2016年05月24日15時08分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(209) 今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(3) 「幼子の内部被曝値高まれり梔子(くちなし)しろくこの年も咲く」 山崎芳彦

 歌集『セシウムの雨』の著者である今野金哉氏は、現在福島県歌人会の会長の任にあるが、同歌人会が毎年度刊行し続けている『福島県短歌選集』の平成27年度版(第62巻、平成28年3月20日刊)の巻頭言の中で、「『あの日』から五年が経った現在、(略)幾許かの明るい兆しも見えますが、辛く厳しい状況はなお続くのであろうかと暗澹たる気持ちを払拭することができません。/しかしながら、私たちは、こうした困難な生活環境や条件に生きている独りの人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴えていく義務もあるものと考えています。(略)本選集が、次代に生きる人間への貴重な記録や今後における防災への警鐘になり、さらには『災害・事故の風化』にストップを掛ける大きな役割を果たすことも可能であるものと考えています。」と記している。原発事故による被曝地である福島県の歌人がどのように詠い、生きるかは、福島にとどまらないこの国の現在と未来にとっての重要な道標であると思う。 
 
 『セシウムの雨』の作品の中に、原発事故を起因とする人間、命あるものの「死」「いのち」について詠った作品が少なからずある。前回に記した作品「自死といふ逃避思ひし日もありきセシウム汚染の畑を捨てて」は作者自らの日々の中でよぎった感情の翳りであったのだろうか。いずれにしても、先が見えないと思われる過酷な現実を生きる中で、「自死といふ逃避」へ心が動く。原子力エネルギーの「人間と共存できない」本質を示す。 
 それほどの苦しみと重圧を被害者にもたらし続けている原発事故の原因者、加害者である政府や電力企業、それにかかわる利得者、関係者は、彼等が犯した罪の深さを自覚していないどころか、犯した罪悪を無かったことにするばかりか、各地の原発再稼働や原発の輸出促進など、再び三たびへの道を突き進んでいる。「福島の復興なくして日本の復興はない」などと言葉を操るものと、「生きている独りの人間としての『真実の声』を三十一文字に込めて訴え」ることを「義務」と考える原発事故被災者である福島の歌人は対極にあるというべきである。 
 
 原発事故があって、避難した人々、避難を選択しなかった人びと、帰還した人々、帰還しないことを決めた人びと、迷いの中にある人びと、それぞれの条件や思いの中での現在があるにちがいないが、その誰もが事故前の生活のように生活する権利、「平穏生活権」を深刻に侵害され続け、言い尽くせない全人格的な被害を受け続けている。 
 平成26年5月21日の福井地裁による大飯原発差止め判決(樋口英明裁判長)で、憲法に由来する人格権が言われ、その事実が福島原発事故がもたらした被災について克明に示され、「大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い」とまで判定されたのだが、その後鹿児島県の川内原発の再稼働、その他のいくつかの原発に対する原子力規制委員会の「審査合格」による再稼働態勢、さらに引きつづくであろう原発依存体制の構築が進められている。 
 
 その中で、原発事故被害者に対する理不尽な「賠償打ち切り・帰還の強要」、「放射線安全神話」を正当化した被曝リスクの押し付け(事故後の緊急暫定措置の年間被曝限度20ミリシーベルトを帰還・避難の基準とすることで、1ミリシーベルト基準を投げ捨て)が、「避難指示の解除」と賠償・支援の打ち切りをセットにした実質的な「帰還強制」施策として実施されようとしているのが現状だ。 
 住民の意思と被爆リスクを無視して強行する帰還促進政策は、帰還を選択しなかった人びとの環境、生活条件とも繋がる。 
 今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品を読み続ける。思うことはさらに多くなる。 
 
 
 ◇避難地◇ 
「避難先では眠れない」と書き残す一時帰宅の男の自尽 
 
避難地に新居を建てし君なるに住むことなきに斃れしと聞く (いわき市・佐藤祐禎氏) 
 
