2016年11月23日13時09分掲載
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文化
「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
群馬、長野は海が無く、我が家では魚介類は日常的に食べることが少ない食材の一つです。そんなところも内陸部分が多いフランスと似ているところかもしれません。社内の友人を招いて楽しむ会食を我が家は日常的に行なっていますが、時に遠方から妻や私の友人や家族が訪ねて来てくれるときがあります。そんなとき、気合の入った魚料理を作る時間は、僕にとっては格別の楽しみの時間です。今回はそんなときのお話を。
材料の買出しから仕込み、切り出しや火入れ、仕上げまでを一切の中断なく行い、ゲストと食材のみに意識を集中しながら料理を作るのは、料理人にとって最高に理想とする時間です。仕事の、こと職業での料理の作成は、計算や人材の手配、段取りや担当の振分けなど、いろいろな要素があって集中力の中断を余儀なくされます。僕もオーナーシェフの時代は料理だけでなく銀行との資金調達や、業者との交渉、その過程にある移動の繰り返しなど、振り返ってみれば集中を妨げる要因はたくさんありました。メンタルの弱い時、買い物帰りの渋滞など、ちょっとしたことが料理の仕上げに影響を与えたりしたものです。ひとつの要因が重くのしかかって発生するのではなく、悪く小さいことの積み重ねがストレスというものを発生させていたような気がします。(もちろん若さゆえの処理能力の低さ、と言った部分も大いにあるとは思いますが)といったわけで、中断の無い料理の作成は料理人にとっては夢の時間で、だれもがそこを見て努力するのですが、そうは言ってもなかなか作れない時間です。
「遠方から訪ねてくるゲストのために料理を作る」というのはそんな夢の時間を実現できる数少ない機会です。そんなときに選ぶのが魚料理。友人や家族を車で30分ほどかかる駅まで迎えに行った帰りなどに、買出しも兼ねて魚を買っていきます。我が家の買出しはだいたい10日に一回ほど街に下りて行なう習慣になっているので、魚介類のような鮮度が要求され、かつ保存期限も短い食材は当日使いきれる程度しか買えないのです。
フランス料理店において魚介料理といえば、真鯛やスズキ、平目などの白身魚やオマール海老や帆立貝などがよくお目にかかる料理です。青魚や珍しい魚、蛸や烏賊などもお店で提供することは多いですが、出筋の料理と言えば白身や海老などがやはり多いような気がします。一般に店舗などで提供される魚料理は切り身を調理することが前提です。コースの途中の魚料理に一尾丸ごとの魚料理はなかなか提供しにくいものです。もちろん、切り身の魚はその良さがあり、焼いたり、蒸したりしてソースに凝ると、とても美味しい料理になります。スズキや平目などを、バターや酒類、ハーブなどの香りのするしっかりしたソースと共に味わう喜びはレストランならではの一品と言えると思います。
ところ変わって我が家で魚料理を作るときは丸ごと調理が基本です。丸ごとを皆で分ける、サーブするといった料理は記憶に長く残りますし、食卓に載せた時のインパクトも大きいです。
ハレの日の料理はゲストの記憶に長く残ってもらわなければなりません。「あそこであれを食べた、美味しかった、旨かった」はよき思い出として、たびたび脳裏によみがえるものだと思います。その美味しい食事を引き受けることに対する責任と言うか、ある種の心地よいプレッシャーは、料理を作るうえで楽しみとして最初にやってくるのです。
買出しの際の魚の選択はその次の楽しい時間で、魚を選びながらメニュの内容を決め、それに合わせるための食材を探す。取れるものは手に取ったり、香りを感じることの出来るものは香りをかいだりして選んでいく作業のひとつひとつが仕込みの前の段階の「調理」です。良い食材を選ぶことは何より料理人にとって最高に大事なことで、高い価格だからあたりまえに高い品質だとは必ずしも言えないとの事実を踏まえたうえで、自分が持っているスキルと、許される調理時間に合わせて魚を選びます。もちろん、このときに食事にあわせた飲料を選ぶことも忘れてはいけません。ゲストはアルコールを嗜むのか、ワインは平気なのか、今日の魚に合わせたワインはどれか、なども仕込みの前に気持ちを高まらせてくれる要素です。
大事に氷付けされた魚や材料を自宅に運び、一度冷蔵庫内の整理や収納をしてからいよいよ料理に取り掛かりますが、その間ゲストにじっと座って待ってもらうわけにはいきません。最初の一杯を飲んでからおいおいと始めていきます。これが2番目にやってくる楽しい時間でしょうか。レストランで言う食前酒の時間に当たるともいえます。それから魚の鱗を取ったり、ワタを出したりして最初の処理をしていきます。同時に付け合せの野菜を刻んだり、ソースの準備をしたり、楽しい作業のピークの時間になっていきます。会話もだんだんとはずんでいき、杯も進みます。
