2016年06月27日20時34分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(212)今野金哉歌集『セシウムの雨』の原子力詠を読む(6)「融け落ちし燃料デブリは何処ならむ爆ぜし建屋に氷雨降る今日」 山崎芳彦

 今野金哉歌集『セシウムの雨』の作品を読んできて今回が最後になるのだが、福島原発事故の被災の実態、本質を短歌作品として詠み、福島の地から発信する今野さんのさらなる営為が続くに違いない。今野さんの作品は、原発事故が5年を経ても収束するどころか放射能汚染が人々を苦しめ続け、平穏、平和に健康で文化的な生活を営む人間の権利が蹂躙されている現実と、将来への不安を、まさに福島に生き、暮らす歌人としての真実の息づかいで短歌表現してきたし、これからもし続けるのであるに違いない。多くの原発事故被害者と、原発があるかぎり「明日の被害者」にならざるを得ないこの国の多くの人びとがさまざまな「原発ゼロ」を目指す運動に取り組んでいる。それに対して、安倍政府と加害者である電力企業と原発推進勢力は原発事故被害者を蹂躙する暴力的ともいえる姿勢をあらわにし、原発回帰を急いでいる。いま、参院選の中で、憲法と原発をひとつのこととして考えなければならないと思う。 
 
 安倍政府とその同調勢力は、「復興五輪」などと言い、原発事故被害者の現実と要求を無視した「人間なき復興」を進めている。例えば、今も10万人もの人々が原発事故によって避難生活を強いられ、また避難をしなかった人びとも原発事故被災によって深刻な苦難を強いられている中で、2017年3月を目途に放射線量が年間20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」だけでなく、それを上回る線量の「居住制限区域」まで避難指示を解除するとして、「住民の帰還を可能にする環境整備に取り組む。」方針のもとに施策を進めている。「放射能汚染の問題は終わったこと」とし避難者に対する借り上げ住宅や仮設住宅の無償提供などの補償や慰謝料などの打ち切りとセットの「帰還強制」策であり、加害者が一方的に被害者に押しつける「復興」施策であり、許しがたい暴挙である。この政策は多くの避難者が生活のありようを自ら決める権利を奪い、核放射線の被曝を避けるための放射線量に対する自主的な判断をする権利の剥奪、これまで蓄積されてきているさまざまに錯綜し混迷している地域・仕事・人の関係に対する権力の干渉であり、避難しなかった人びとの地域・生活環境の改善努力を阻害することにもなる。 
 
 さらに、政府が「新たなステージ 復興・創生へ」などの美辞を掲げての、原発事故で避難指示が出された被災地域を中心に廃炉関係などの「先端技術を集積」して「地域再生を目指す」とする「イノベーション・コースト構想」など、福島の人々が置かれている現実やこれからの生きる希望、地域の歴史や人々の思いを受けとめたとは言えない「目指すべき30〜40年後の姿」「2020年に向けた具体的な課題と取り組み」など県民不在の「復興計画」の机上の作文が、「オリンピック開催までを目標」に相次いでいる。そこには、「セシウムの雨」、放出された核放射線によって汚された山や川、海、破壊された原子力発電所を抱えて生活することへの不安にさいなまれる人びとの共感を大切にする視線はない。福島が福島でなくなるような「復興」を人びとは望むだろうか。原発事故加害者たちによる「福島復興」構想と計画は、「人より金、人々の生活の実情より経済成長」のアベノミクスと重なる。 
 
 同時に原発回帰に向けて、再稼働促進や40年を過ぎた原発の運転延長、再稼働原発立地自治体に対する国の交付金その他の優遇策が講じられている。「福島原発事故は無かったことか」、「原発事故被災者の苦しみは終わったことなのか」、「放射線による健康被害の実態や対処方法は明らかになっているのか」「福島第一原発の廃炉作業、デブリの処理、使用済み核燃料、核汚染物質の処理・処分方法についてなにが解決されたのか」…。加害者たちの被害者蹂躙、そして被害者をさらに生み出す原発再稼働、原子力社会の継続を許すわけにはいかない。 
 
