2016年08月11日11時37分掲載
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文化
[核を詠う](214)『福島県短歌選集 平成27年度版』の原子力詠を読む(2)「あの山の向かうは原発で住めぬ町とガイドは指しぬわが故郷を」 山崎芳彦
今回も『福島県短歌選集 平成27年度版』の原子力詠を読み続けるが、読むほどに原発事故による災害、核放射線による大気、土、水、人間をはじめ生命あるものへの加害は、その存在をいかに危うくするものであるかを思わないではいられない。このことは、人間にとっていえば現実の生きる営みを深刻に阻害され、将来を毀損されることでもある。いま読んでいる福島歌人の作品には、農林水産畜産業に携わってきた人々がその道を閉ざされる、それぞれの業に生きることを困難にされている現状への思いが様々に表現されているものが多い。原発事故は、人が生きることを根元的に妨げているのだ。被災は広く深い。福島の原発事故が改めて明らかにした「核と人間は共存できない」ことをこの8月に、広島、長崎の原爆被爆のこの国の体験とつなげて考えたいと思う。
8月9日の長崎の平和祈念式典で被爆者代表の井原東洋一さんは「平和への誓い」のむすびの部分で「私たち被爆者は『武力で平和は守れない』と確信し、核兵器の最後の一発が廃棄されるまで、核物質の生産、加工、実験、不測の事故、廃棄物処理などで生ずる全世界の核被害者や、広島、長崎、福島、沖縄の皆さんと強く連帯します。長崎で育つ若い人々とともに『人間による安全保障』の思想を継承し、『核も戦争もない平和な地球を子供たちへ!』という歴史的使命の達成に向かって、決してあきらめず前進することを誓います。」と語ったのをテレビで聴きながら、核兵器とともに、核発電―原子力発電の廃絶をつなぐ貴重な言葉であると聞いた。
この「平和の誓い」では、
「私たちは絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで日本が引き起こした過去の加害の歴史を忘れてはいません。わが国は、過去を反省し、世界平和の規範たる『日本国憲法』を作りこれを守って来ました。今後さらに『非核三原則』を法制化し、近隣諸国との友好交流を発展させ『北東アジアの非核地帯』を創設することにより初めて平和への未来が開けるでしょう。
国会及び政府に対しては、日本国憲法に反する『安全保障関連法制』を廃止し、アメリカの『核の傘』に頼らず、アメリカとロシア及びその他の核保有国に『核兵器の先制不使用宣言』を働きかけるなど、核兵器禁止のために名誉ある地位を確立されることを願います。」
などとも言及している。これを聞いている安倍首相の表情が映し出されたが、その苦々しげな、やっと我慢している様子は、醜いとしか言いようがないものだった。
被爆者代表による「平和への誓い」について、長崎平和祈念式典では例年、長崎の被爆者団体が「誓い」を読み上げる被爆者代表を推薦してきたが、今年3月に長崎市が審査会を設置して「誓い」を読む人を選ぶ条例を制定して、今回の井原さんの読み上げについて曲折があったと言われている。
それは、「平和への誓い」に、近年、特に安倍内閣になってからの政府の平和、安全保障にかかわる方針、施策に対する厳しい批判、反対の意思表明が盛り込まれることに対する「圧力」によるものではないかと見られている。すでに昨年は、市長による「平和宣言」の起草委員の選定に際して、集団的自衛権の行使容認に批判的な委員を選ばなかったこともあり、政府の意向に反する考え方を持つ人を排除する動きがあり、それと同じことが今回の被爆者による「平和への誓い」においても行われようとしたのを、被爆者団体と長崎市民の力で防ぎ、例年通りの被爆者団体からの選出によって、井原さん(県被爆者手帳友の会会長)による「平和への誓い」が行われたのだが、今後に大きな課題が残されたことを受けとめなければならない。
安倍内閣とその共同勢力が、たとえば原発回帰促進政策、原発再稼働・40年定年原発の延命策、福島県民無視の「復興計画」、核廃棄物処理事業・施設の計画、放射線量基準の恣意的な変更改悪・・・などを推し進めるなかで、
政府方針に反対する各分野の識者、研究者、関係機関の排除など、これまでも様々に行われてきたが、さらに悪辣な手段、権力の乱用が進むに違いない。いま、容易ではない国の権力の凶暴化が進んでいるなかで、福島歌人は営々として詠いつづけている。心して読もうと思う。
福島の憂ひを知れば再稼働の声のしるきに耳塞ぎたり
鳥遊ぶ五月の森に入りゆけば除染土数多積まれてゐたり
福島の被曝者の声届かずに動き出ししか川内原発
(3首 紺野 敬)
被災地の子らがやうやく本音言ふ「怖い」「悲しい」「怖い夢見る」
仮設の暮し長引く子らの魂は痛ましきかな傷つきてゐし
除染終へしも四割残る線量の中に生きむかモルモット吾ら
