2016年03月15日13時09分掲載  無料記事
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環境

すべての被害者が救済されるまでアスベスト(石綿)訴訟の戦いは続く 根本行雄

 アスベスト(石綿)訴訟について、直近の情報をまとめてみた。2016年1月、大阪地裁と、京都地裁。原告も、国も、メーカーも、控訴。そして、最高裁第1小法廷にて、神戸港でアスベスト(石綿)を扱う作業に長年従事し、肺がんを患った神戸市の男性(82)が、労災の障害補償金の支給を国に求めた訴訟は、「時効」を理由として、男性の逆転敗訴の2審大阪高裁判決が確定した。「人類の歴史は人権をめぐる戦いの歴史である。」アスベスト訴訟の戦いは、これからも、続く。 
 
 
 
 アスベストが大量に使われたのは昭和30年から40年代である。アスベストによる発症までには、30年から40年かかるという。それを考えると、被害者はさらに増えるだろうし、訴訟も増えていくだろう。アスベスト訴訟の戦いは、これからも、続いていく。 
 
 アスベスト(石綿)訴訟について、直近の情報をまとめてみた。 
 
 ○ 泉南アスベスト訴訟 
 
 まず、「泉南アスベスト訴訟」がある。 
 大阪・泉南地域の石綿紡織工場の元従業員らが、石綿肺や肺がんになったのは国の対策不備が原因だとして国家賠償を求めた訴訟について、最高裁は2014年10月、国の責任を認める判決を出した。 
 国は被害の深刻さを1958年に認識していたにもかかわらず、粉じん排気装置の設置を義務付けたのは71年であり、遅すぎたと判断した。この間を責任期間と認定し、1958〜71年の間、規制権限を行使しなかった国の対応を違法としたのである。国は判決を受けて厚生労働相が泉南地域を訪問し謝罪をした。 
 
 国は判決の条件に沿う元労働者たちも救済する方針を打ち出した。被害者から裁判所に提訴をしてもらい、訴訟上の和解で賠償するというやり方である。厚労省によると、2015年10月末までに計67人が大阪、東京、さいたまなどの3地裁に提訴し、このうち38人との和解が成立した。すでに亡くなっている人が多く、本人が提訴しているのは少なく、67人のうち53人は遺族である。 
 
 被害者である労働者は高齢化しているため、支援する弁護団は早期の和解を求めている。弁護団はまだ声を上げていない被害者がいるとみて、掘り起こしに努めている。 
 
 
 ○ 労災認定基準 
 
 アスベスト訴訟において、国は「労災認定基準を理由に、補償すべき患者を安易に切り捨てている」という声があがっている。 
 
 
 毎日新聞(2016年1月29日)地方版(大阪府)より、大島秀利記者の記事を引用する。 
 
 国際的には、石綿による肺がんと中皮腫の発症比率は2対1で肺がんの方が多いとされる。ところが、国内の石綿労災認定数は昨年度の場合、肺がん391人、中皮腫529人と逆転している。患者支援団体は「肺がんについての厳しい認定基準が一因」と指摘してきた。 
 
 中皮腫の原因はほぼ石綿とみられるが、肺がんはたばこなど他の要因によっても発症する可能性があることから、認定基準が設定された。2006年以降の基準で、10年以上石綿関連の作業に従事し、「胸膜プラーク」という病変か、肺内に一定本数以上の石綿があることを条件とした。 
 
 石綿の本数が基準以下だとして不認定とされた肺がん患者側の訴訟が各地で相次ぎ、5訴訟で患者側の勝訴が確定、2訴訟は裁判中に国側が「認定」に改めた。石綿健康被害救済法で不認定の遺族の訴訟や今回の大阪高裁判決を含めると、肺がん患者側の9勝0敗となった。司法の場では、より幅広く認定することが定着している。 
 
 
 
