2015年11月19日15時20分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(番外篇・戦争法) “暑い夏”の新聞歌壇に戦争法詠を読む(7) 「日経歌壇・産経歌壇」(7〜9月) 「100時間それはたったの4日間4日で国是覆すとは」 山崎芳彦

 今回は日経新聞の「歌壇」、産経新聞の「産経歌壇」(いずれも7〜9月)の入選・掲載作品から、戦争法にかかわる短歌と筆者が読んだ作品を記録させていただく。これまで、各新聞歌壇の7〜9月間の入選・掲載短歌作品から、筆者の読みで、戦争法にかかわる作品を記録してきたが、この八月を含む夏の時期だから、戦争、原爆被爆の体験や記憶などを詠った作品が多く、作者からは「戦争法」とかかわって作歌したわけではないとの指摘を受ける作品が含まれることと思っている。筆者としては、そのことを考えなかったわけではないが、「戦争法案」をめぐる社会の激動のなかで、戦争にかかわって詠われた新聞歌壇の作品を抄出・記録することは意味あることと考えて行ってきたことであり、「主観・独断」の批判があれば甘んじて受けるつもりであることを、記しておきたい。それにしても、この夏、戦争について、様々に、豊かに詠われたことは確かだし、大切なことだったと、改めて思っている。 
 
 今回で、この夏の新聞歌壇掲載作品による「番外編・戦争法」シリーズは終るのだが、改めて入選作品にはならなかった投稿作品も含めると、7〜9月の期間だけでも、戦争法、自らやかかわる人々の戦争体験、征きて帰らなかった肉親や知人を偲び鎮魂の思いを詠った人々の多かったであろうことを思い、いま「戦前・戦時下」への逆流政治が強まっている時、その現実と向かい合い、詠う者としての感性、想像力、生きた言葉の持つ力をもって短歌表現を続けること、その表現をもって様々な方法で時代に関り、時代を動かしていく力にすることに取り組みたいとも思う。いま、私たちはどこで生きているのか、何が起こっていて、起ころうとしているのか。かつて「歌人」の言葉を操作し、あるいは奪い、ついには「戦争讃歌」を詠わせた時代があったこと、「一億総動員」の戦争体制が作られた歴史があったこと、いま、その時代を思わせる権力者の様々な言葉や表現に対する抑圧的な動きが露わになりつつある現在の状況と政治のありように、傍観者としてではなく向き合うことが、詠う者に欠かせない、生を詠う、実を受けとめ表現する姿勢ではないだろうか。 
 
 拙く詠う者の一人である筆者も、この夏にいくつかの短歌を作った。その中からつたない数首を記させていただく。 
 
○夜をこめて「戦争未亡人」たりし亡母を語り朝明けの虫にうからら黙す 
○「戦争をしてはならぬ」と常言ひし母の墓処に孫と供花せり 
○この孫らいかなる生をとげゆくや戦争法思ひて脳(なづき)の火照る 
○ひと日過ぎひと日が来ればこれの世を戦世(いくさよ)に運ぶ安倍首相(あべ)の政治は 
○銃眼はかくの如きか安倍首相の作り笑ひの中の一瞬 
○戦後を生き戦後に死ぬるが望みなり「戦前」に向かふ逆流を堰(せ)かむ 
                   6首 山崎芳彦 
 
 9月以後も、各新聞歌壇には、戦争法にかかわる作品が多く掲載され、さらに続くであろう。しかし、「核を詠う」を掲げての連載でもあり、この「番外篇・戦争法」は今回で終り、次回からは「原子力詠」短歌作品を読む、これまでの連載に戻ることにしたい。 
 
 
 日経新聞「歌壇」、「産経歌壇」の作品を読み、記録する。 
 
  ▼日経新聞「歌壇」(7〜9月) 選者は三枝昂之、穂村 弘の両氏 
 ◇7月26日◇ 
後方支援一切なしの南方の島に戦ひし父の戦争 
                  (三枝昂之選 下野・川中子とよ子) 
 
全共闘諸君職退き子育てを終えた今こそなにかなすべき 
                     (三枝選 東京・野上 卓) 
 
 ◇8月2日◇ 
水を飲むことが供養で原爆忌死者の分まで水をわが飲む 
                     (三枝選 長崎・鉄本正信) 
 
 ◇8月9日◇ 
国民の命守ると声を張る個人情報漏らした政府 
                     (三枝選 阪南・岡本文子) 
 
