2016年11月10日13時42分掲載
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文化
作家ジャン=フィリップ・トゥーサン氏にインタビュー 〜衝撃的デビュー作「浴室」はどのようにして生まれたのか?〜 Interview : Jean-Philippe Toussaint How the masterpiece, " La salle de bain " was created ? "
1985年、パリで1冊の風変わりな小説が出版されると大ヒットし、瞬く間に世界各地で翻訳され、その頃の文学界の話題をさらいました。「浴室」と題するその小説は主人公の若者が浴槽に閉じこもって出てこなくなる、という風変わりなシチュエーションと同時に、その文章もパスカルの箴言集のように短いパラグラフに分かれ、その1つ1つにナンバーがつけられているという珍しいものでした。
(1)午後を浴室で過ごすようになった時、そこに居を据えることになろうとは思ってもみなかった。浴槽の中で思いをめぐらせながら、快適な数時間を過ごしていたにすぎない。服は着たままの時も脱ぐ時もあった。エドモンドソンはぼくの頭の横にいるのを好み、ぼくが前より晴々とした様子に見えると言った。ぼくが何か冗談を言って、二人で笑うこともあった。浴槽はやっぱり縁が平行で、背もたれは斜め、底は平らで足置きを使う必要のないものに限る、などと身ぶりたっぷりに力説したりした。
(「浴室」 野崎歓訳から 冒頭の部分を抜粋)
青年のクールな内面の告白体で物語が続いていきますが、世界から少し距離を置いた姿勢が、当時の若者たちの心情を代弁するものでもあったのでしょう。今回、作家のジャン=フィリップ・トゥーサン氏に「浴室」がどこでどのように執筆されたのかをインタビューしました。
1) Pourriez-vous parler de votre situation quand vous avez ecrit La Salle de bain ? Vous etiez ou ?
J’ai ecrit La Salle de bain pendant l’annee scolaire 1983-1984, quand j'etais professeur de francais a Medea, en Algerie. J’avais un petit pavillon dans la Cite administrative d’Ain d’Heb, j’en garde un tres bon souvenir, meme si ce n’etait pas tres confortable. La premiere annee, je n’avais pas encore le chauffage, et il neigeait dehors ! Mais, en ete, il faisait tres chaud. Commme je le raconte dans L’Urgence et la Patience " j’ai ecrit la fin de La Salle de bain en calecon, ne le dites a personne, le front mouille de transpiration et la poitrine degouttant de sueur, les cuisses moites, dans l’ombre etouffante de ma maison de Medea, en Algerie, ou il faisait pres de quarante degres."
Q 「浴室」を書いた時、どんな状況だったのですか? その時はどこにいましたか?
A 「浴室」を書いたのは1983年秋から1984年夏までの教育年度で、当時私はアルジェリアのメデアという町でフランス語を教えていました。私はAin d’Hebの中心街に小さな一戸建て住宅を借りていました。そこでの暮らしはあまり快適とは言えなかったものの、楽しい思い出です。最初の年は外に雪が降っていても未だ暖房装置がありませんでした!また夏は夏でとても暑かったのです。そのことは私の近著である「L’Urgence et la Patience」(切迫と忍耐)の中でつづっています。
「私が「浴室」の終わりの部分を書いた時、身にまとっていたものはトランクス1丁だった。額は汗ばみ、胸からは汗が滴り落ち、尻も蒸れていたのだ。場所はアルジェリアのメデアにあった私の家の日陰なのだが、息苦しかった。温度は40℃に届こうとしていた」
2) Qu' est- ce que votre impression de l' Algerie?
Je l’ignorais sur le moment, mais c’est lors de ce premier grand voyage a l’etranger que j’ai vraiment commence a ecrire. Je n’ai pas evoque l’Algerie dans mes livres, ni dans aucun de mes textes par la suite, mais c’est lors de ce sejour en Algerie entre 1983 et 1984 que j’ai enfin trouve le recul necessaire, la bonne distance - plusieurs milliers de kilometres me separaient de la France - pour evoquer Paris dans un livre.
Q アルジェリアについてどんな印象をお持ちですか?
A 当初、アルジェリアについて私は無知でした。しかし、私が本当に小説を書き始めたのは外国に初めて大きな旅をした時だったということは言えるでしょう。私がこれまでに書いてきた本の中にもまた様々な文章の中にもアルジェリアのことはまったく出てきません。
逆に、1983年から1984年にかけてのアルジェリアでの滞在期間こそ、私にとって必要だった距離をついに得ることができたのです。その距離とは何千キロに及ぶフランスとの隔たりのことですが、この適度な距離があって初めて私は本の中でパリのことを書くことができたのだと思います。
3) Comment avez-vous ecrit La Salle de bain ? Comment avez -vous trouve le style unique?
