2017年02月02日15時30分掲載
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文化
【核を詠う】(222)『平和万葉集 巻四』から原子力詠を読む(3)「たとうれば冷えたグラスに熱湯注ぐ 老朽原発の危うさのこと」 山崎芳彦
岩波書店の月刊誌「世界」の1952年5月号に、当時の編集長だった吉野源三郎が特集「平和憲法と再武装問題」の巻頭言として「読者に訴う」を書いた。その中で、当時の吉田茂内閣が「防衛力」漸増計画による警察予備隊の増強など、日本の再軍備を進めるとともに、アメリカの駐留軍に多大な権益を譲渡するなどの政策をあからさまにしたこと、また国内に防衛力増強は憲法違反ではない、さらには憲法を改定して公然と再軍備すべしなどの主張が台頭していることを踏まえて、「全国民のこの上なく重要な利害に関係し、次第によっては国家の死活にかかわる、かかる重大な問題に決定を与えるべきものは、言うまでもなく、主権の存する国民以外にはない。そして国民とは、私たち一人一人を措いて他にあるのではない。かくて私たち一人一人の前には、自己と全同胞に対する責任を自覚しつつ、深慮と勇気とを以て決断せねばならぬ深刻な問題がすでに迫って来ているのである。」と強い筆勢で訴えている。(吉野源三郎『平和への意志 『世界』編集後記一九四六――五五年』、1995年2月、岩波書店刊より引用)
続けて、「憲法を改変して既成の事実に――然り、国民の与り知らぬうちに着々と築かれていった既成事実に――これを適合させるか、それとも、憲法を守って現実の方をこれに適合させようとするのか。そのいずれを採るべきか。そのいずれが正しいか。――この問題は、政府の政策が違憲であるか否かの判定と関聯をもつとはいえ、それを超えて、より一層根本的な問題として私たちの答えを求めているのである。(略)恐らく、総選挙や国民投票の形でこの返答を求められる日も、事情によっては急速に近づくかもしれないのである。私たち国民は、そのとき悔なき決断を下し得るために、必要な用意を今日至急に整えねばならない。」とも書いている。
この年、1952年には講和条約が発効したが、前年の日米安全保障条約に基づく日米行政協定が結ばれ、また1950年の朝鮮戦争を機にGHQ司令部のポツダム政令により創設された警察予備隊を継いで保安隊が発足し、先立って破防法(破壊活動防止法)が施行されていた。いわゆる「血のメーデー事件」があった年でもある。反基地運動も高まっていった。
いま読んでいる『平和万葉集巻四』は、「日本の平和と戦争の岐路をめぐるたたかいがさし迫ったものとなっています。」としているが、前記の、吉野源三郎が月刊誌『世界』の巻頭言「読者に訴う」を書いた1952年も憲法・再軍備・日米関係の軍事同盟…などをめぐって重大な時期であったといえる。『昭和萬葉集巻十』(昭和27年〜29年)に所載の短歌作品を少し記してみたい。
○戦はじ戦はざらむかく誓ひ言挙げしつるその日に還るべし
(土岐善麿)
○ビラ貼りに出でて街上に射たれたる学生ひとり其のあくる日に
(近藤芳美)
○脆(もろ)き脆き平和をたもつ国にして今朝かなしみの日の丸を揚げぬ
(竹内栄作)
○プラカード激しく学生隊は出でゆきぬ嘗てなきメーデーとなりゆかむ
(吉田 漱)
○容赦なき検挙のニュース伝はりてメーデーの夜を沈痛に居り
(橋本喜典)
○厚き壁に日々閉ざされてゆく心地破防法案つひに国会通る
(阿井芳子)
○無力なる者のかなしみ七夕の色紙にざれ書く破防法反対
(郡司 厚)
○大砲かバターかと云ふ論争のはてしなき国に貧しく病みぬ
(浜田卯一郎)
○柔和なる語にてつづられし彼らのこえ戦略地点日本と呼びてはばからず
(深川宗俊)
○在郷軍人会もすでにつくられ我が町に再軍備の声ひろまりてゆく
(立村一見)
○いささかの軍需株もつ老父(おいちち)は再軍備を密かに恃みゐるらし
(相川公美)
○武器なき平和の民といひし過去くづれゆく日々のわが不安
(岡本利男)
○国民へのめかくしをそれとなく用意して近づくものに火薬のにほひ
(館山一子)
○予備隊に志願するとふ弟をなだむる父も吾も兵なりし
(橋川孝雄)
○くるしみて夜学おわれど職なくて予備隊にゆきし大熊弘
(箕輪喜作)
○保安隊を志願するといふ弟反対する兄おもひおもひの姿勢で飯を食ふ
(大広行雄)
○帰営する保安隊員を待ちふせて反戦ビラをくばる少年
(賀川 宏)
