2016年05月17日14時05分掲載
無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201605171405262
文化
【核を詠う】(208) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(2) 「自死といふ逃避思ひし日もありきセシウム汚染の畑を捨てて」 山崎芳彦
福島に生きる歌人の今野金哉氏の歌集『セシウムの雨』の作品を読んでいるのだが、福島第一原発事故による原子力災害が5年余を経てなおも多くの人びとに深刻な苦難を強いていることを痛感させられる作品群である。歌人として、詠わないではいられない、書き残したいとの思いによって編まれたこの歌集の短歌作品を読みながら、改めて福島原発事故の加害者である国や東京電力をはじめとする原発推進勢力が今すすめている、その責任を果たすどころか、まことに理不尽、反人間的な本質をむき出しにした政策、対応に怒りを覚えないではいられない。例えば、いま政府は福島県南相馬市に出されている避難指示を7月中に解除する方針を決めている。これまでにも、いくつかの地域の避難指示が解除されてきたが、南相馬市の避難指示解除は、帰還困難区域を除く避難指示をすべて解除していこうとする政府の「原発による避難を消滅させる」「原発被害避難者切り捨て」への一里塚とすることを狙ったものともいえる。原発事故被害者の苦難のさらなる深刻化につながる「原発棄民政策」の推進であり、原発再稼働促進政策と裏表の政策であろう。
原発事故被害者団体連絡会(共同代表 長谷川健一・武藤類子)は去る3月2日に、安倍総理大臣に宛てた「住宅、区域指定、賠償、子ども、被災者支援に関する緊急要請書」を提出し、それに対する内閣府、経産省、復興庁からの内実のない回答(南相馬市の避難指示解除が回答の本意といえる)がされているが、この「要請書」の全文を以下に記しておきたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原発の事故による原子力災害は、福島県を中心にした日本全土に測り知れない被害をもたらし、被害はいまも拡大し続けている。飛散した放射性物質に汚染された空、海、川、山、土。根底から破壊された人々の日常生活、命と心と健康、地域社会と文化、自然と生き物たちへの被害は、数十年、数百年、数千年以上にわたって続く。
この未曽有の原発災害を引き起こした原因は何か。その責任はどこにあるのか。被害の総体はどれほどのものであるのか。これらの根本問題は、5年を経過したいまも解明されていない。原発サイトでの事故収束、廃炉への道筋は見えず、放射性廃棄物はいたるところに野積みされたままである。
加害者の立場にある日本政府は、原子力発電に依拠する政策を再び推進し、再稼働と輸出を進めながら2017年3月末を目途に被災地の避難指示を解除し、東京電力は賠償を打ち切り、福島県は避難者への住宅無償提供を打ち切るとしている。福島原発事故による原子力災害に蓋をして無かったものとし、被害者を見捨てる「棄民政策」である。
私たちはこの原子力災害によって引き起こされたあらゆる被害について、全ての被害者への完全な賠償と原状回復を要求する。
それは、生き残った私たちの人間としての尊厳を回復する当然の権利であるだけでなく、無念の生涯を閉じられた多くの人びとへの弔いであり、「二度と再びあのような惨劇は引き起こさせない」という将来に生きるあらゆる命への責任と誓いである。
「謝れ」「償え」「保障せよ」
私たち原発被害者団体連絡会は、国民の命と生活を守るべき立場にある日本政府に対し、全被害者の悲痛な叫びに耳を傾け、以下の緊急要求に誠実に応えることを要求する。
1. 住宅無償提供に関して
(1)福島県が2015年6月15日に発表した「避難指示区域外避難者に対する無償提供2017年3月打ち切り」の方針を撤回し、被害者への完全補償が完了するか、または新たな法的保障措置が発行するまで従来通り無償提供を継続するよう、福島県に働きかけること。
(2)仮設住宅からみなし仮設住宅への転居、生活条件の変化に応じた転居など、住み替えを柔軟に認めること。
(3)放射能汚染地域からの新たな避難者への無償提供を再開すること。
2. 避難指示区域の解除・賠償打ち切りに関して
(1)政府が2015年6月12日に閣議決定した「福島復興加速化指針・改訂版」で示した居住制限区域と避難指示解除準備区域の「2017年3月までの避難指示解除及び1年後の賠償打ち切り」の方針を撤回すること。
(2)年間追加被ばく線量が1mSvを下回ったことが科学的に実証され、原発サイトにおける事故再発の危険性が完全に除去されるまでは現行の避難指示を維持し、帰還を強要しないこと。
3.「原発事故子ども・被災者支援法」(支援法)に関して
(1)政府が2015年8月25日に閣議決定した「支援法・基本方針改定」を撤回すること。
(2)支援法に定める避難・帰還・居住の自由を認め、「被ばくを避けて生きる権利」を保証する施策を早急に確立すること。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この要請書に対する回答は、実質的に要請内容を拒否するものであった、と筆者は回答文を読んだ。言葉を飾っていても、政府方針の繰り返しである。ここで触れることはしない。
