2016年08月10日11時49分掲載
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ド二・ディドロ著 「絵画について」 マニエールという悪習
フランス近代啓蒙主義のリーダーの一人、ド二・ディドロ(Denis Diderot ,1713 - 1784)は百科全書以外にも、数々の対話体の作品を書いていますが、芸術にも造詣が深く、「絵画について」という絵画論も著しています。ディドロが活躍したのはフランス革命の少し前にあたる18世紀後半です。
翻訳の佐々木健一氏の解説によると、1648年にフランスの威信をかけた絵画彫刻アカデミーが結成され、その会員たちによる作品の展覧会が始まったのは1660年代からでした。そして、ディドロが筆をふるった18世紀半ばにはルーブル宮の一間を使ったサロン展が定期的に行われ、多くの人々が詰めかけ、人気を博していた頃だそうです。そして、その模様を伝えるジャーナリズムもまた盛んになった時代でした。
こうした状況でサロン展を批評しながら、本書の中でディドロはいろんな芸術批評を行っているのですが、キーワードの1つが「マニエール」という言葉でしょう。マニエール(maniere) はプチ・ロワイヤル仏和辞典を引くと、仕方、やり方、流儀、しかるべき方法、手法、作風、態度、物腰、礼儀などといったいくつかの訳があります。マニエールを説明するくだりでディドロはこう記しています。
「芸術は洗練されることによって堕落する」
ディドロによると、生まれたての社会では磨かれていない芸術、野卑な話し方、粗野な風習がありました。これがのちにより洗練されて完成されていき、「趣味」の誕生に向かいます。そして、次第に完成された趣味=スタイル、「〜調」というようなものに縛られて、そこから抜け出せなくなっていく。それは「マニエールな(気取った)」ものである、と。
「だから、マニエールは、よい趣味が退廃へと向かう開花された社会の悪習とみえるわけである」
言わんとしていることは、この当時は王侯貴族の時代ですから、上流社会に流通したファッション、流儀、好みが長年の間に型にはまり、もともとの人間が備えていた根源的な力を失い、退廃に向かっているということだったと思われます。
ディドロはそして、芸術家を育成する芸術学校においても石膏デッサンやモデルの型にはまったデッサンばかり7年もやっていたらダメになると言ったことを主張しています。デッサンの基礎は必要だが2年もあればよい、それよりも実際に「現場」に行って生きた人間の姿を描きなさい、と勧めています。「喜び」という言葉一つとっても人間が100人いれば100通りの感情の表出があり、その時々の微妙な違いがある。だから、そうした生きた瞬間に触れ、その命を写し取ることが大切だと言っています。
さらにまた、人間の肉体というものはどんな小さな歪みや変化であっても、その人の社会状況や暮らしからもたらされるものであり、そこにはそうなる理由が潜んでいるとも書いています。そうした小さなデテールの真実を大切にしなさい、と言っているのです。
「今日では、何人もの人物像で構成された絵をみて、そこにこれらのアカデミー風のフィギュア、ポーズ、所作、アティチュードの何がしかをもとめずにすむことは極めて稀である。そしてこれらは趣味あるひとには死ぬほど不快なものであり、効果を及ぼしうる相手はただ、真実とは無縁の連中のみである。だから、学校で十年一日のごとくくりかえされているモデル習作を非難してもらいたい」
そして、若い芸術家の卵にこう呼びかけています。
「明日は場末の居酒屋へ行きたまえ。怒っているひとの真の所作が見られるだろう。人びとが生きている現場を求めたまえ。街の通りでも、公園でも、市場でも、家の中でも、観察者となることだ。そうすれば、人生のいろいろな行動の際の真の動作についての正しい観念をそこで汲みとることができるだろう。」
フランスで印象派が新しい画風を始めるのはそれから100年ほどのちのことでしたから、ディドロの「絵画論」は極めて先駆的な視点を持った批評だったと思われます。ディドロがいた18世紀には映画もなかったですから、もちろんドキュメンタリー映画もなく、社会や人生をビジュアル的に映し出すものは演劇か、こうした絵画でした。それが、長年の型にはまった修業によって、物の見方も型どおりになってしまうことは、絵画の生きたヴィヴィッドな情感や迫力を殺していると考えたのでしょう。長年、同じスタイルを続けていると、やがてはマニエールに堕して、模倣することが自己目的となった退屈なものに転じていくことは間違いありません。
■ド二・ディドロ作 「ラモーの甥」 格差社会に生きる太鼓持ちの哲学を辛辣に描く戯曲
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