除染前と除染後の数値記したる報告書届く如何にせよとか
剥ぎ取りし五センチの下に大量の放射能留めて大地静もる
未来への道しるべ無き福島の原野を包み雪はしき降る
(6首 紺野乃布子)
父母になき余生といふに震災後原発難民となりて生きゆく
(1首 斎藤昭夫)
田を埋めてまはり囲へば汚染土の置場すなはち出来上がりゆく
除染土の置場を囲ひ描きしをウォールアートと呼ぶのかそれを
(2首 斎藤美和子)
夫植えしパンジー・ビオラ咲き初めぬ諦めいたる除染の庭に
浪江高の図書の散乱にただ絶句四年経しままその日止めて
若き等の去りし仮設に残されし孤老の老いのつぶやきむなし
除染にて苔の消えたる庭池に鯉よみがえり水音すがし
(4首 佐々木 福)
腐葉土にしたき落葉をごみの日に出だすは悲し原発事故後
(1首 笹島敬子)
原発の事故より三年八箇月わが家の除染やうやく終る
原発の被災地復興遅々として人の老齢化共に案ずる
(2首 佐藤ツギ子)
ぬばたまの夜明けと共に原発事故のなべて消え去る現(うつつ)は無きか
福島ですと答ふれば揺るる空気感その微妙なる揺らぎも知りぬ
放射線量、天気予報同時に報じらる 異常が日常となりし歳月
線量と放射線量を言ふことに馴らされて生くる日々を重ねつ
モニタリングポストも自然の景として馴染みゆく児らも見守る吾も
除染土嚢を積み置くか埋設か選択の書類持ち除染の担当者来る
復旧復興進みつつあると思はむかされど未だに何かが違ふ
福島は元気ですとふ論聞けど澱(おり)の如きが拭ひ難かり
今更にわが身を鎧ふ何もなし被曝地フクシマに四年余を経て
被災すれど被害者ならず凛然と新たなる一歩踏み出し行かむ
(10首 佐藤輝子)
フクシマの林檎が店に無いという故郷気遣う東京の兄
(1首 佐藤紀雄)
穏やかな神住めるごとき町なるに津波と放射能に襲はる
家追はれ食料品や衣類も無く行くあてのなき避難民となり
言ひしれぬ孤独と不安抱きつつ着の身着のまま彷徨ひてゐし
夜明け前目覚めて思ふ原発の事故は夢なり元に戻ると
原発の事故無き頃の富岡を思ひ出してはため息をつく
事故前の東電社員はそれぞれが肩で風切り町を歩めり
この世には想定外は無きものと原発事故に知らされてをり
原発の放射能より逃げて四年帰還はせぬと思ふことあり
富岡は思ひ出の地になりゆくか吾妻小富士を四年ながむる
郊外に小さき家建てやうやくに心静まり神を見出す
(10首 三瓶利枝子)
庭隅に除染済みとふ土を置くわづかに移すことの除染や
福島の風評被害の過ぎ去れば風化のうれひ打つ手のなしや
(2首 椎野裕子)
自家製の味噌にせむとて培ひし大豆の線量いかほどありや
セシウム値NDでしたのメモ添へて初摘みの海苔友より届く
(2首 島 悦子)
借り上げのアパートに四年暮したり小物手芸を慰みとして
被災地より持ち帰りたるミシンにて避難四年を耐へて来たれり
夫逝きて三十五年辛苦耐へてわれは未だに辛苦の道なり
向ひ家の裏庭の四季になぐさみて借り上げアパートに四年を過ごす
ふる里の暮し恋ひつつアパートに原発避難五年目となる
(5首 白石琴子)
原発ゆゑ廃校となりて毀たれし高校の桜の巨木も伐らる
除染の土入れし袋の積まれたる村に桜の季の来たりぬ
あの山の向かうは原発で住めぬ町とガイドは指しぬわが故郷を
帰還困難の表示外るる日のありや無人の町は昼を静もる
(4首 杉本慧美子)
キキキキキー前の車が急停止 悠然と猿が道を横切る
いか程を除染したるか三台の重機せわしく畑を動く
廃炉となる原発建屋にクレーン伸び細谷(ほそや)の浜にけあらしの立つ
仮設舎の傷みも増せば急かされて今日も訪ねむ終の住処を
避難四年 一時帰宅せる我が部屋に電池が切れてますと報知器の声
核のゴミ捨て場となりし我が郷里ははや獣の根城と化せり
売却か地上権行使か受け継ぎし田畑山林継がせるべきか
小雨降る防災訓練炊き出しのカレーに沁みる心くばりも
(8首 杉本征男)
汚染土の袋積みたる空き家の庭つつじが咲いて菖蒲(あやめ)咲き継ぐ
(1首 鈴木こなみ)
JAのたむらが五つ合併しJAふくしまさくら出で立つ
大地震と放射能汚染には今合併の方策はなし
小高駅に空虚に広がるむなしさに農業やる気起らずと言ふ
田畑原野は無人の町が広がりて雑草のみが盛りなりけり
原発の事故の当時はJAの都路支店一時閉鎖す
県内の十七JA消え去りて四JAにまとめあげたり
(6首 鈴木 進)
放置され雑草繁る農地増え鳥獣に棲みよき里となりたり
雪遊びする子供らの姿なく空き家の多くなりてゆく村
(2首 鈴木 武)
ふるさとの被曝の土に向日葵はためらひもなく花咲かせをり
(1首 鈴木紀男)
幼らの踏みゆく庭のひとところ埋めし除染土ひそみて四年
(1首 鈴木文子)
次回も『福島県短歌選集 平成27年度版』から原子力詠を読み続ける。
(つづく)
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