 今野さんの歌集『セシウムの雨』の作品を、今回が最後になるが読んでいく。 
 
 
 ◇フレコンバッグ(抄)◇ 
街中の汚染土壌の仮置き場フレコンバッグ幾万を積む 
 
汚染しるき阿武隈川の川筋に鮭遡上して白き波立つ 
 
鮭遡上白鳥飛来する阿武隈の線量未だ高くあるといふ 
 
核事故に産土の地を奪はれし君の歌集ぞ『故郷喪失』 
 
避難して三年経てる苦はむごし君の綴りし『故郷喪失』 
 
わが町に除染作業員の非違多しキケンドラッグの吸引事件も 
 
描けざる己(おの)が未来を歎く君仮設暮らしの四年に耐へて 
 
全村民避難の村に鳴るチャイム時を告げつつ山に谺す 
 
復興の見通し立たざる喪失感持てる吏員の心病むらし 
 
「県民の自死に歯止めのかからず」と書ける新聞けふも読みたり 
 
遅々として進まぬ除染に苛立つか君もアル中の数に入りゆく 
 
「仮設では死にたくない」と言ふ老いの「ここを出でゆく術なし」と次ぐ 
 
春鳥の鳴ける畑に堆しフレコンバッグに詰まる汚染土 
 
 ◇自殺者増加◇ 
新聞の見出し目にして肯へり「県内自殺者年々増加」 
 
富む家に貧しき家に仮設舎に吹雪交じりの風の止まざり 
 
あの日から四年経ちたり被災地は変はらず首相四人目となる 
 
人々の営みありしに核事故は人の住めざる町となしたり 
 
核事故が起きて四年か奪はれし四年の時の疎かならず 
 
破れたるままの炉心を思ひみる月日はむしろ怒り増さしむ 
 
イノシシの被曝を疎む猟師らのイノシシ捕らず里に増えゆく 
 
朧月の宵に浮かべる灯りあり全村避難の消防屯所 
 
若者の帰還意識の一割に満たぬに町の存続憂ふ 
 
 ◇東電を憎む◇ 
この四年風評被害の補償無く寝ても覚めても東電憎む 
 
この四年農業収入ゼロとなり廃業なども思ふたまゆら 
 
東電は「イスラム国」より非道なり被曝補償を四年なさざり 
 
東電とホロコーストを比ぶれば東電の悪辣さ吾の身に沁む 
 
東電は汚染の水を海原に長く流しつつ隠してゐたり 
 
東電社卑劣陋劣非常識隠蔽体質治療困難 
 
凍土壁建設遅延汚染水半減対策暗中模索 
 
原発事故関連死増原因仮設住宅居住長期化 
 
汚染雨水海洋流出隠蔽事案漁業者激怒東電批判 
 
平成二十七年三月十三日起算日三十年以内県外最終処分 
 
東電社卑劣狡猾非常識非道隠蔽非礼集団 
 
 ◇バベルの塔◇ 
「原発はバベルの塔」と言ひつつにローマ法王警鐘鳴らす 
 
避難して四年を生きし君なるに関連死とふ数に入りゆく 
 
要人の視察は通り一遍に被災の辛さ知らうとせざり 
 
要人は何を視察に来たるのか還りし後の何も変はらず 
 
被災より四年の経ちて君の言ふ未来が見えず希望があらず 
 
老いの言ふ「おそらく此処で死んでゆく」仮設住居に四年を住みて 
 
利潤ある農に戻れる日のあるや風評被害五年目に入る 
 
人の世は夢まぼろしと思へども吾が田畑の被曝はうつつ 
 
トリチウム含める水も海に流し凍土遮水壁今に成らざり 
 
被曝せし村を隠せる霧深し線量計の文字くれなゐに照る 
 
 ◇禅問答(抄)◇ 
還りたい還りたくない還れない友は禅問答を続くる 
 
原発の爆発の日の煙の形いまだ脳裏に消えず残れり 
 
除染にて出でし汚水を側溝に捨て行く業者を誰も咎めず 
 
除染夫の犯罪日々に増えゆけりけふは大麻の吸引事案 
 
弾む春なるも吾には悼む春原発事故後五年目に入る 
 
