、来年の参議院選挙でまず戦争法に賛成した参議院議員の議席を奪い取ろう。それは、原発推進勢力の策謀を阻止する力にもなる。 
 
 『福島県短歌選集』を読んできたが、今もなお、福島の歌人は引き続いている原発被災のもとでの生活の現実と思いを詠いつづけている。偽りに満ちた見せかけの「福島復興」対策を、原発事故被災の現実をまぎれのない、真実を写す短歌作品で告発し、真の人間復興につながる福島の復興を求める力が絶えることなく続くことを願う思いは切である。同時に、原発、原子力の問題は、もちろん福島だけの問題ではない。この国の現実と未来にかかわる重要な課題であろう。多くの歌人たちが詠いつづけている。さらに全国的な歌人の作品が生み出されることであろう。その先頭に、福島の歌人たちの作品がある。『福島県短歌選集』の平成25年度版・26年度版の原子力詠の抄出は今回が最後になるが、読んでいく。 
 
 
  ◇山田純華◇ 
ピツピツと音たて線量増えてゆく見えざるものをひたに恐れつ 
入りゆけば玻璃戸ふるはせ風は吹く絶ちがたきかなわが家わが庭 
子を三人生みて育てしこの屋敷草木しどろに露に濡れゐる 
しげりたる背高泡立草を肩で押す除染の効果を庭に問ひつつ 
道一本へだてて結界とふ土地生るる連なりし地を風が往き来す 
映像の四号建屋の崩壊にことばのあらず むかしなつかし 
                      平成25年度 6首 
わが庭に結界をなす柵ありて風はしづかに往き来してをり 
故郷を返して欲しい山・田畑・富岡川に還り来る鮭 
人住まず荒れたる四囲に増えるもの猪豚五頭が庭土に来る 
現実を受け入れがたきこの日々よきしきしと踏む他郷の雪を 
「避難民」「フクシマの人(ひと)」と括弧にてくくられ三年さまよふものか 
「大辞泉」に「解体除洗」といふ語なし原発造語つぎつぎと生る 
                      平成26年度 6首 
 
  ◇山野邉誠一◇ 
除染する姿にも似て畑に在る種子持つ草をバーナーで焼く 
放射能汚染対策ままならぬ東電の詫びの悲しき口笛 
吾が畑の草を取るとは思ふまじ病みゆく地球にへばりつく草 
                      平成26年度 3首 
 
  ◇矢森妙子◇ 
水揚げせし烏賊を刻みて放射線の有無を調ぶる原釜漁港 
放射線量検査を終へし数多なる秋刀魚は競りにかけられてをり 
                      平成26年度 2首 
 
  ◇横田敏子◇ 
顔上げて行こう今年の元旦の空がわたしに手を延べている 
かの日より時折心軋むなり 春の若木は直(すぐ)に伸びゆく 
頑張れも絆も今は疲れ気味梅雨明けの暑さ持て余しおり 
内部被ばくの検査と屋敷の除染終え気の抜けしごと半日過ごす 
                      平成25年度 4首 
アーモンドひと粒カリッと歯に砕く進むか退くか決断の刻(とき) 
汚染土を潜り抜け来し蝉ならん声明(しょうみょう)のごと森を震わす 
レモン色の月昇りくるかの先に収束つかぬ原発はあり 
                      平成26年度 3首 
 
  ◇吉田竹子◇ 
除染せんと庭土はがす痛みともわが足腰の重たき夕べ 
福島の秋は袋に詰められて息の出来ない枯れ葉たちです 
ドクターヘリ汚染値高き空をとぶいつもどり来るほんとうの空 
                      平成25年度 3首 
背中より食み出しているランドセル孫には重き未来の詰まる 
                      平成26年度 1首 
 
  ◇吉田信雄◇ 
日暮れにはひときは恋ほしふるさとの枇杷の実はすでに熟れゐるらむか 
原発の地にありていま栗の花わが家(や)の裏に咲きゐるならむ 
放射能の満ちゐるわが家の生籬に今年も咲くらむやしほつつじは 
裏庭に毬栗口を開けしまま拾ふ人なきふるさと思ふ 
のがれ来し街に売らるる蕨見つ妻は恋ほしむ郷の山かひ 
原発禍のふるさとの田はいちやうに泡立草の大群落をなす 
原発の地に命あり竹ふたつ物置の屋根を突き抜けて伸ぶ 
一時帰宅のわが家(や)荒れ果て植込みに蛇のぬけがら絡まりてあり 
                      平成25年度 8首 
原発禍に壊れし町は夏の日に光りてゐたり野の花揺れて 
頭から靴の先まで覆はれて忿りはめぐる防護服のなか 
丈高き泡立草は繁茂して原発の地に闇をなしをり 
常磐線はかの日消えたり雑草に駅舎も鉄路も埋もれうもれて 
一時帰宅を終へて虚しき道すがら積乱雲は午後の陽に照る 
仮宿の湯槽に浸かればふるさとの薪風呂思ふ避難は三年(みとせ)余 
ふるさとの地形に線量記されゐて天気予報のごとく見てをり 
かの人もあの人も土地を求めしとひとの噂に町壊れゆく 
仮宿の炬燵に微睡む百歳の父母は帰郷の夢見るらむか 
                      平成26年度 9首 
 
