2015年12月01日00時32分掲載  無料記事
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社会

政府による言論封殺を導く「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える その2 海渡雄一(弁護士・秘密保護法対策弁護団)

 (つづき) 
 
5 多くのメディアは事実を知りながら中国への敵意を煽った 
 
多くのメデイアは中国側の非道を強く訴えた。とりわけ東京日日新聞(現毎日新聞)は中国に対する敵意をあおり立てた。さらに、衝撃的な事実がNHKの取材によって明らかになった。柳条湖が関東軍の謀略であることは、全国紙の記者には政府からひそかに耳打ちがされていたというのである。このことは、20011年にNHKスペシャルの中で放映されている。東京朝日新聞も事変当初には慎重な報道を行っていたが、緒方竹虎編集局長は陸軍参謀本部作戦課長であった今村均と接触し、料理屋で食事をしながら、事変が関東軍による謀略であることを打ち明けられながら、現地の在留邦人の悲惨な状況を見れば、謀略を企てたこともやむを得ないという説得に「あーそうですか、初めてよくわかった」と応じ、それ以降論調を転換させたという。(今村均の証言) 
 
また、「のちに報道部長になる谷萩(那華雄)大尉というのがおりまして、記者クラブでわれわれに話してくれたんですよ。実は、あれは関東軍がやったんだよ。」ということをこっそり耳打ちしてくれました。」(石橋恒喜 東京日々新聞記者の証言 NHKスペシャル取材班編著『日本人はなぜ戦争へ向かったか』メディアと民衆・指導者編 2015 新潮社27−30頁) 
 
6 『クローズアップ現代』報道についてのBPO見解が示す放送法の正しい解釈 
 
2015年4月28日、総務大臣はNHKに対し、『クローズアップ現代』について文書による厳重注意をした。番組内容を問題として行われた総務省の文書での厳重注意は2009年以来であり、総務大臣名では2007年以来である。 
 総務大臣は、厳重注意の理由は「事実に基づかない報道や自らの番組基準に抵触する放送が行われ」たことであり、厳重注意の根拠は、放送法の「報道は事実をまげないですること。」(第4条第1項3号)と「放送事業者は、放送番組の種別及び放送の対象とする者に応じて放送番組の編集の基準を定め、これに従って放送番組の編集をしなければならない。」(第5条第1項)との規定だとした。 
 
「しかし、これらの条項は、放送事業者が自らを律するための「倫理規範」であり、総務大臣が個々の放送番組の内容に介入する根拠ではない。このことは、放送による表現の自由は憲法第21条によって保障され、放送法は、さらに「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。」(第1条2号)という原則を定めている。しばしば誤解されるところであるが、ここに言う「放送の不偏不党」「真実」や「自律」は、放送事業者や番組制作者に課せられた「義務」ではない。これらの原則を守るよう求められているのは、政府などの公権力である。」 
 
「放送による表現の自由を確保する」ための「自律」が放送事業者に保障されているのであるから、放送法第4条第1項各号も、政府が放送内容について干渉する根拠となる法規範ではなく、あくまで放送事業者が自律的に番組内容を編集する際のあるべき基準、すなわち「倫理規範」なのである。逆に、これらの規定が番組内容を制限する法規範だとすると、それは表現内容を理由にする法規制であり、あまりにも広汎で漠然とした規定で表現の自由を制限するものとして、憲法第21条違反のそしりを免れないことになろう。」 
 
 「当委員会は、2007年に設置されて以来、番組内容に問題があると判断した場合には、勧告・見解や意見を公表して放送局と放送界全体に改善を促してきたが、これを受けて各放送局は社内議論を深め、正確な放送と放送倫理の向上のための施策を定めるという循環が生まれてきている。政府もまた、このような放送の自由と自律の仕組みと実績を尊重し、2009年6月以降は、番組内容を理由にした行政指導は行わなかった。今回、このような歴史的経緯が尊重されず、総務大臣による厳重注意が行われたことは極めて遺憾である。 
 
また、その後、自民党情報通信戦略調査会がNHKの経営幹部を呼び、『クロ現』の番組について非公開の場で説明させるという事態も生じた。しかし、放送法は、放送番組編成の自由を明確にし「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」(第3条)と定めている。ここにいう「法律に定める権限」が自民党にないことは自明であり、自民党が、放送局を呼び説明を求める根拠として放送法の規定をあげていることは、法の解釈を誤ったものと言うほかない。今回の事態は、放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのものであるから、厳しく非難されるべきである。当委員会は、この機会に、政府およびその関係者に対し、放送の自由と自律を守りつつ放送番組の適正を図るために、番組内容に関しては国や政治家が干渉するのではなく、放送事業者の自己規律やBPOを通じた自主的な検証に委ねる本来の姿に立ち戻るよう強く求めるものである。」 
(2015年11月6日 放送倫理検証委員会(委員長 川端和治 BPO)NHK総合テレビ『クローズアップ現代』“出家詐欺”報道に関する意見) 
 このような見解こそが放送法の4条の正しい理解である。 
 