渋谷駅の路上ライブのその場所に傷痍兵士の幻影を見る 
                     (三枝選 東京・種谷良二) 
 
赤い布降る人の後ろには 黒いムチ持つ人ぼんやり見ゆ 
                  (穂村 弘選 野々市・吉川明彦) 
 
 ◇8月16日◇ 
集団的自衛権かまびすしにせあかしあに雨降り続く 
                     (三枝選 町田・谷川 治) 
 
安らかに眠るなヒロシマの死者たちよ声荒らげよ生者のために 
                     (三枝選 横浜・森 秀人) 
 
 ◇8月23日◇ 
100時間それはたったの4日間4日で国是覆すとは 
                     (三枝選 阪南・岡本文子) 
 
 ◇8月30日◇ 
南方の海よりいでて泣き叫ぶゴジラの声はどこか悲しい 
                    (三枝選 八王子・竹本賢治) 
 (この歌について、選者の三枝氏は、「ゴジラは核の落し子とも評されて人間の業と深くかかわる怪獣。南溟(めい)の夥しい戦死者の悲鳴を思わせる竹本さんの反応もその一つ。『どこか悲しい』に実感があり八月の敗戦歌の一つとして注目した。」との評言を付している。筆者注) 
 
あの日から七十年目の玉音放送ルビの振られて訳もつきたり 
                     (三枝選 町田・谷川 治) 
 
蝉しぐれあの八月がやって来た重い日付をいくつも抱いて 
                     (三枝選 湖西・菅沼貞夫) 
 
 ◇9月6日◇ 
一分の意外な長さ感じたり八月六日ヒロシマの日 
                     (三枝選 城陽・下岡昌美) 
 
広島は目かくしされて通りけり学徒動員の帰路の汽車にて 
                     (三枝選 防府・中村清女) 
 
 ◇9月13日◇ 
征けぬこと口惜しがりたる父なりき鉄道マンにもジレンマのあり 
                   (三枝選 清瀬・波多野千鶴子) 
 
 ◇9月20日◇ 
敗戦の戴帽の夏が浮かび来ぬ哲学の国ギリシャ頑張れ 
                     (三枝選 東京・上田国博) 
 
 ◇9月27日◇ 
敗戦日とは言はない国て゛おとなりの戦勝記念日のニュース見てゐる 
                     (三枝選 仙台・岩間啓二) 
 
炎天の向日葵の中に戦死した叔父の最後の言葉聴こえる 
                     (穂村選 流山・葛岡昭男) 
 
  ▼「産経歌壇」(7〜9月) 選者は伊藤一彦、小島ゆかりの両氏 
 ◇7月22日◇ 
基地に耐へ政治に堪へる美らの島この夕かげに独りし思ふ 
                (小島ゆかり選 八王子市・福岡 悟) 
 
 ◇7月29日◇ 
赤子なるおまへを背負ひ田回りをしてのち征きしと兄言へり父よ 
                    (小島選 船橋市・谷口芳枝) 
 
 ◇9月2日◇ 
憲法をあまり知らない高校生等書店の憲法の本棚囲む 
                  (伊藤一彦選 横浜市・吉田謙一) 
 
 ◇9月9日◇ 
収容所より祖父の持ち還りし懐中時計半世紀経て平和を刻む 
                    (伊藤選 交野市・鈴木純子) 
 
インパール語らぬままに兄はゆく吾に一言地獄だったと 
                  (伊藤選 龍ヶ崎市・伊藤たか江) 
 
抑留を生き延びし九十五の父は安保法案の審議聞き居る 
                    (小島選 南丹市・中川文和) 
 
墓場まで持っていく秘密多すぎる墓に入ったら整理しなくちゃ 
                    (小島選 清瀬市・峠谷清広) 
 
 ◇9月16日◇ 
「海ゆかば」アカペラで歌う老人に涙ながれてスナック鎮まる 
                   (伊藤選 藤沢市・藤井士郎) 
 
戦ひて敗れしことの大きさを戦ひ知らぬ世代判らず 
                 (伊藤選 東京世田谷・松井和治) 
 
出征せし義父には辛き八月の暑さ鎮めて義母逝きませり 
                   (小島選 広島市・松井博文) 
 
亡き父の履歴書読めば転戦すボルネオ、サイゴン、マレーシアまで 
                 (小島選 東京中野・東 賢三郎) 
 
 次回から、また原子力詠を読んでいきたい。      (つづく) 


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