2015年12月12日16時34分掲載
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ナギブ・マフフーズ作「泥棒と犬」
エジプトの作家の本を初めて読んだ。作家はノーベル賞作家のナギブ・マフフーズで、タイトルは「泥棒と犬」。代表作とは言えないけれども、「中期の佳作」であると本の帯に書かれている。
一読して驚いたのはマフフーズが最初の1ページから、ページをくり続けさせるエンターテイナーだということだ。日本ならこの小説は純文学というジャンルに位置するのかもしれないが、映画を見ているようなスピード感と同時に心の闇を深く描き出している。
冒頭、刑務所から主人公の中年の男が出所してくる。男が自由の空気を満喫する・・と思うまもなく、恨みが語られる。泥棒をして刑務所に入ったのだが、その間に妻と泥棒助手が結婚して自分の金を奪っていた。そればかりではない。4歳になる実の娘も対面した自分を拒否する始末・・・。小説は男の復讐の道とそれがもたらす破滅を冷徹にたどっていく。
男が恨みを持つ相手は妻と助手だけでなく、もう一人いる。学生時代に彼に泥棒哲学を説き、犯罪の道に引き込んだ人物である。この人物は男が出所してみると、以前の犯罪哲学からきれいに足を洗って大ブルジョア的新聞人となっていたのである。だから、「泥棒と犬」の復讐は2段階になっていて、妻たちよりもこのブルジョア的文化人に対する怨恨の方が男を悪の道に誘い込んだという意味ではより根深いものと言えるかもしれない。
翻訳者の塙治夫氏によると、この小説「泥棒と犬」は1961年に刊行された。素材的にはナセルによるエジプト革命とその後に起こった社会の変化を扱っているのだという。男が吹き込まれた泥棒哲学というのは腐敗した金持ちから金を盗むことだった。
1952年、ナセルら自由将校団が革命を成功させ、実権を握って政権を運営し始めると、先述の人物もうまくその流れに乗り、成功者にのし上がっていた。一方、男は逮捕されて4年間刑務所に収監されていた。その4年の間に、時代は新たな潮流にすっかり変わっていた。刑務所で時間が止まっていたとも言える。だから出所してその人物に再会してみると、男の目にはかつて彼らが否定したブルジョアに映ったのである。そのうえ、男はこの成り上がった成功者から嘆かわしい劣等者でも扱うように見下されていた。男の胸に裏切られたというどす黒い恨みが底知れぬまで膨らんでいくのである。
本書にはしかし、具体的な政治的、社会的な記述はない。物語は刑務所から出所した男がこれら3人に復讐を遂げようとして破滅する話と、さらには唯一自分を愛してくれていた売春婦の女との愛を失ってしまう話である。この2つのストーリーが同時進行し、小説として絶妙の味わいを醸し出している。
物語は最初の1ページから、男の破滅への道行きを説得力をもって描く。マフフーズは時には男の改心の可能性や人生の再生の可能性もうかがわせるのだが、男が破滅の道から逃れられないのは痛恨である。復讐、怨念、過去に縛られた人生の悲しさと涙がこの小説に塩のように結晶されている。この小説は刊行されてすでに50年の歳月がたつ。しかし、権力者がナセルであるか、ムスリム同胞団であるか、軍事政権であるかは別にして、権力機構から排除された永遠の人間の苦悩と見ることもできるだろう。
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