2016年11月06日00時29分掲載
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反戦・平和
日本軍「慰安婦」関係資料をユネスコ記憶遺産に登録する意義とは
日本軍「慰安婦」問題をめぐる日韓合意が昨年12月末に突然発表されてから、もうすぐ1年が経とうとしています。しかし、この合意に対して「被害者たちを置き去りにしている」という批判の声が上がったり、日韓両政府間での解釈の齟齬が指摘されるなど、真の解決には程遠い状況にあります。
それでも、日本政府は今年8月、韓国政府が設立した「和解・癒し財団」へ10億円を送金し、財団はそれを財源にして元「慰安婦」被害者・遺族たちへの現金支給を10月から開始するなど、日韓両政府は合意に基づいて着々と事を運びつつあります。
日本政府は、なるべく早く「慰安婦」問題を忘却の彼方に追いやりたいのかもしれませんが、「簡単に忘れさせてなるものか」と国内外の被害者支援団体が動いています。
書籍・図画・音楽など世界的に重要な記録を保全し、多くの人に公開することを目的として、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が取り組む事業「世界の記憶」〔Memory of the World(MOW)〕、通称「記憶遺産」に日本軍「慰安婦」関連資料を登録することを目指し、昨年8月1日、日本の「慰安婦」支援団体が共同して「ユネスコ記憶遺産共同登録日本委員会」が発足しました。
構成団体は、①在日の慰安婦裁判を支える会、②山西省・明らかにする会、③中国人「慰安婦」裁判を支援する会、④フィリピン人元「従軍慰安婦」を支援する会、⑤台湾の元「慰安婦」裁判を支援する会、⑥アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)の6団体です。
そして、ユネスコ記憶遺産共同登録日本委員会は今年9月9日、東京・韓国YMCAアジア青少年センターにおいて、ユネスコ記憶遺産の目的や現状を伝えることを目的に、ユネスコ記憶遺産プログラムに初期から関わり、現在はユネスコ記憶遺産のガイドライン見直しのためのコーディネーターを務めているオーストラリア人のレイ・エドモンドソンさんを招いた集会「ユネスコ記憶遺産はなぜ作られたのか」を開催しました。
<レイ・エドモンドソンさん講演>
レイさんの講演を整理すると、次のとおりです。
【記憶遺産とは】
●記録とは、周到で知的な意図をもって何かを「文書化」または「記録」するもの。
●フィルム、ディスク、テープ、デジタルファイルなど全ての視聴覚資料を含む。
●記録は、内容とそれが載っている媒体で構成される。
●絵画や美術品といったものは除かれる。
【記憶遺産のビジョンと使命】
世界の記憶遺産は、全ての人々に属すもので、全ての人々のために完全に保存および保護されるべきであり、文化的慣習と実行可能性を十分に認識しつつ、全ての人々にとって支障なく永久的にアクセス可能でなければならない。
【「歴史」についてのMOWの見解】
「MOWは政治的なものである」という批判を度々受けるが、あくまでもMOWの目的は、元となる記録物の保存を促進し、普遍的なアクセスを支援し、認識を高めることにある。
MOWは歴史を検証したり、解釈したり、歴史的判断を下すものではない。それは、歴史家など他がすべきことである。
【登録申請について】
●記憶遺産の申請には、隠れた意図があってはいけない。個人的な利益のために申請してはいけないし、政治的に摩擦・論争を呼ぶようなもので、かつ、それが誇張されたようなものは登録が却下されることが多い。MOWが求めているものは、事実に基づいたもの、証拠に基づいたものである。
●MOWの申請は、個人・NGO・市民団体から来ることが多い。記憶遺産は、専門家が運営している事業なので、専門家からの申請が圧倒的に多く、政府はほとんど関わらない。
●MOWの申請には、政治的ことが絡んでくることがある。ロビー活動は常につきまとう。個人や政府や団体がいろいろな思惑でロビー活動を行うが、往々にしてその人たちの望まない結果を招くことが多い。
【登録基準】
●評価は、相対的である(文化的重要性を測る絶対的尺度は存在しないので、ある程度、主観を交えて判断することが求められる)。
●相対的に、時間・場所・人・題材とテーマ・形式および様式・社会やコミュニティ・精神性に関し、重要性が認められるか?(これら要素の1つを満たしている必要はあるが、全ての要素を満たす必要なない)
●「世界的な重要性」(その喪失または劣化は、人類遺産を貧弱化させ有害であるか?)