  ◇吉田雅子◇ 
古里の田植ゑのすみし道の辺に黒く積まるる除染の土嚢 
朝六時続く車列に今日も会ふ除染現場へ通ふ人らし 
住み慣れし地にて最期(さいご)を迎へたしとふ嫗の思ひ子には届かず 
この秋は新築の家に移れると喜び語る仮設の翁 
柿の実のたわわに実るわが庭の空間線量モニタリングす 
避難してわがアパートに住む父子は今年も帰れず師走を迎ふ 
                      平成26年度 6首 
 
  ◇吉田玲子◇ 
放射能含みし風かわが庭の最後の紅葉を吹き飛ばしゆく 
                      平成26年度 1首 
 
  ◇渡部愛子◇ 
原発に仮設高校四ヶ所の校長となりし従兄を励ます 
避難所の田圃の向ふをゴトゴトと古びた二両の電車が通る 
避難地に三年となる秋の夜に窓辺に眺む十六夜の月 
帰宅する柿の根元に茗荷の芽線量高きに取りくるもなし 
乳牛の被曝調査の大学に管理手伝ふ地元農家で 
避難にて人の帰らぬ我が里は猪猿の住処となりしか 
避難地に土手草刈りを手伝ふに隣のばあさんお茶持ちくるる 
                      平成25年度 7首 
避難して四年目となりしわが里は除染の車忙(せわ)しく行き交ふ 
除染箇所にピンクと黄色の幟立ち重機の音の物凄きかな 
除染隊防護服着て足場かけ屋根に登りて瓦拭く数多(あまた) 
除染にて仮り置き場となりしわが地区はバッグ山積みに物ものしく見ゆ 
蔵と井戸隠居の解体はじまるに大国神社に祈祷をすます 
避難にて疲れ果てしか友逝きて優しき遺影に合掌をする 
 
  ◇渡部悦子◇ 
原子炉の冷却いまだならずして梅雨の最中を娑羅の花咲く 
                      平成25年度 1首 
 
  ◇渡部軍治◇ 
ガラス張りの政治を望む国民をだましつづけて原発の事故 
                      平成25年度 1首 
 
  ◇渡辺セツ子◇ 
震災後のゴルフ場は忌々し原発除染の拠点に変貌 
猛暑なか除染を終えて酒を飲む男ばかりの宿舎の明かり 
                      平成25年度 2首 
 
  ◇渡辺千絵◇ 
除染せし公園に立つ線量計通る度ごと数値確かむ 
                      平成25年度 1首 
 
  ◇渡部豊子◇ 
故里の空き家の荒れし庭中に想ひ出多き柿の実熟れる 
被災地のなれない街を巡りつつ買ひ物済ます冷ゆる晩秋 
病院の待合室に友と会ふつもる話は避難生活 
秋の陽の温もり含みし干し物を取り込む部屋はせまきアパート 
                      平成25年度 4首 
古里は何時かはきつと花の咲く明るい春の来るを信じて 
空き家なる庭にひそかな福寿草高きセシウム忘れ眺むる 
朗らかな短歌(うた)と思へど浮かばずに避難の短歌(うた)なり四年目にして 
祖先より受け継ぎ田畑はどうなるか夫は時折小声に呟く 
避難地に散歩し想ふ原発の事故に牛の骨埋めし古里 
原発に空きし牛舎は雨漏れし再開なしと息子は嘆く 
吾が町に三千人の除染者と莫大な費用いかにせむのか 
                      平成26年度 7首 
 
  ◇渡辺浩子◇ 
秋桜の咲いてゐる朝しづかなりセシウムさへも忘れさせるよ 
                      平成25年度 1首 
 
  ◇渡辺峯彦◇ 
みちのくは忍従の土地フクシマの原発崩壊に暴動の無く 
                      平成26年度 1首 
 
  ◇渡邊美輪子◇ 
捨てる為牛乳(ちち)を搾るとふ牛飼ひのサラリと言ひて唇かみぬ 
 (震災直後の酪農家) 
十二頭の牛のみつれて避難せし責むるか吾を残しし牛よ 
炉の爆ぜて彷徨ふ牛の目の光うせたるままに暮れゆくか今日も 
餓死したる牛るいるいと横たはる薄き脾腹の干からびしまま 
さまよひて海を見つむる犬のあり淋しさ纏ふその背いとほし 
力なき目の色かなしシェルターに啼声(こえ)響かせて三年(みとせ)過ぎたり 
置き去りの犬の眼(まなこ)の冷え冷えと人見る様(さま)に心痛むも 
 (三春町のシェルターにて) 
セシウムに鋭き五官持ちゐしか彼の日より来ぬつがひの雉(きじ)は 
                      平成25年度 8首 
家路ふたぐ柵は立ちたり飯舘にセシウムふたぐすべなきものを 
憎みても悲しみてもなほ十方(じっぽう)にセシウム流る絶ゆるひまなく 
「飯舘」と聞くだけで涙ながるとふ幾千の想ひ抱へし人よ 
閉ぢこもる仮設の人ら集ひては「までい着」つくる笑顔の嬉し 
 (菅野ウメさんを先生に「までい着」作りを思い立った佐野ハツノさん) 
避難地に酒米育て飯舘の酒絶やさじとふ意気の揺るがず 
 (大和川酒造社長 小林稔・美恵子さん夫妻は避難先で酒米を育てる) 
飯舘の冷気を好むトルコギキヤウたぐひなきままで深き紫 
紫の天与の色をふたたびと種子を播くとふ避難の地にて 
                      平成26年度 7首 
 
 次回からも原子力詠作品を読み続けたい。      (つづく) 


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