2016年03月09日02時30分掲載
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みる・よむ・きく
文京洙著「韓国現代史」
立命館大学教授の文京洙(ムン・ギョンス)氏が書いた「韓国現代史」(岩波新書)を通読。最近の朝鮮半島の情勢がメディアで大々的に報じられている今、「現在」という1つの点でなく、長い歴史を通してパースペクティブを持ちたいと思ったのです。本書は近代以後、特に第二次大戦後の韓国の歴史の大きな流れが一通り述べられていて、座右に置いておきたい一冊です。
そう思ったのは時事的な事情だけでなく、筆者の中に1つのきっかけがありました。それは韓国の中堅劇作家キム・ジェヨプの作品「アリバイ年代記」に触れる機会を持ちえたことです。これについては以前に日刊ベリタに一度、記事を書いたので、少し長くなりますが、ここに再度記します。
「筆者が見たのは「アリバイ年代記」。韓国の劇作家志望の青年ジェヨブが老いて病気で亡くなっていく英語教師をしていた父親の人生をたどる。父親は大阪で生まれた在日韓国人。日本の敗戦とともに韓国の大邱に「帰った」。間もなく朝鮮戦争が起き、独裁政治が始まる。父親が残したのは4000冊に上る本だった。その多くは英語や日本語、さらにはフランス語やスペイン語の本まであった。
政治と直接形で向き合わなかった温厚な父親だが、心の中では民主化闘争を支持していたことがわかってくる。朴正煕の時代、全斗煥の時代、盧泰愚の時代・・・。その時々の出来事と家族の騒動。大阪生まれの父は韓国社会に完全に同化することもできなかったらしい。ここではないどこか、それを外国の書籍の中に求めていたのかもしれない・・・終幕間際、がんで余命わずかな時、父親は今までずっと隠してきた真実を息子に語ってからこう言う。
「ジェヨブ。韓国という国はな、父さんが生きてみて思うに、真実に根付いた指導者は一人もいなかった気がする。真実に土台を置かない権力は、程度や方向の差はあるかもしれないが、みな独裁と同じだ。独裁は、真実とは相容れないから偽りを隠そうとしきりにアリバイを取り繕うものだ。」」
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このようにこの戯曲は大阪に暮らしていた在日コリアンの家族が日本の敗戦を機に韓国に帰国して、その後の歴代政権の様々な事件を生きていく物語になっています。この戯曲自体が戦後史と家族の物語になっていて、これを見たときに、このように一貫して歴史を見ていくことで初めて見えてくるものがあるな、と今更ながら強く感じました。ジョージ・オーウェルがいみじくも「1984」で風刺しているように、ファシズムは歴史を風化させ、すべてを現在の1点に集約するように民衆の意識を操作するものですから、歴史意識を持つことは今、ますます重要性を増していると思えてなりません。文京洙氏は「韓国現代史」の「はじめに」で冒頭、こう記していました。
「いま、韓国社会は、歴史の見直しが1つのブームとなっている。とりわけ、第二次世界大戦後の歩みをあらためて問い直そうとするこの国の人びとの姿勢には目をみはらせるものがある。書店には現代史にまつわる書物があふれ、このところの韓国の国会は、現代史の暗部にせまる真相究明や補償を定めた特別法の立法ラッシュである。」
韓国人が歴史を見直している、と聞くと日本では慰安婦の問題や植民地支配の歴史という風に身構えてしまいがちですが、韓国の人びとの歴史に対するこの強い意識は日本に対するものだけではなくて、自国の歴史の暗部も含めてこれまで隠されてきた時代の真実に迫りたいという思いから来ているのではないでしょうか。そういう意味でも「現在」から一度距離を置いて、通して歴史を一通り俯瞰することは、現在のこわばりから解き放たれることにもつながるのではないかと思います。
・日本の植民地時代の農地収奪と農村で生きられなくなった
農民たちの都市や日本への移住
・戦後の南北対立の始まりと「10月抗争」(1946)
・済州島 4・3事件 (1948)
・分断の始まりと李承晩の時代(1948〜)
・朝鮮戦争(1950〜1953)
・5・16クーデターと朴正熙の時代(1961〜)
※ベトナム戦争と韓国軍のベトナム派兵
・日韓条約(1965)
・重化学工業化と「漢江の奇跡」
・5・17クーデターと光州事件(1980)
全斗煥の時代(1980〜)
・6月民主抗争(1987)と盧泰愚の時代(1988〜)
・三党合同(1990)と金泳三の時代(1993〜)
・北朝鮮の核査察問題(1993)
・金大中の時代と太陽政策(1998〜)
・金融危機と構造調整・・・新自由主義的構造改革へ
※日朝首脳会談で北朝鮮が日本人の拉致を認める
(2002年)
・廬武鉉の時代(2003〜2008)
本書が書かれたのは約10年前、第二次大戦終結から60周年の年でした。そして最近、文京洙氏は本書を「新・韓国現代史」にリニューアルしました。最初の「韓国現代史」は人権弁護士出身の廬武鉉政権の時代まで。全斗煥氏(1980〜1988)や盧泰愚氏(1988〜1993)らが過去のクーデターや不正資金問題などで罪を問われ、それまでの保守的なメジャー新聞に代わってインターネットによる市民メディアが台頭し、若者を中心に新たな政治参加のあり方が試みられ始めたことにも触れられています。
インターネットがどこまで民主主義に貢献しうるかについてはネット市民=「ネティズン」の気まぐれさ、移り気さについても触れられており、懐疑も込められていますが、基本的には民主化が進んでいきつつあるところで終わっています。しかし、改訂された「新・韓国現代史」では廬武鉉の思わぬ自殺とその後の、ハンナラ党の李明博大統領(2008〜2013)、セヌリ党の朴槿恵大統領(2013〜)という風に保守派の巻き返しが起こり、政治が大きく右に触れたことで、文氏は自分の見通しの甘さを反省するとして、李明博政権以後の記載を付加しています。
巻末の略年表や参考文献のリスト、そして本文で触れられている重要事件の記載など、一度通読するだけでなく、繰り返しひも解いて参照できる本になっています。
■ハン・ヨンスの写真 Photographs of Han Youngsoo
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■ハン・ヨンスの写真2 Photographs of Han Youngsoo 2 〜懐かしさの理由 Why do I feel nostalgia? 〜
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201508071129485
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