 ○ 建設アスベスト訴訟 
 
 石綿工場で働いていた人たち以外にも、建設現場で作業中にアスベストを吸い込んで、健康被害を受けたという訴えもある。石綿関連疾患による労災認定の半数以上を建設労働者が占めており、建設現場に関連して毎年700人以上が中皮腫や肺がんなどを発症しているとみられる。これが「建設アスベスト訴訟」である。国と建材メーカーを相手取った訴訟だ。国は「泉南訴訟とは別問題」として和解の対象に含めていない。 
 「建設アスベスト訴訟」で、大阪と京都の2地裁で判決が出た。二つの訴訟では原告側の主張や証拠関係は基本的に同じである。しかし、大阪地裁はメーカー責任を認めなかったのに対し、京都地裁は初めて認めた。 
 
 
 ○ 大阪地裁 
 
 2016年1月22日、大阪地裁(森木田邦裕裁判長)は、建設現場でアスベスト(石綿)を吸い込んで健康被害を受けたとして、大阪や兵庫などの元建設労働者や遺族ら計30人が、国と建材メーカー41社に計6億9300万円の損害賠償を求めた訴訟で、規制に遅れがあったとして国の責任を一部認め、原告14人に計746万円を支払うよう命じた。しかし、石綿含有建材を製造販売した建材メーカーの責任は認めなかった。また、個人で仕事を請け負い、企業に雇われる労働者に当たらない「一人親方」は、労働関係法令の保護対象ではないとして賠償を認めなかった。 
 
 原告と国の双方が2月4日、大阪地裁判決を不服として、大阪高裁に控訴した。 
 
 ○ 京都地裁 
 
 建設作業中にアスベスト(石綿)を吸い込み健康被害を受けたとして、京都府内の元建設作業員や遺族ら27人が、国と建材メーカー32社に計約10億円の損害賠償を求めた訴訟である。 
 京都地裁(比嘉一美裁判長)は、国と建材メーカー9社に対し、総額約2億1600万円の支払いを命じる判決を言い渡した。メーカーの責任を認めたのは初めてである。また、労働関係法令の保護対象ではない「一人親方」といわれる個人事業主の救済につながる司法判断となった。 
 
 
 毎日新聞(2016年1月29日)の鈴木理之記者の記事を引用する。 
 
 比嘉裁判長は、メーカーと国は1971年には、石綿が含まれた建材を建設現場で使用することで、労働者に肺がんなどの病気が発症することを予見できたと指摘。 
メーカーが製造販売にあたって警告表示をしなかったことを「加害行為」と認定した。 
 
 そのうえで、「おおむね10%以上のシェアを有するメーカーの建材であれば、労働者が年1回程度はその建材を使用する現場で従事した確率が高く、被害を与えた蓋然(がいぜん)性が高い」と判断し、その基準を満たす9社に責任があると結論付けた。 
 
 「一人親方」については従来の判例通り、労働関係法令の保護対象外とする一方、「(一人親方を)保護する法律を定めなかった立法府の責任を問うことで解決されるべき問題」と付言。メーカーの警告表示義務違反を認めたことで、作業現場にいた「一人親方」10人への賠償を初認定した。 
 
 国の責任については、▽吹き付け作業は72年10月▽屋内作業は74年1月▽屋外作業は2002年1月以降−−にはそれぞれ、防じんマスクの着用義務付けなど規制をすべきだったと判断した。 
 
 
 ○ 京都地裁判決に対して、原告全員、国側も、メーカー9社も、控訴 
 1月29日の京都地裁判決を受け、賠償を命じられた建材メーカー全9社が2月3日までに判決を不服とし、大阪高裁に控訴した。うち4社は即日控訴している。 
 原告と国の双方が2月10日、大阪高裁に控訴した。 
 
 毎日新聞(2016年2月10日)によれば、原告側弁護団の村山晃団長は「勝訴ではあったが、全員救済ではなかった。控訴審では京都判決を更に前進させたい」と述べている。 
 
 
 ○ 大阪地裁と京都地裁との相違点 
 
 二つの訴訟では原告側の主張や証拠関係は基本的に同じであったが、大阪地裁はメーカー責任を認めなかったのに対し、京都地裁は認めた。 
 メーカーを特定することは困難な課題だった。建設労働者は多くの現場でさまざまな建材を取り扱っているので、どのメーカーの建材が病気発症の原因になったかについて特定することは難しい。過去の訴訟では主要なメーカーに対して一律に共同責任があると訴えてきたが、「特定が不十分」であるとされてきた。今回は、原告ごとに被害を受けた建材の種類を選び、作業実態や時期、シェアなどから対象のメーカーを絞り込んだ。 
 
