2016年09月16日14時44分掲載
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文化
【核を詠う】(217)『朝日歌壇2015』の原子力詠を読む(1)「福島も日本固有の領土ですもどれない人十二万人」 山崎芳彦
今回から『朝日歌壇2015』(2016年4月、朝日新聞出版刊)から原子力に関わって詠われたと筆者が読んだ短歌作品を抄出、記録していく。同書は、朝日新聞が毎週月曜日に掲載している「朝日歌壇」選者(馬場あき子、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏)の選による入選全作品(2015年1月〜12月)を一巻にまとめたものである。この連載の中で2011年3月の福島第一原発事故以後の「朝日歌壇」入選作品のうち原子力詠を、記録し続けてきたが、今回も同じように抄出・記録する。同歌壇の入選作品は、毎週数千通の投稿作品の中から選者それぞれが10首を選んだものだが、その中から筆者の読みによって原子力詠を抄出しているのだから、記録する作品の背後には全国の投稿者による膨大な作品があるわけで、入選とはならなかった作品にも貴重な作品が多くあるに違いないことに思いを馳せもする。
新聞歌壇のなかでも特に「朝日歌壇」には社会の動向を反映した時事、社会、政治をテーマにした作品がが多いとよく言われるが、選者の佐佐木氏は『朝日歌壇2015』に「時事詠と日常茶飯」と題して次のように書いている。
「昨年刊行された『朝日歌壇2014』に、私は「社会詠の増加」というタイトルで文章を書きました。憲法改正、集団的自衛権、原発再稼働、特定秘密保護法・・・とたてつづけに日本の国のかたちを変える重大問題が矢継ぎ早に政府によって出され、『朝日歌壇』もそれに対応するかたちで、時事・社会・政治を主題にした投稿が多くなった、そのことについて書きました。
今年は、その流れがいっそう顕著になり、安保関連法案に反対するデモ参加者の人数が増え、それに比例するように『朝日歌壇』の投稿歌にも、社会詠・時事詠が多く寄せられました。私の選歌欄にもその流れが反映されています。
永久とは七十年なるかぐらつきし憲法九条祈るごと読む(長野県・沓掛
喜久男)
戦争に捲きこまれたらきつと言ふ「想定外」と口を揃へて(前橋市・萩原
葉月)
原爆を二つもあびた国なのに「特殊な国」を何故放棄するの(加古川市・
長山理賀子)
平和の危機に反応したこのような作は、新聞歌壇ならではの作と思います。
一方、日常茶飯の細部をていねいにうたった作にも佳作が多くありました。平和な時代だからこそ、当たり前の日常茶飯があることの大切さを、あらためて新鮮に受け止めなければならないことを痛感する一年でもありました。」
また、選者の永田和宏氏は、「言葉の浸食に敏感に」と題して次のように記している。
「民主主義の危機、そして立憲主義の崩壊、そんな歴史の教科書にしか出てこないような言葉を、強い実感をもって感じざるを得ない一年であった。ほとんどの憲法学者が違憲を唱え、多くの国民が反対のデモを行っても、強行採決されてしまった安保法案。恣意的な憲法解釈の変更による集団的自衛権の容認。そして沖縄の民意を無視してなされようとしている辺野古の埋め立て。多数の力を恃んで、有無を言わさぬ強引さで押し切る、そんな政治権力の怖(おそ)ろしさをまざまざと見せつけられた一年でもあった。
それにもまして私が抱くのは、私たち庶民から言葉が奪われようとしているという危惧である。体制に批判的なマスコミを懲らしめるべしというような発言、八紘一宇などという死語の意図的な復活、国益という言葉で反対意見を封じようとする姿勢、どれをとっても戦前への回帰を強く感じさせる風潮である。そしてもっとも怖いのが、外圧を怖れることにより、批判的な言葉を自ら呑みこんでしまう、いわゆる自粛という精神作用であろう。
私たち歌人は、どんな状況にあっても、自分の言葉を考え、自分の言葉で表現する種族でありたい。自分の感じたままを率直に表現することに、どのような障碍も感じたくはないのである。そしてひそかに進む言葉の浸食に対しては、常に敏感でありたいと思う。ここに年間賞として選んだ十首(選者4氏はそれぞれ入選作品から「年間秀歌」10首を選び、『朝日歌壇2015』に掲載している。本稿には転載しない。筆者)は、さらにここに選ばれなかった多くの歌も、それらは自然を詠っても、家族や自分の青春を詠っても、政治的な状況を詠っても、どれも自らの言葉を敏感に研ぎ澄まし、大切に、しかし臆することなく表現の場に持ち込んだものばかりである。このような歌があり、作者がいることは、朝日歌壇という場の大きな誇りであり、また信頼に足る場であることをおのずから示してもいるのだろう。」
