2016年08月05日21時46分掲載
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コラム
「道なき国」への対抗として『論語』を読む 子安宣邦 (近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
ミュンヘンのホーエンツォレルン通りを見下ろす一室に着いて一週間がたった。この部屋で私はもっぱら仁斎『論語古義』の現代語訳原稿の整理に励んでいる。「公冶長」と「雍也」の二篇の原稿整理を終えた。日本でやったら二月も三月もかかる仕事を一週間で終えることができた。空間的に自分を日本から隔離しても、ネットは通じている。「道なき邦」の情報は容赦なく私のパソコンに流れ込んでくる。そのことは私の仁斎による『論語』解読作業を妨げることにはならない。むしろ私の『論語』解読作業の動機をいっそう強めるものでもある。私の『論語』を読む作業は「道なき邦」への思想的対抗作業でもあるのだ。
孔子は「道なき邦」を去ることをしばしばいう。「道行われず。桴(いかだ)に乗りて海に浮かばん」(公冶長)といい、「邦に道なきに、富みて且つ貴きは恥なり」(泰伯)といい、「邦に道あるときは則ち知、邦に道無きときは則ち愚(邦に道あるときには知者として行動し、邦に道なきときには愚者として振る舞う)」(公冶長)などという。
ここには春秋戦国という乱世に諸国を巡遊する教説家としてあった孔子の生き方がある。だが私がいまこれらの孔子の言葉に注目するのはその生き方においてではない。私が注目するのは「有道」「無道」という国家評価のあり方についてだ。孔子は「道なき国」を棄てたのである。「国家」よりも重く、貴いのは「道」であった。そういえば、「道」の教説家である儒家として、それは当然の言説だと人はいうかもしれない。だがこれを当然とするのは、儒家というものの成立以降の後世的立場によってである。
われわれが今注目すべきなのは、「道」が国家よりも、その支配者よりも優先する第一のものであることをいった最初の言説が孔子に成立したことである。私は「国家」が「民族」が優先する現代から驚きをもって孔子の「道」の言説を再発見する。彼は「道なき国」を見捨てたのである。
「道」とは何か。それは人間世界がそれをもって成立する地盤であり、それに由ることで人間が人間でありうる大路である。この「道」のない国家は国家ではなかった。孔子は「道なき国」で地位をえて富み、栄えることを恥としたのである。われわれの国の政治家にとって「国家」すなわち「日本」に優先するものは何もない。ただひたすら「日本」をいうこととは「道なき国」の自己主張であり、自己証明でしかない。私はこの「道なき国」への対抗として『論語』の解読作業を進めている。
子安宣邦 ( 近世日本思想史 大阪大学名誉教授 )
■子安宣邦さん
思想史家として近代日本の読み直しを進めながら、現代の諸問題についても積極的に発言している。東京、大阪、京都の市民講座で毎月、「論語」「仁斎・童子問」「歎異抄の近代」の講義をしている。近著『近代の超克とは何か』『和辻倫理学を読む』『日本人は中国をどう語ってきたか』(青土社)
(子安氏のツイッターから)
■子安宣邦のブログ -思想史の仕事場からのメッセージ-
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■情況的発言 「美しい日本」と相模原の反人間的テロ行為 子安宣邦 (近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
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■二つとない交友であったー溝口回想 子安宣邦 (近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
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■もう一つのフランス−野沢協氏追悼 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
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■大川周明と「日本精神」の呼び出し2 〈大正〉を読む 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
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■大川周明と「日本精神」の呼び出し 1 〈大正〉を読む 子安宣邦 ( 近世日本思想史 大阪大学名誉教授 )
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■「中国問題」と私のかかわり 〜語り終えざる講演の全文〜 子安宣邦(大阪大学名誉教授 近世日本思想史)
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■<大正>を読む 子安宣邦 和辻と「偶像の再興」−津田批判としての和辻「日本古代文化」論
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602111256064
■丸山眞男「超国家主義の論理と心理」を読む 〜丸山の「超国家主義」論は何を見逃したか〜 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602112350414
■「日本思想史の成立」について−「台湾思想史」を考えるに当たって 子安宣邦(近世日本思想史 大阪大学名誉教授)
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