草蘇鉄あんず無花果スモモ柿出荷自粛に採らずなりたり 
 
常ならば稲穂の稔るころなるに背高泡立草の田の面占めたり 
 
飼主の避難に捨てし黒和牛夜間の事故にあまた死にゆく 
 
降る雪の風に靡ける果樹園に除染をせむと終日(ひねもす)を立つ 
 
避難先に失語症病みし君なるに里に帰りて言葉戻りぬ 
 
老い母を連れて避難地探す中(うち)母を肺炎に君は逝かしむ 
 
倒れしと聞きし阿佐緒の墓なども思ひ吾が家の墓碑建て直す 
 
棲む人の黙を保てる仮設舎の屋根を濡らして春時雨過ぐ 
 
遅々として除染成らざる吾が庭に紅鮮やかに葉鶏頭(かまつか)の立つ 
 
 ◇風評被害(抄)◇ 
風評に野菜売れざれば収入なし東電よりの補償もあらず 
 
大地震(なゐ)に崩(く)えし家屋のそのままに人影のなき小高区を見つ 
 
氷雨降る広き牧場に遺棄されし数多の牛の身体震はす 
 
雪降れば冬菜の味の増すものを風評被害に売れず残れり 
 
風評に売れざる葱を掘らず置く今日は朝より粉雪の降る 
 
核災に全町避難の町あるに復興計画未だ立たざり 
 
廃炉には三十年余かかるらし吾が見届けず鬼籍に入らむ 
 
雪多き今年の冬は籠らむか葱もキウイも風評に売れず 
 
農民を苦しめゐるはセシウムか除染すれども作物売れず 
 
百姓のこゑの政府に届かざり異常な普段のただに過ぎゆく 
 
農業の収入ゼロのこの年も葉物野菜の廃棄の続く 
 
チェルノブイリに生れし男の耳の無き写真見しかば心萎えたり 
 
避難者への中傷止まざるいわき市の各所に「避難者帰れ」の落書(らくしょ) 
 
避難者への中傷続けるいわき市に車両四台の損傷事件 
 
 ◇牛の餓死(抄)◇ 
避難者に売るつもりらし覚醒剤四十キロの密輸摘発 
 
あんぽ柿の出荷停止を指示されぬ落ちたる柿が雪を朱に染む 
 
飼主の避難に捨てし牛多頭餓死して牛舎に白骨横たふ 
 
セシウムの降りて作れざる田畑に普段通りの課税されたり 
 
田や畑の除染難(かた)しと県外に農地求むる農家増えゆく 
 
生きてゐるものの気配のなき町を時折過ぐる放れ牛の群 
 
人影の消えたるままに二年経つ町に放れ牛群れて歩めり 
 
避難して未だ帰らざる児の多し全児童数「一」の小学校(がくかう) 
 
 ◇まぼろしの声(抄)◇ 
幼子の内部被曝値高まれり梔子(くちなし)しろくこの年も咲く 
 
この山の除染にかかる二十年(はたとせ)か己が齢に加へてみたり 
 
銀杏(ぎんなん)にセシウム汚染の噂あり拾ふ者なく道を汚せる 
 
彼の日より列車通はぬ線路なり常磐線に赤き錆浮く 
 
核事故に避難の君は「両親の齢を足せば二百超す」と言ふ 
 
重き荷を負ひて生きゆく避難者か原発事故の風化かなしむ 
 
 ◇被曝の魚(抄)◇ 
この川に杜父魚(かじか)を獲りし日も遥か被曝の魚は万のベクトル 
 
風評に売れざるネギの葱坊主未除染畑に二番草刈る 
 
「夜ノ森(よのもり)の桜」を見るは二年ぶりここから先は警戒区域 
 
ミレーの絵「Des glaneuses(落穂拾ひ)」を思はしむる畑より瓦礫を拾ふ嫗ら 
 
遅々として除染成らざる庭隅にこの年も咲く冬薔薇の花 
 
歳月の流れは迅し被災者と我が呼ばれつつ二年経ちたり 
 
遺棄したる牛の齧りし角柱の間(あひだ)あひだに白骨の曝(さ)る 
 
耳朶の無き赤子の生れし被曝地の川魚(かはうを)示す万のbecquerel(ベクレル) 
 
核災後二年の経たり十一回転居の歌友(とも)の千葉県に住む 
 
子供らの避難後二年経つ校庭サッカーゴールを隠す荒草 
 
避難して二年の経つも安住地探し得ざりと友の嘆けり 
 
仮設舎に二年を住める避難者と地元民との摩擦哀しむ 
 
離郷とは棄郷に繋がると言ひつつも仮設の人は帰郷を望む 
 
余所者が被災地に来て行へる派手なイベントをけふも卑しむ 
 
被災地の派手なイベント蔑(さげす)みぬ今日は歌人の「震災フォーラム」 
 
 ◇放射線値(抄)◇ 
幾たびも厠(かはや)に立てる身の寂し放射線値を憂ひ眠れず 
 
断念を重ね重ねて得しは何前後茫々と齢(とし)重ねゆく 
 
体内のセシウムよりも町内の除染作業員の犯罪恐(こは)し 
 
丹精を込めて育てし植木をも除染業者の抜き去りてゆく 
 
復興の槌音いまだ聞こえざる町の側溝の線量高し 
 
被災地の暮らしの中に県民の千三百人の関連死嗚呼 
 
核災に総て変はりし吾が暮らし何も変はらぬ生活(くらし)の補償 
 
解除されし避難区域に戻り来し農民なべて若くはあらず 
 
 ◇負の遺産(抄)◇ 
放たれしブタとイノシシ交配し猪豚(ゐのぶた)増ゆる避難の区域 
 
人住まぬ町の静寂(しじま)を時として破るイノブタの甲高きこゑ 
 
イノブタが避難区域に増えゆきて家屋を荒し農地を荒らす 
 
野生化の牛もイノシシも子を産みて避難区域の町に消えゆく 
 
負の遺産のみは子孫に残すまい百姓吾に清貧が合ふ 
 
 次回も『セシウムの雨』の原子力詠を読む。      (つづく) 


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