馬場あき子氏は「短歌だから残ることば」、高野公彦氏は「載らなかった歌」と題する自選の年間秀歌評をあげての文章を記して2015年を振り返っている。
作品を読んでいきたい。筆者の読みによる原子力詠なので行き届かないことがあればお許しを願うしかない。
ほんとうにゴジラがうまれるのじゃないか刻刻溜まる核廃棄物
(1月5日 永田和宏選 新潟市・太田千鶴子)
復興の願いを友は語れども四度目の冬も二間(ふたま)の仮設
(1月5日 佐佐木幸綱選 下野市・石田信二)
フクシマはいつも三月夏も冬も今日も明日もいつもあの時
(1月12日 永田選 いわき市・馬目弘平)
封筒も線量計も我が名前みんなカタカナこれがフクシマ
(1月12日 永田選 福島市・星 守)
汚染水のもとをつくった科学者が作業員とともにはたらいてない
(1月12日 佐佐木選 川越市・小野長辰)
フクシマに目を逸らしつつ再稼働進める国のあてなき行方
(1月12日 高野公彦選 宇部市・崎田修平)
かなしみの数だけともる仮設の灯ちさくこぼれて雪の降りつむ
(1月19日 馬場あき子選 福島市・美原凍子)
吹雪く暮れ飯舘村へ五〇〇〇人の除染労働者黙して入り行く
(1月19日 馬場選 福島市・澤 正宏)
愚かとは貧しきことよ亀たちよ今後千年被曝の中に
(1月26日 永田選 いわき市・馬目弘平)
空爆を受けたらひとたまりもない原発のそら風花の舞う
(2月8日 高野選 福山市・武 暁)
最終はいずこにか中間貯蔵施設ちゅうかんという果てなき長さ
(2月16日 馬場・高野共選 福島市・美原凍子)
ふ・る・さ・ととつぶやいてみるふるさとのまんなかうれしまんなかかんし
(2月23日 永田選 福島市・美原凍子)
風評に松川浦の小女子(こうなご)の届かずなりて四度目の春
(3月2日 高野選 下野市・若島安子)
厳冬の空は真蒼(まさお)く凍てついて原爆ドームは夏の日のまま
(3月2日 佐佐木選 安芸高田市・安芸深史)
福島も日本固有の領土ですもどれない人十二万人
(3月2日 佐佐木選 半田市・石橋美津子)
海山の幸が集まるわが町の南に巣籠もる原発一つ
(3月9日 佐佐木・高野共選 島田市・水辺あお)
朽ちてなお放射続ける3号機ひしゃげた鉄骨鳴る線量計
(3月16日 馬場選 いわき市・池田 実)
ダイオードの赤き光闇にあり校庭のベクレル伝えおり
(3月16日 馬場選 いわき市・大平好一)
貯えし缶詰のパン試食せん「三・一一」四年目となる
(3月16日 永田選 北上市・高橋和子)
3・11廃炉となるか一〇〇年後我ら作業員は働いているか
(3月23日 佐佐木選 いわき市・池田 実)
「ひろしまのピカ」のとなりに「ふくしまからきた子」が並ぶ児童図書室
(3月30日 高野選 草津市・山添聖子)
この街で我ら作業員生きひそめふるさと追われた避難者と暮らす
(3月30日 高野選 いわき市・池田 実)
フクシマを忘れたように笑ってる逃れられずに笑うしかない
(3月30日 佐佐木選 福島市・伊藤 緑)
原発の事故見て止める国あれば稼働続ける当事国あり
(4月6日 永田選 川崎市・小島 敦)
汚染水は海へ汚染土は仮置場へ人々は棄民への流れ故郷想う
(4月6日 馬場選 日野市・植松恵樹)
浜通りは汚染土の山仮置き場・仮置き場にあわゆきの降る
(4月6日 馬場・高野共選 下野市・若島安子)
満ちて来て水面で微かに早春の雨は溶けゆく除染待つ池
(4月6日 佐佐木選 福島市・澤 正宏)
あれからの重たさこれからの長さふくしまの春かすんでゆれて
(4月6日 佐佐木選 福島市・美原凍子)
シロアリとネズミが荒すフクシマよふるさとありてふるさとなき民
(4月6日 高野選 ホームレス・坪内政夫)
原発事故「起こした」日本は続行し「知った」ドイツが廃止する原発
(4月6日 高野選 交野市・遠藤 昭)
痛みなき被ばく線量の積算に「大丈夫」と若い作業員笑う
(4月13日 佐佐木選 いわき市・池田 実)
汚染水はさておき自民党内の声は確かにアンダーコントロール
(4月13日 佐佐木選 西海市・前田一揆)
防護服全面マスクで身を固め向かう建屋は墓場か戦場か
(4月13日 高野選 いわき市・池田 実)
コントロールされてゐますとボスが言ひされてゐないと元ボスわめく
(4月13日 高野選 熊谷市・内野 修)
福島の博物館員が「ガレキではない我歴だ」と言う展示物
(4月20日 佐佐木選 近江八幡市・寺下吉則)
帰れない原発被災のふる里は見渡す限り除染土の山
(4月27日 佐佐木選 いわき市・金成榮策)
次回も『朝日歌壇2015』の原子力詠を読む。 (つづく)
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