○転進といふ便利な言葉がありました今度は戦車を特車と呼びまする
(横山敏臣)
○軍艦大砲戦車もあります今に戦争反対などと言へなくなりますよ
(佐野年貞)
○保安隊が自衛隊となりし日の新聞は詳しく読みぬ憎しみもちて
(大川十重)
『昭和萬葉集巻十』の中に多く残されている歌の中から、ごく一部を記録した。読みながら、憲法が時の権力・政権にいかに傷つけられ、そしていまも様々な策謀によって危うい状況かを思い、冒頭に記した吉野源三郎の訴えに、時を越えて共感した。
『平和万葉集巻四』の作品を、原子力詠に限ってだが記録していく。
▼「エノラゲイ」母の名と聞くその母が町に落としし原子爆弾
(大牟田市・西山博幸)
▼ピカドンの落ちた場所より父帰り終生語らず黙して逝けり
(各務原市・丹羽ミチ)
▼ぬばたまの闇に溶け墜つ核の澱へ行方も知らぬ滝桜舞ふ
(昭島市・橋本左門)
▼福島の教訓いきず今まさに原発稼働 狂気の沙汰よ
(小平市・蓮田恭子)
▼原爆を受けた広島長崎の苦しみ今も癒えることなき
(廿日市市・林カズミ)
▼「原発ゼロ」の看板を木枯しがバタバタと揺らし続けるふる里の道
(市原市・林 博子)
▼若鮎のごとき少年五、六人「原発いらぬ!」の列に入り来
フクシマの子らは土もて遊べずと若き母親立ちて訴ふ
(藤枝市・春木イツ子)
▼福島の空は安全かと問う子らの瞳厳しく心につきさす
米づくり今年も駄目かと肩落とす原発事故後の暗いトンネル
(福島市・引地和子)
▼地震図にあってはならぬ原発を人命思わぬ総理は今も
かげろうの燃える広島原爆の忘れぬ式典永久の平和を
(藤沢市・平野博子)
▼「安全」と避難解除の楢葉町 官邸前に除染土起きたし
(東大和市・藤井富貴子)
▼「望郷のバラード」聴くたびに迫りくる汚染の坊帰れぬ人よ
大量の牛馬斃死せるフクシマにどくだみは十字に群れて咲きしか
(東久留米市・藤田喜代子)
▼被爆音の「赤い背中の少年」は七十年後の今も痛むと (谷口稜曄氏)
核兵器廃絶のため生きるという被爆者たちは歴史の証人
(川越市・古畑幸子)
▼原発の聳(そび)ゆる丘を揺らぎ見て人恋しさに海風泣いて
(高知市・細木 良)
▼底知れぬ原発汚染迫りくる給水車待つ行列の人
(さいたま市・堀江一子)
▼夏の日に赤きどくだみ干し上げぬ福島支援のバザーにとどけん
(静岡市・松浦美智世)
▼ピースボートに戦後七十年目生生し広島長崎福島も聞く
(尼崎市・松尾禮子)
▼原発の事故から四年子どもらの甲状腺が気にかかりをり
(日野市・松澤ひろみ)
▼征く兵に湯茶振る舞いし婦人たち今も目にあり広島の駅
(高崎市・松原 勝)
▼浪江町のツナミ襲ひし壁なき家手つかずのまま四年半過ぐ
南相馬よ「原発ゼロへ」と発信す大貫昭子われらをガイド
(東京都・南川よし子)
▼わが町は原発からは三十キロ死への恐怖は日常にあり
線量計の数値上がれば子どもらの歓声消える児童公園
(武雄市・宮崎博子)
▼原爆の非人道を怒りしも加害の歴史しかと見詰めむ
正当なる言い分なぞ無い戦いを捨つる勇気と核の廃絶
(東京都・村山季美枝)
▼一掬(いっきく)の水のまぼろし八月の六日の庭に夏草しげる
(東京都・茂木妙子)
▼とこしへの平和を誓ふ千羽鶴爆心地に捧ぐあまた並(な)ぶ中
心あつく世界の女性の核兵器なくせの声を広島に聴く
(小平市・八重樫照代)
▼陽のそそぐ夾竹桃にかこまれて平和の像建つ駅前広場
原爆の死者なぐさむる長崎に追悼の水しずかに満たす
(豊中市・山口キヨ)
▼集会のコールはどんな言葉でも二拍子に揃う「サイカドウハンタイ」
(東京都・山口信子)
▼夕映えに海原しばし耀けよやがては滅ぶ核持つ惑星
(札幌市・山名康郎 故人)
▼老いたちの一切合切攫われて避難所暮らしが終の住処か
被曝した牛の白骨累々と野犬の漁るは正に地獄図
(高槻市・山本 栄)
▼たとうれば冷えたグラスに熱湯注ぐ 老朽原発の危うさのこと
(東京都・横井妙子)
▼原爆忌世界に語る「宣言」を包んで強く蝉しぐれやまず
(東村山市・余田たけ子)
▼この地球(ほし)で五大国(ビッグファイブ)は正義説くちゃんちゃらおかしい核も棄てずに
(奈良市・和田 康)
▼二年ぶり福島の米食すれば原発廃炉の思い強まる
(東京都・渡辺久子)
(以上 第3章「いのち脅かすもの」より)
次回も『平和万葉集巻四』の原子力詠を読む。 (つづく)
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