我が家で頻繁に登場する魚といえば、べたですが先述の真鯛などの白身魚が多いです。ホウボウなどの岩礁魚も滋味豊かで良いですね。家で作る場合はレストランとは逆、あまり凝らずにその身の味わいがストレートに出るような調理法を選びます。たとえば、真鯛の塩釜焼きなど。内臓を取り除いた鯛の腹にたっぷりのハーブを詰め、あら塩と小麦粉などで作った生地で包んでオーブンで焼きます。焼きあがりはパイのようですが、叩き割ると中からハーブの香りをまとった鯛が出てくるという趣向です。こういった料理は仕上がりの段階ではフライパンや鍋に一尾どっかりと載せることが多いので、加熱方法もオーブンを使用することが多く、ひととおり準備を行なってオーブンに放り込んだら、テーブルのセッティングをして、前もって用意していた冷たい料理やハム類、サラダなどを小奇麗に盛り、皆で席について食べ始めます。コースで言う前菜にあたるでしょうか。
ゲストの小腹も落ち着き、一段落したあたりでいよいよメインの魚料理の登場です。テーブルに載せ、切り分けて皆で食べる楽しみは何度経験しても楽しいもので、フランス人が家族や友人と週末に集まり、皆で食事をする喜びはこんな感じなのかと実感する時間です。
フライパンに丸ごと載せる料理と言えば真鯛のポルチュゲーズなどもよく作ります。下処理した丸ごとの鯛をフライパンで焼き、アサリやじゃが芋、トマト、にんにくなどの野菜と共にソースを作り、煮込むのですが、テーブルの上のフライパンに堂々と横たわる魚にはご馳走としての迫力があります。鯛ばかりの話になってしまいましたが、軽井沢のある佐久郡は鯉料理が有名で、いつか生きている鯉を飼ってきて、丸ごとの鯉料理をフランス料理で作ってみたいというささやかな計画が次の目標です。
丸ごとの魚は決して安くありませんが、ちょっとした手間で意外と新しい楽しみが味わえる料理です。これから寒くなる夜に家族や仲間で一尾丸ごとの魚料理を食べれば、体だけでなく心までぽかぽかと温かくなるのではないかと冬を迎える嬬恋村で思うのです。
原田理(おさむ) フランス料理シェフ
( ホテル軽井沢1130 )
■「嬬恋村のフランス料理」1 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」2 思い出のキャベツ料理 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」3 ぼくが嬬恋に来た理由 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」4 ほのぼのローストチキン 原田理(フランス料理シェフ)
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■嬬恋村のフランス料理7 無限の可能性をもつパスタ 原田理(フランス料理シェフ)
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■嬬恋村のフランス料理8 深まる秋と美味しいナス 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」9 煮込み料理で乗り越える嬬恋の長い冬 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」10 冬のおもいで 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」11 我らのサンドイッチ 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」12 〜真冬のスープ〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」13 〜高級レストランへの夢〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」14 〜高級レストランへの夢 その2〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」15 〜わが愛しのピエドポール〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」16 〜我ら兄弟、フランス料理人〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」17 〜会食の楽しみ〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」18 〜 魚料理のもてなし 〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」20 〜五十嵐総料理長のフランス料理、そして帆船 〜 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」21 コックコートへの思い 原田理(フランス料理シェフ)
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■「嬬恋村のフランス料理」22 原木ハモンセラーノで生ハム生活 原田理(フランス料理シェフ)
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