 結果として、大阪地裁は「他に責任を負うメーカーがいるかもしれない」として退けたが、京都地裁は「判明しているメーカーは責任を負う」と判断した。これは初めての判断である。 
 大阪地裁と京都地裁とで、なぜ、このような判断の違いが生まれたのか。原告側の弁護団によると、民法の「共同不法行為」の解釈が確立していないため、裁判官の価値観の違いだろうとされている。 
 
 大阪、京都両地裁の訴訟は、次に、大阪高裁において審理されることになる。 
 
 
 ○ 大阪高裁 
 
 丸本津枝美(72)さんの夫、丸本佐開(さかい)さん(当時66歳)川崎重工業神戸工場で働いていた。1967〜94年、鉄板の切断や溶接の作業に従事し、石綿布などを扱っていた。津枝美さんは遺族補償の給付を求めたが、労働基準監督署は労災と認めず、不支給とした。また、1審判決は胸膜プラークが認められないとして請求を棄却していた。大阪高裁(石井寛明裁判長)は請求を棄却した1審・神戸地裁判決を取り消し、労災と認める判断をした。 
 
 
 大阪高裁の判決について、毎日新聞(2016年1月29日)より、三上健太郎記者の記事を引用する。 
 
 控訴審では、佐開さんに国の基準の一つとなる「胸膜プラーク」があったか▽仮になくても、労働実態を踏まえて石綿が原因といえるかが争点だった。1審判決は胸膜プラークが認められないとして請求を棄却していた。 
 
 石井裁判長は控訴審判決で、佐開さんの胸膜プラークの有無について、複数の医師で見解が分かれていたことも踏まえ「あった可能性は否定できない」と指摘。出向期間を除き、佐開さんが24年以上も工場で石綿にさらされ、元同僚の多くが石綿関連疾患で労災認定を受けていることなどを重視し、「国の基準を満たす場合に準ずる」と結論付けた。 
 
 
 ○ 神戸の労災訴訟 男性の敗訴確定 最高裁「時効成立」 
 
 毎日新聞(2016年2月9日)地方版(神戸版)の記事を引用する。 
 
 神戸港でアスベスト(石綿)を扱う作業に長年従事し、肺がんを患った神戸市の男性(82)が、労災の障害補償金の支給を国に求めた訴訟は、男性逆転敗訴の2審大阪高裁判決が8日までに最高裁で確定した。最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)が4日付で男性の上告を受理しない決定をした。 
 
 2審判決によると、男性は石綿の荷役作業に約22年間携わり、1997年に肺がんを患った。2010年に障害補償を申請したが、時効(5年)のため不支給とされた。 
 
 時効の起算点となる、男性が肺がんの原因を石綿と認識できた時期が争点となり、1審神戸地裁は、兵庫県尼崎市の旧クボタ工場での石綿被害が社会問題化した05年と判断、不支給処分を取り消した。だが2審は、70年代以降は労使が石綿の被害防止に取り組んでいたことを挙げ、以前から認識できたとして時効成立を認めた。 
 
 
 
 日本国憲法第十三条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」 
 
 日本国憲法第二十五条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」 
 
 すべての労働者の人権は守られなければならない。すべての被害者は救済しなければならない。「認定基準を満たしていない。メーカーを特定できていない。一人親方だから、責任はない。」などと、国と企業は、さまざまな理由をあげて責任を回避してはならない。 
 丸本津枝美さんは夫の遺影を前に「裁判で勝つことに意義がある」と語ったという。 
「人類の歴史は人権をめぐる戦いの歴史である。」人権は、人と国家についての一般理論の産物ではなく、歴史的にのみ理解されるべきものであり、戦いの歴史の産物である。 
 
 すべての被害者が救済されるまで、アスベスト訴訟の戦いは、これからも、続く。 


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