●「真正性」(見かけどおりのものか?その身元や来歴は確実に分かっているか?模造品や虚偽ではないか?)
●「希少性」
●「完全性」
●「脅威」
●「管理計画」
<ユネスコ記憶遺産登録申請までの経緯>
次に、「日本軍『慰安婦』の声」共同登録国際委員会事務団から団長の申惠秀(シン・ヘス)さんと総括チーム長の韓惠仁(ハン・ヘイン)さん、中国「慰安婦」資料館館長の蘇智良(スー・チーリャン)さん、ユネスコ記憶遺産共同登録日本委員会代表の渡辺美奈さん(wam事務局長)、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表の梁澄子さんたちが登壇してパネルディスカッションが行われ、そこで日本軍「慰安婦」関連資料をユネスコ記憶遺産に登録申請するまでの経緯が説明されました。
「慰安婦」関係資料の記憶遺産登録に向けた活動が最初に始まったのは中国です。そのときの登録申請は、蘇さんら中国の「慰安婦」支援団体関係者が単独で行いました。中国側で単独申請するに至った経緯について、韓さんは次のように説明しています。
「私は、2013年に蘇さんから共同登録について声を掛けられましたが、私は記憶遺産のことがよく分かっていなかったので、『韓国側はどう動くか分からない』と答えるとともに、私が蘇さんらと一緒に活動するかについても明確に答えませんでした。
また、韓国国会で慰安婦関係資料を記憶遺産登録しようという声が上がりましたが、韓国政府が中国との共同登録を目指す決定を下さなかったこともあり、蘇さんら中国側の関係者は、韓国側との共同申請を諦め、単独で登録申請を行うことになったのです」
この中国による単独申請は認めらませんでしたが、ユネスコの国際諮問委員会は「慰安婦被害者は中国だけではない。他の被害国も申請したいと言っているので、一緒にやったらどうか」と勧告したそうです。
それを受けて、蘇さんと韓さんは、2014年に「中国が登録申請した資料とは別の物で、一緒に登録申請を行おう」と協力し合うことに合意したとのことです。
また、かつて韓国挺身隊対策協議会(挺対協)常任共同代表として国際部門で活動していた申さんは、2014年10月に韓国・女性家族省(※)から「慰安婦」関連資料の記憶遺産登録に向けた申請作業を依頼されたことを受けて、「『慰安婦』問題は日韓2カ国だけの問題ではないので、他の被害国や日本の市民団体から協力を得なければいけない」と考えた末に、市民団体主導の国際的な枠組みを作ることを決意したそうです。
(※ 韓国政府による記憶遺産登録活動への支援は、昨年12月の日韓合意を受けて終了)
こうして申さんや韓さんら韓国側が音頭を取る形で2015年5月、8ヶ国(韓国、日本、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ、東ティモール)の市民14団体で組織する「ユネスコ記憶遺産共同登録国際連帯委員会」が結成されます。
韓国、台湾、中国、日本の市民団体は、すぐに「参加する」との声を上げてくれたそうですが、関係が薄まっていたインドネシアや東ティモール、フィリピンには、申さんが直接現地に赴いて参加を呼びかけたそうです。
その後、国際連帯委員会はソウルで3回の会議を行い、結成から約1年後の2016年5月31日、国際連帯委員会と大英帝国戦争博物館が共同する形で、2700点あまりの日本軍「慰安婦」関連の記録を「日本軍『慰安婦』の声」というタイトルでユネスコ記憶遺産に登録申請するに至りました。
国際委員会は、記憶遺産に登録申請するに当たり、資料を、①歴史的なことが分かる公文書、②被害者が残した証言や写真、③被害国の運動、という3つのカテゴリーに分類したとのことです。
