2017年01月26日17時36分掲載
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ノーラ・エフロン著 「首のたるみが気になるの」 (阿川佐和子訳) Nora Ephron's " I feel bad about my neck and other thoughts about being a woman " (2006)
アメリカの人気映画監督だったノーラ・エフロン(1941-2012)が晩年に書いた「首のたるみが気になるの」が日本で翻訳されて世に出たのは2013年のことだった。エフロン氏は脚本家として「恋人たちの予感」、映画監督として「ユーガット・メール」などのラブコメと呼ばれる一連のヒット作を世に出し、アメリカの女性の映画監督の先駆けの一人となった。
本書「首のたるみが気になるの」(2006)は老いについて、女性が自分の身辺のリアルな実情をため息まじりに書き綴ったもので、そこには彼女の回想もまじっている。基本姿勢としては諦観であり、老いに対して逆らうことができない、ということを認め、そうした自分をあえて隠さず書いている。エフロン氏は1941年生まれなので本書がアメリカで最初に出版されたのが2006年のことだから、エフロン氏が60代の前半の頃に書かれたものだろう。本のタイトルにあるように、鏡を見た時に首のしわにため息が出ることをつづっている。
「歳を取った女性のためのさまざまな本が出ている。私の知るかぎり、その手の本は例外なく明るくて、子どもや月経、場合によっては仕事・・・などの重荷を下ろしたら、どれほど人生が楽しくなるかといった、陳腐な話やお説教が満載だ。でもそういう本は1つも役に立たないと私は思っている(かつて更年期についての本を読んだときもそう思った)。どうして若い時代より年寄りのほうがいいなんて本を出せるのだろう。いいわけがないじゃないか。」
こういう考えのエフロン氏は美容だけでなく、老眼で地図や辞書の字が読めなくなったことや、運動したら故障続きであることなど様々な老いの現実やこれまで生きてきた人生の中の失敗をユーモアや自虐をこめてぼやいている。しかし、これを読むと、こういうことを書ける彼女の心の余裕を読者は感じるのではないか、と思う。それは映画人としてのキャリアの成功も関係していると思うけれども、同時に、アメリカの女性が昔に比べて仕事でも教育でもはるかに進歩したということが背景にあるのかな、と思った。
30年数前の日本では〜私は学生だったが〜その頃、日本では女性は25歳を過ぎたら婚期を逃して一生、「オールドミス」という存在で生きなくてはならない、と言われていた。昨今「オールドミス」という言葉はまったく耳にしないから、今日の20代以下の人たちは聞いたこともないかもしれない。「オールドミス」という言葉で、当時の私たちが心に思い浮かべたものは、嫁に行き遅れた、あるいは売れ残ってしまった女性が家庭教師をして英語などを教えながら一人で生きている・・・そんな姿だった。彼女たちは教養豊かなのだが、実社会の中に居場所がほとんどないのである。たぶん、英文学やロシア文学などにこうした女性がたくさん出てきたのだろう。こういう映像が30年前の日本で頭に浮かんだ背景には女性の職場でのプロとしての人生というものもまだまだ手つかずに近い状態だったからだと思う。何しろ戦前は女性に選挙権もなかったのである。女性の生き方は〜男性よりはるかに〜その時々の時代によって大きく左右される、ということなのだ。
あの頃から比べたら、日本の女性はまったく同じ人種とは思えないくらいだ。そして、アメリカでは日本より一足先に、女性の社会進出へのチャレンジが行われていた。そういう意味では、昔より格段に女性の生き方や考え方に自由やゆとりができたことが、こうした本が世に出る下地になったのではないかと思うのだ。だが、それとは別に、エフロン監督は映画人の一族に育ったと言っており、こうした自分の生活上の悩みや苦労、失敗の類はすべて「ネタ」にできると若い頃から思っていたようだ。だから、というべきだろうが、老いること=ハッピーだったら、全然ネタにならないし、面白くないことをプロとして理解していたということでもあるのではなかろうか。
村上良太
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