2016年08月28日02時20分掲載
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人権/反差別/司法
共謀罪と捜査の端緒 現実の危険性の有無から、主観重視へ刑法の大きな転換点に
治安維持法に詳しかった刑法学者の故・中山研一教授(京大名誉教授)が晩年、非常に心配していたのが共謀罪の法制化で、何度となく、これに関して発言をしていました。教授の生きている間にはついに法制化されませんでしたが、しかし、今回、オリンピックのテロ対策という理由で、今までより一段とソフトになって法案が再登場してきました。しかも、与党が両院で過半数を握っている状況です。
共謀罪について、以前、中山教授が書いていたブログから少し引用してみたいと思います。これは「元大阪高検検事長の東条伸一郎氏(明治学院大学教授)の注目すべき発言」として、中山教授自身が引用している部分の一部です。
http://knakayam.exblog.jp/5736928/
東条伸一郎氏 「法執行機関が相手にしているものは、ほとんどの場合、結果(あるいは未遂)が発生している犯罪である。捜査は、これらの結果が出た犯罪については、行為者から始まって、その背景には何があるのかということで進んで行き、共謀共同正犯にまでたどり着く。ところが、今後の共謀罪というのは、後ろの結果の部分がない。いきなり共謀のみが問題となる。結果から遡って捜査を進めてきた現場の捜査官とすれば、共謀というのは非常にやりにくい。本気になって捜査する気なら、特別の捜査官を作らざるを得ないだろう。・・・(中略)・・・実務家としては、捜査の端緒をどうやって掴むのかが問題になる。2人以上の人間が相談をして実行しようという実行以前の段階で、捜査の端緒を掴むのは難しいだろう。さらに、訴訟法の問題だが、捜査の端緒を掴んだ後の取調べは、供述に頼るしかない。人の内心の意思がどうであったか、意思の合致があったかどうかということの証拠は供述しかないが、結果が発生する前の段階の犯罪について、この供述の真実性をどのように担保するのだろうか。」
新聞によると、今回の共謀罪の再検討では共謀だけでなく、準備が多少なりともないと犯罪を構成する構成要件にはならないと報じられていますが、本質的なことは変わっていません。それはここでも元・大阪高検検事長が述べているように、結果があってから捜査に入るのではなく、結果が出ていないものを捜査する、ということで今までと根本的に警察の動きが異なってくるということで、「本気になって捜査する気なら、特別の捜査官を作らざるを得ないだろう」ということです。これは戦時中の特別高等警察(特高)のような、思想・主義の統制と国体の護持を目的とする特別な警察組織が結成されないとも限りません。そこでは「結果」が起きていない段階で、犯罪の意志の有無を問うものですから、当然、捜査でも「自白」が重視されることになりますが、戦前・戦時中には自白させるために拷問が行われていました。
このように共謀罪という法律の本質には「現実の危険」よりも、「犯罪を行う意思」あるいは「主観」とか思想性がより大きなウエイトを占めるというところがあり、ここが恐ろしい点です。そこで捜査の端緒としては、どんな人間がどんな思想を抱いているか、ということがこれまで以上にリスト化されていく可能性があります。
※中山研一氏の著書
「現代社会と治安法」(岩波新書)
「口述 刑法総論」(成文堂)
「口述 刑法各論」 (成文堂)
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