7 自由で妨害を受けないメディアこそ民主主義社会の基礎である 
 
この問題について、国際的な人権基準はどのように述べているだろうか。自由権規約19条に関する規約人権委員会の一般的見解は、民主主義社会における人権の擁護のメカニズムを説明している最重要の文書である。自由権規約委員会は、規約の条項についての委員会の解釈を示すために一般的意見をまとめているが、2011年に委員会は、規約19条についての一般的意見34を公表している。この中で、メディアの表現の自由について次のように述べている。 
 
「13. 自由で検閲も妨害も受けない報道機関又は他のメディアは,いかなる社会においても,意見及び表現の自由,ならびに規約上の他の権利の享有のために不可欠である。これは民主主義社会の基礎の1 つである。規約は,メディアがその機能を果たす前提となる情報を受け取ることのできる権利を包含する。市民,立候補者及び選出された代表者の間の,公的及び政治的問題に関する情報及び考えの自由な伝達は不可欠である。これは,自由な報道及び他のメディアが,公的問題について検閲も制約もなく論評でき,世論に伝達できることを意味する。公衆もこれに対応する権利としてメディアの発信を受け取る権利を有する。」 
 
「14. 締約国は,種族的及び言語的少数者の構成員を含むメディアの利用者がさまざまな情報及び考えを受け取る権利を保護する方法として,独立した多様なメディアを奨励するために格別の配慮をすべきである。」 
「16. 締約国は,公共放送サービスが独立性を保って事業を営むことができるようにすべきである。これに関連して,締約国は,彼らの独立性と編集の自由を保障すべきである。また締約国は,彼らの独立性を損なわない方法で資金を提供すべきである。」 
 
「39. 締約国は,マスメディア規制に対する立法及び行政による枠組みが,第 3 項の規定と整合性のとれたものであることを確保しなければならない。規制のためのシステムは,さまざまなメディアによる報道が競合する態様にも留意しつつ,活字・放送セクターとインターネットとの間における相違を考慮しなければならない。第3 項が適用される特定の事情にあたる場合を除いて,新聞及び他の活字メディアの発行を許可しないことは,第19 条と両立し得ない。このような特定の事情には,外のものとより分けることができない特定の内容が第3 項において禁止されることが合法とされる場合を除いて,特定の出版物に対する禁止を含むものではない。(中略)地上波及び衛星による視聴覚事業など,限られた能力を持つメディアを介して行う放送に関するライセンス制度は,利用権及び周波数が,公共放送局,商業放送局及びコミュニティ放送局の間において利用権及び周波数の平等な割り当てに応じられるようにしなければならない。そのようなことをまだ定めていない締約国は,放送申請を審査しライセンスを与える権限を持つ,独立かつ公的な放送認可機関を設立することが望ましい。」 
 
「40. 委員会は,一般的意見 10 における見解である,「現代のマスメディアの発展によって,すべての人の表現の自由についての権利に干渉するようなメディアによる支配を阻止するために,効果的な措置をとることが必要である」ことを改めて表明する。国家は,メディアを独占支配してはならず,メディアが複数存在する状況を推進しなければならない。したがって,締約国は,情報源及び見解の多様性にとって有害であり得る独占的状態において私的に支配されたメディア・グループによる不当なメディアの独占又は集中を防止するために,規約と整合性をもって,適切な対策を講じなければならない。」(日弁連訳) 
 
8 メディアの自由を守ることは市民の知る権利を守ること 
 
  政府が報道の内容に基づいて、介入することは検閲や妨害に当たることは明白である。政府には、独立した多様なメディアを奨励する責任がある。公共放送にも、独立性と編集の自由が認められるべきであり、放送の管理は行政が行うのではなく、独立の機関が行うべきであるとしている。また、情報源及び見解の多様性にとって有害であり得る独占または集中を避けることが必要であるとしている。 
 メディアの自由を守ることは私たち市民の知る権利を守ることである。いま、政府・総務省が行っていること、「放送法遵守を求める視聴者の会」が広告において求めていることは、多様なジャーナリズムを抹殺しようとする危険な動きである。マスメディアの中の抵抗力は戦前と比べても、まだまだ強いと信じたい。心ある市民が、勇気あるメデイアを支えるような関係を作り、放送法の誤った解釈を糾し、マスメデイアの表現の自由の圧殺を食い止めなければならない。 
 
2015年11月30日 
 
寄稿  海渡 雄一 
(弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
 
 
※国際人権規約 (以下は神戸大学がまとめたもの) 
http://www.kobe-u.ac.jp/campuslife/edu/human-rights/international-covenant-B.html 
 
■政府による言論封殺を導く 「放送法遵守を求める視聴者の会」の広告を憂える  その1  海渡 雄一 (弁護士・秘密保護法対策弁護団) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201512010029012 


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