2016年03月12日13時24分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

認知症列車事故死に、最高裁判決

 2016年3月1日、最高裁は、認知症の高齢者が列車にはねられ死亡した事故で、鉄道会社が遺族に請求した損害賠償について介護家族に損害の責任はないとする判断を下した。1、2審で責任があるとされた家族にとっては逆転勝訴となった。しかし、判決は家族の賠償責任を問う可能性を残し、明確な基準を示さなかった。判決後も介護家族の日常に変わりはなく、認知症の人とその家族を支える地道な取り組みは続いていく。(根本行雄) 
 
 
 
 高齢化社会になっている現在、認知症の人々の事故は多発している。毎日新聞(2016年3月2日)の山本将克記者の記事を次に引用する。 
 
 国が全国約200の鉄道事業者から報告を受けてまとめた資料によると、2014年度に認知症の人が関係した鉄道事故やトラブルは少なくとも29件あり、22人が死亡した。認知症の高齢者らが徒歩や乗用車で線路内に立ち入って列車と接触したケースが多い。計685本に運休や遅れが出て、中には車両が脱線した事故もあっ 
た。 
 
 事故によって電車が遅れたり、車両が壊れたりすると鉄道会社側に損害が発生する。「原則として故意過失によって電車が遅れたと認められれば賠償請求している」(西武鉄道)、「因果関係が明らかになった場合は原則請求する」(JR九州)などとしており、多くの鉄道会社が相手方に被害回復を求めることにしている。 
 
 ただ請求額については一律の基準はなく、被害の大きさや事故の状況に応じてケースごとに判断しているとみられる。関西の大手私鉄の担当者は「個別の事情を考慮している。相手の賠償能力も踏まえ、請求するかどうかを含め判断している」と話す。 
 
 
 
 事故は2007年12月7日の夕方、愛知県大府(おおぶ)市で暮らす父(当時91歳)が、母(93)がまどろんでいる間に外出して発生した。所持金はなかったものの、最寄りの大府駅で列車に乗り、隣の共和駅で降りて線路に入ったとみられている。父の要介護度は5段階中2番目に重い「4」。父は認知症で故意の事故ではないと伝えたが、JR東海は「家族は監視する義務があった」などとして、男性の妻(93)と長男(65)に賠償金約720万円を請求した。母が暮らす自宅の土地に仮差し押さえも受けた。 
 JR東海は「お気の毒な事情があることは十分承知しているが、列車の運行に支障が生じ、振り替え輸送にかかる費用なども発生したことから裁判所の判断を求めた。」とコメントしている。 
 
 一審の名古屋地裁は13年8月、長男を事実上の監督義務者と判断し、妻の責任も認めて2人に全額の支払いを命じた。名古屋高裁は14年4月、長男の監督義務は否定したが、「同居する妻には夫婦としての協力扶助義務があり、監督義務を負う」として、妻に約360万円の賠償を命じた。 
 
 最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は3月1日、「同居の夫婦だからといって直ちに監督義務者になるわけではなく、介護の実態を総合考慮して責任を判断すべきだ」との判断を示した。その上で、家族に賠償を命じた2審判決を破棄して鉄道会社側の請求を棄却した。家族側の逆転勝訴が確定した。 
 
 
 毎日新聞(2016年3月2日)の山本将克記者の記事を次に引用する。 
 
 民法は、責任能力のない精神障害者らが第三者に損害を与えた場合、監督義務者が責任を負うとする一方、義務を怠らなければ例外的に免責されると定めている。裁判では、妻と長男は監督義務者に当たるかが主に争われた。名古屋地裁は13年8月、長男を事実上の監督義務者と判断し、妻の責任も認めて2人に全額の支払いを命じた。名古屋高裁は14年4月、長男の監督義務は否定したが、「同居する妻には夫婦としての協力扶助義務があり、監督義務を負う」として、妻に約360万円の賠償を命じた。 
 
 これに対し、小法廷は「民法が定める夫婦の扶助義務は相互に負う義務であり、第三者との関係で監督義務を基礎付ける理由にはならない」と判断。一方で「自ら引き受けたとみるべき特段の事情があれば、事実上の監督義務者として賠償責任を問うことができる」とした。監督義務者に当たるかどうかは「同居の有無や問題行動の有無、介護の実態を総合考慮して、責任を問うのが相当といえるか公平の見地から判断すべきだ」と指摘した。 
 
 その上で、「妻は介護に当たっていたが自身も要介護度1の認定を受けていた」と指摘。長男についても「20年以上同居しておらず、事故直前も月に3回程度、男性宅を訪ねていたに過ぎない」とし、いずれも男性を監督することはできなかったと認定した。 
 
 裁判官5人全員一致の意見。岡部裁判長と大谷剛彦裁判官は「長男は事実上の監督義務者に当たる」と述べる一方、「デイサービスを利用する見守り体制を組むなど、問題行動を防止するために通常必要な措置を取っており、責任は免れる」などとする意見を述べた。 
 
 
 
 ネモトも、認知症になった祖母の介護を3年ほどしたことがあるが、一人で歩き回ることのできる時期は、「単独での外出を防ぎきれない」ということは実感として理解することができる。一日中つきっきりというわけにはいかないし、縛っておくわけにもいかないからだ。 
 
 公益社団法人「認知症の人と家族の会」(京都市)は、1、2審判決に危機感を覚え、「家族の責任にしてはいけない」との見解を繰り返してきた。高見国生代表理事は「良かった、に尽きる。家族は(認知症の身内の)単独での外出を防ぎきれないが、裁判官に認知症を理解していただいた。最高裁まで頑張った遺族に敬意を払いたい」と時折感極まった様子で語ったという。 
 
 最高裁は、妻自身が要介護認定を受けていた事情や、長男が別居していた点などを踏まえ「監督義務を引き受けたとみられる特段の事情があったとは言えない」と結論付けた。一方で、事実上の監督義務者に当たるかどうかは、認知症の人と家族の事情を総合考慮して判断すべきだともしており、家族の賠償責任が認定される余地も残している。 
 
 民法の規定は、被害を受けた側の救済を目的にしている。今回は鉄道会社が賠償を求めたケースだが、個人が被害を受けたケースなどでは、誰が損害を賠償するのか、結局は、被害者が「泣き寝入り」することになるかという問題が残されている。 
 
 堤修三・元厚生労働省老健局長は「被害救済という観点ではなく、認知症の人を地域で守る流れを進める必要がある。自治体が介護保険の中で行っている地域支援事業の対象に、損害を受けた側への見舞金支給を含めることを検討してほしい」と述べている。 
 
 これから、ますます高齢化社会になっていく。かつては認知症の高齢者が隔離や拘束などで非人間的な扱いを受けることが多かった。だが、適切なケアで本人の状態が変わることが知られるようになり、病気への理解も進んできている。私たちは住み慣れた地域で、人間としての尊厳を保ちながら生きていきたい。認知症になっても安心して外出できる社会であってほしい。 
 しかし、家族だけで介護を続けるのは難しい。本人と家族を共に、地域ぐるみで支え、ケアしていかなければならない。そのためには、すべての市町村が認知症でも安心して外出できる地域になるようにしていかなければならない。困難な課題が山積している。 
 
 


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