②や③を含めた理由について、韓さんは「韓国国内で専門家を交えて慰安婦関係資料の記憶遺産登録について話し合った際、女性の人権問題として被害の記録や被害者の証言、被害国・加害国の取組みを残した方が良いという意見が出たからです」と説明していました。
ユネスコによる審査は来年から始まる予定です。
<日本側の動き>
次に、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動共同代表の梁澄子さんが、申さんら韓国側から日本の支援団体にどのようなアプローチがあったのかについて説明しました。
梁さんは、2015年1月頃に韓さんから「『慰安婦』関係資料の記憶遺産登録に関する話をしたい」と連絡を受けたそうです。その当時、韓国国内で「慰安婦」関係資料を記憶遺産登録するための活動が始まっているという噂を耳にする程度だった梁さんは、「突然『記憶遺産』と言われても、記憶遺産に登録されることがどういう意味を持つのかよく分からなかった」と振り返っていらっしゃいました。
その後、梁さんは「日本軍『慰安婦』の声」共同登録国際委員会の会合に参加する中で、「戦時性暴力被害者本人たちが、加害国に責任追及を行い、自らに対する被害回復を求めた活動は、世界史上初めてのことで、被害者たちの証言やこれまで闘いを後世に残すべきだ」という信念を抱くようになったとのことでした。
<質疑応答>
登壇者との質疑応答では、レイさんに対して質問が多く寄せられました。
レイさんが講演の中で「摩擦を呼ぶものの登録申請が却下されることがある」と述べたことに関し、参加者から「『慰安婦』資料が事実に基づくものであっても、日本政府がそれを認めなければ摩擦を起こす可能性がある。その場合でも却下されるのか」という質問がありました。これに対し、レイさんは「私たちが見ているのは“事実かどうか”や“正確な記述であるかどうか”です。申請されている資料が事実に基づくものであれば、誰の目から見ても事実と分かるわけで、それをプロパガンダとする批判は難しいと考えています」と答えました。
また、「南京事件については研究者によって死者数に隔たりがあるが、記憶遺産における事実とはどういうことを指しているのか」という質問には、「実際に何人が虐殺されたかという数字そのものは重要視していません。重要視したのは“記録が残っているかどうか”であって、南京事件については、その記録がきちんと残っていたので登録するに至ったのです」と答えました。
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今回の集会は、日本軍「慰安婦」関連資料をユネスコ記憶遺産に登録申請した人たちが、申請した理由を日本で説明する初めての機会でした。申請した資料についての具体的な説明が無かったのは残念でしたが、どのような経緯で申請するに至ったのかは概ね理解できました。
ただ、この集会を報道した大手メディアが少なかったことは、とても残念に思っています。後日、主催団体の関係者に感想を伺いましたが、一部の右派系メディアが偏った形で報じていたことに怒りを見せていらっしゃいました。また、ユネスコ記憶遺産共同登録日本委員会として今後、レイさんの講演内容を正しく発信していきたいとも仰っていました。
日本では、「慰安婦」関係資料をユネスコ記憶遺産に登録することについて、一部の「慰安婦」支援団体による政治的な活動のように報じるメディアが見受けられますが、むしろ記憶遺産に登録されることを日本人として歓迎するくらいの器の大きさを示してもよいのではないでしょうか。
“臭い物に蓋をする”ではなく、“過ちては改むるに憚ること勿れ”という姿勢で、「二度と同じ過ちを繰り返さない」という自らの戒めにするために、記憶遺産プログラムを積極的に利用すればよいと思うのです。(高木あずさ)
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