いち日に七千人の作業員過酷現場に廃炉作業す 
 
掛け声ほどは復興進まざる吾が県なかんづく汚染土の中間貯蔵 
 
今日もまた除染作業員の逮捕さる大麻吸引運転の罪 
 
目に見えぬものを怖れてこの土地に採れし野菜を人ら買はざり 
 
 ◇自殺続く(抄)◇ 
福島の地に疲れしか夫婦なる八十三歳同じ日に逝く 
 
核災に遭ひたる町は施策替ふ「町興し」より「町残し」へと 
 
乏しらに茱萸の花咲く山峡に線量計の明滅赤し 
 
耳のなき赤子と耳なき兎生る原発事故に関はりありや 
 
公園に戯(ざ)れを楽しむ児らを見ず除染の済みて経てる三年 
 
自死自尽自殺の続く仮設舎の壁に絵を描く高校生あり 
 
わづかなる復興あるも被曝地に悲しかるべし数多なる自死 
 
道端の汚染土袋(フレコンバッグ)劣化して破れし孔(あな)に雑草の伸ぶ 
 
中間貯蔵施設建設予定地の不安の多くは解消し難し 
 
汚染物貯蔵施設の予定地の地権者不明千人を越す 
 
川岸に高く積みたる汚染土のフレコンバッグに夏の日強し 
 
線量の未だ高きにこの川に捕れたる鮎を食ひてはならず 
 
融け落ちし燃料デブリは何処ならむ爆ぜし建屋に氷雨降る今日 
 
セシウムの害を怖れて濯ぎ物日当たる屋外に四年干さずと 
 
 ◇事故の悲憤(抄)◇ 
帰還せし君と未だにその帰還できざる者と諍ひ続く 
 
産土に回帰できざる避難者が老いて子どもに回帰してゆく 
 
建物の再建わづかづつ成れど壊るるままの人間関係 
 
忍耐を誇りとするか福島県民は事故の悲憤に声を荒げず 
 
沁みて聞く「復興バブル」といふ言葉のちにまた聞く「風評被害」 
 
こんな馬鹿(ばが)なごどのあつかよ原発(げんぱつ)の事故の責任誰もが取らぬ 
 
福島(ふぐしま)の食ひ物やばいと人言へど新鮮野菜に惹かれ日々食ふ 
 
茸採りにゼンマイ採りもでぎねえと山に住み居る媼が語(かだ)る 
 
今日もまたホース破れで汚染水海に漏れだどテレビのニュース 
 
風評被害の補償はなにも無(ね)えのがよ農機具肥料(こやし)代も払へぬ 
 
汚染物試験輸送の進まざりルート選定案難航す 
 
核事故に夫婦別居の多き町四年の経ちて離婚増えゆく 
 
葉菜もまた根菜も核事故の風評あれば利益にならず 
 
風評被害の補償なきままの四年間憤りつつ今日も畑打つ 
 
箴言の「貧は世界の福の神」信じて今日も除染に励む 
 
 ◇憎き東電(抄)◇ 
核事故に吾らの暮らし奪ひしに謝罪をせざる東電憎し 
 
東電は原発爆ぜしに今以て謝罪せざるを日々訝りぬ 
 
爆ぜし炉の燃料デブリはどの辺り五年経ちても在り処分からず 
 
無恥無慈悲無謀無軌道無面目無理無計画無防備廃炉 
 
「トイレ無きマンション」状態続けるも原発回帰加速してゆく 
 
東電につのる恨みを堪(こら)へつつセシウム汚染の畑の草刈る 
 
原発の事故に翻弄されし吾が命の残り多くはあらず 
 
風評被害の補償なさざる東電を憎む心の年々に増す 
 
三十年のちの廃炉を見て死なむと思へど残る命少なし 
 
風評に収入ゼロの畑に立つ自死をするにも縄代が要る 
 
自らの命絶たむと思へども東電憎くこのまま死ねず 
 
 次回からも原子力に関わる短歌作品を読んでいく。    (つづく) 


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