Comme j’etais professeur de francais, je ne pouvais travailler que le week-end (le jeudi et le vendredi dans les pays arabes). L’ecriture de La Salle de bain etait tres irreguliere, j’etais tout le temps interrompu. Quant au style, dans La Salle de bain, les phrases sont encore courtes, " betonnees " pourrait-on dire. Avec L’Appareil-photo, j’ai commence a me permettre d’ecrire des phrases plus longues, ce qui est beaucoup plus difficile techniquement. L’Appareil-photo est a la fois l’aboutissement de La Salle de bain, mais c’est aussi un roman qui annonce des livres a venir, des livres que je n’ecrirai que quinze ans plus tard, de nombreux elements se mettent en place des La Salle de bain ou L’Appareil-photo qui ne trouveront leur aboutissement que dans Faire l’amour ou Fuir.
Q 小説「浴室」をどのように書いたのですか?あの個性的な文体はどのようにして生まれたんでしょうか?
A 私は当時、フランス語の教師をしていたので、小説の執筆に充てられるのは週末に限られていました。(アラブ諸国で週末というのは木曜と金曜に該当します)。「浴室」の執筆は変則的で、しばしば執筆の中断を余儀なくされていたのです。文体について言えば、「浴室」では1つ1つの段落が短いだけでなく、その中の1つ1つのセンテンス自体もまた短いのです。これは着実に隙間なく均質に建物を作ることができる「コンクリ―ト製」と言えるかもしれません。
その後、私は「カメラ」という小説の中でもっと長い文章に取り組み始めました。しかし、それは技術的に言えば難しいものでした。「カメラ」は「浴室」が発展した小説ですが、同時にその後に私が書くことになる小説群の前触れとなる小説でもあったのです。とはいえ、それらの小説が書かれたのは15年後のことでした。「浴室」と「カメラ」に現れていた様々な文学上のつぼみが開花したのが後の小説「愛しあう」と「逃げる」だったわけです。
N.B. Je n’ai pas de photo de Medea, mais un dessin de ma table de travail a l’epoque
メデアに滞在していた時の写真はないのですが、当時の私の仕事机の絵がありますよ。
インタビュー
村上良太
Ryota MURAKAMI
■ジャン=フィリップ・トゥーサン著 「衝動と我慢」(L' URGENCE ET LA PATIENCE)
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■ジャン=フィリップ・トゥーサン著 「衝動と我慢」 (L' URGENCE ET LA PATIENCE) その2
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■テロと報復戦争の時代に ベルギー出身の作家ジャン=フィリップ・トゥーサン氏は・・・
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■作家のジャン=フィリップ・トゥーサン氏が生まれ故郷ブリュッセルの美術館で初個展 写真シリーズ「読書を愛する」と新作小説「風景の消失」
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■作家キャロル・ザルバーグと猫 猫は不眠の長い夜の優しい仲間 Carole Zalberg et un chat
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■政治闘争の勝敗を最初に決めるのは言語をめぐる闘い ガエル・ノアン (Gaelle Nohant 作家)
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■コンゴ出身の作家アラン・マバンクウ(Aain Mabanckou)氏がコレージュ・ド・フランス教授に 3つの大陸で黒人の生と文学を見つめる 3月17日に就任記念講義
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■アラン・マバンクゥ著 「黒人のすすり泣き」('Le sanglot de l'homme noir' par Aain Mabanckou )
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■パリの散歩道 逸話満載 パスカル・バレジカ著 「エッフェル塔の奇想天外な物語」Pascal Varejka
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■パスカル・バレジカ著「フランスからの手紙」(No1〜No28) 〜仏語の原文をつけ日仏対訳にしました〜村上良太 Pascal Varejka
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■パスカル・バレジカ著「パリの歴史的通り (Rue Historique de Paris)〜パリはシュールレアリストの町〜」Pascal Varejka
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■フランスからの手紙27 〜ポルトガル人がアンゴラに移民〜L’emigration portugaise en Angola パスカル・バレジカ Pascal Varejka
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■サルトルの葬儀 ノーベル賞を拒否した男 Funeral of Jean-Paul Sartre
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■「レ・タン・モデルヌ誌」(Les Temps Modernes) サルトル、ボ―ヴォワール、メルロー・ポンティらが創刊 今も時代のテーマを取り上げる パトリス・マニグリエ(Patrice Maniglier パリ大学准教授・哲学者)
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■「筋骨たくましい女性の体について」 ナタリー・ガッセル(ベルギーの女性の作家) 'Sur le corps feminin athletique' Nathalie Gassel
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