今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品を読みながら、前記の「要請書」を改めて繰り返し読んだが、今野氏の短歌作品の訴えと重なり合い、共振する福島原発事故にかかわっての現状とこれからへの思いについて、筆者は考えている。前回に続いて『セシウムの雨』の作品を読んでいく。
◇老いの遺言(抄)◇
「私(わたくし)はお墓に避難します」とふ避難苦にせし老いの遺言
自殺者の四割増せるこの五月多くは避難を厭(いと)ひし農夫
出荷停止続ける五月の自殺者の四割増を悼む農われ
離農して移りゆきたる人多し何処(どこ)に住めるか知らざる幾人
セシウムの除染作業は捗らず「がんばつぺ」の幟立てて歩めり
我が山の除染を如何(いか)になすべきか今年はワラビも茸も採らず
米国は九月の日本は三月の「十一日」を忘るる無けむ
放射能汚染はからだに沁みつきて四季のリズムをなべて狂はす
日常を根こそぎ奪ひし原発の事故を憎みて人を憎まず
国策に翻弄されし四十年(よそとせ)の惨を今見るフクシマの民
吾亦紅(われもこう)摘みて飾れり原発の事故後過ぎゆく歳月辛し
今日もまた避難区域の小高区に農夫一人の自死のありたり
放射能日々降る畑に季(とき)違ふプラム咲きつつ冬に入りゆく
雪降れば線量下がるわが里の雪野の上に光る三日月
フクシマの全ての土地の除染済み避難者戻りしを初夢に見つ
◇家畜の遺棄(抄)◇
牛馬を避難せしむる飯舘の人らの泪まなじりに見ゆ
飼主の避難に棄てし牛幾頭柱齧りて餓死せしうつつ
痩せ痩せし牛に筋肉弛緩剤打ちて安楽死をせしむるか
安楽死をさせたる牛馬を葬らむとセシウム降りし畑に穴掘る
牛あまた飢ゑ死なしめし老農の己を責めて自死を選べり
汚染にて出荷叶はざるブタ五百豚舎近くに餓死して腐る
飼主の遺棄せし牛かセシウム値高き村里の牧を駆けをり
白骨の立てるがごとし除染にて表皮剝ぎたる柿の木あまた
進まざる除染作業を憂ふる夜の強き余震に妻の怯ゆる
セシウムの半減期などを思ひつつ老いゆける身に畑を耕す
セシウム値高き畑を耕(うな)ひゐる吾にひねもす椋鳥の寄る
自死といふ避難思ひし日もありきセシウム汚染の畑を捨てて
古里に帰還できざる幾万人原発事故の風化しゆけり
平凡な暮らしに戻れる日は何時(いつ)ぞ原発事故は「普段」奪へり
◇強制収容所(ラーゲリ)抄◇
自死ありて孤独死もある仮設舎に今日は窃盗の罪の逮捕者
放射能漏洩事故に避難して数多逝きたりなべて老い人
避難指示区域に止まる老いもをり新聞記事に五人目の餓死
仮設舎を老いは強制収容所(ラーゲリ)と自嘲して移動販売の豆腐贖(あがな)ふ
強制収容所(ラーゲリ)と人呼ぶ仮設住宅に大根下げし媼入りゆく
孤立死と孤独死増ゆる世となりぬ仮設棟にも逝きし幾人
線量の高きを知らざる白鳥のこの年も来て阿武隈に浮く
原発は要らぬとの声上がりしも幾万の人今日も働く
セシウムの除染進まざる我が町の子供人口またも減りたり
線量の高き林に入りて来く小鳥啼くこゑ水流の音
◇我慢する日々(抄)◇
線量に一喜一憂するこころ声には出でず言葉にならず
「風の子」は死語となりたるこの街か除染進まねば外に遊ばず
避難者は一時帰宅をする度に帰還の夢を諦むらしも
線量を気にする妻はこの年も穫りし大豆に味噌を仕込まず
核災に全町避難の長(をさ)言へり「三十年は町に帰れず」
環境の厳しくなりゆく福島に生きむと吾は眼見開く
◇海辺の瓦礫 平成二十五年(2013)抄◇
セシウムに汚れし町を除染して二年(ふたとせ)ぶりの野馬追ひとなる
眼科より帰る途上の死亡事故仮設に暮らす媼ら五人
存在を根こそぎにされし被災者の心を知るか政府東電
政治家の度々視察に来たれども海辺の瓦礫少なくならず
スーパーに野菜贖(あがな)ふ母子をり「これの産地は何処(どこ)」と子の訊く
風評に売れざる多量の玉葱は畑の隅に腐臭立てをり
除染せし柿にはおよそ実のならず二年続けて収入のなし
放射能の所為か否かは我知らず蜜蜂飛ばず南瓜も成らず
線量に関はりありやこの年は茄子の害虫の天道虫見ず
過疎の地に大金撒きしと言ふなかれ原発受容も悩みたる末
安楽死させし家畜を葬りたる馬城(うまき)の柵を越えて草伸ぶ
「する度に帰還の夢潰ゆる」と一時帰宅の老いの呟く
目的の外(ほか)に使はれゐるといふ復旧復興予算の幾億
凍てつける冬に除染をせし柿のこの年もまた線量高し
◇大蒜の冬芽(抄)◇
風評に売れざる大蒜(にんにく)棄て置くに冬芽(とうが)の伸びて畑に勢ふ
宵なれど灯の点らざる飯舘の避難区域を過(よぎ)る不気味さ
この畑に降りしセシウムの半減期三十年後の齢(とし)を数ふる
お粗末な議会政治の混迷と高き線量を憂ひつつ生く
被曝地に耳無き兎生れしとふ若きら多く避難してゆく
セシウムを含みゐむ庭の桵の芽と草蘇鉄(こごみ)を摘みて天麩羅に食ふ
次回も今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品を読む。 (つづく)
Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。