2017年03月03日21時44分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=201703032144005

文化

【核を詠う】(225)福島の歌人・波汐國芳歌集『警鐘』を読む(2)「反原発ひたすらにして草紅葉(くさもみじ)炎立てるはわれへみちびく」  山崎芳彦

 いま読んでいる歌集『警鐘』の冒頭の一首、「ああ我ら何にも悪きことせぬを『原発石棺』終身刑とぞ」について、作者の波汐さんは「現在の私の正直な気持ちである。それは被曝地福島県に住む者の共通の思いであるに違いない。」として、次のように述べている。「多くの人が自ら誘致した原発ではないのに、大震災が原因であるとはいえ、当局側が事前の対策を怠ったがために大事故を招き、言ってみれば人災によって多くの人に被害を及ぼしたのである。そして、事故の収束までには三十年〜四十年もかかるといわれる。この地で生活する限り一生付き合わなければならない過酷な情況といわねばならず、まさに終身刑を科せられたようなものだと言ってはばからないからである。」(波汐さんが編集発行人である歌誌『翔』第52号の巻頭言)という。この「原発石棺」とは、破滅原発に覆い被せる構築物の意ではなく人々の生きる現在と将来を暗く閉じ込めるものの象徴だろう。 
 
 波汐さんは続けて、「ちなみに、強制的に避難させられて、故郷を離れ、狭い仮設住宅での生活を余儀なくされている地域の多くの人達、それ以外の地域でも、放射線におびえながら暮らしているのが実態で、果て知れぬ闇の中での日常と言っていいのである。」とも記している。筆者は、この波汐さんの言葉を読みながら、この国の人々の現在だけでなく先の見えない未来にわたって「石棺」の闇に閉じ込めることになるであろう原発列島への急速な、おそらくはより深刻な核の危険をもたらす道を進めている安倍政権とその共同勢力の非道、非条理に対する「警鐘」を聴く思いである。 
 
 政府は、福島第一原発の事故による自主避難者に対する支援策を打ち切ったり縮小するとともに、「避難指示地域」の「解除」をこれまでも進めてきたが、この3月31日、4月1日には「帰還困難区域」を除く避難指示区域の解除を行なう。これは、「復興加速化」、被害者の「自立」を名目に謳いながら、避難指示の解除―原発避難の終了、避難者に対する損害賠償の打ち切りをはじめ住宅支援策の打ち切りをふくむ縮小などを進めることと一体になっている。原発被害の矮小化を新しい段階に進める政策は、原発事故被害者の、まさに一様ではない、数字や既定用語などではとらえきれない被害の実態を原発推進陣営の用いる定規で裁断する暴挙であろう。これは、避難者だけのことではなく、事故後も様々に苦悩し、耐えながら避難指示地域以外の居住地で暮らして生きてきている人びとにも関わって思わなければならない。事故前の被ばく限度・年間1ミリシーベルトの基準が、一方的に緊急時の避難指示20ミリシーベルトのまま、避難指示解除の基準に適用されているが、これは、、避難指示地域だけの問題ではなくなる。年間20ミリシーベルトの被ばく基準の公認を全国化することにもつながる。許しがたい暴挙だ。 
 
 考えてもみよう。福島原発事故は収束どころか今も続いているのだ。廃炉作業とはいうが、炉心溶融、メルトダウンした福島原発の融け落ちた核燃料(デブリ)の現状は容易に把握できないままであり、その取り出しの方法も、さらにその処理についても、何も確定していない。絶対に起こって欲しくないことではあるが、もし万が一にもこのデブリの再臨界の危険を引き起こすような事態があったらと恐れることは、本当に杞憂なのだろうか。廃炉作業中の原発も、危険な状態になる可能性が絶無だとは言えないだろう。そして汚染核廃棄物の行き場所はないままである。 
 それでも、政府は核発電体制を推進し、原発輸出を進めている。福島原発事故は無かったことなのか、あの恐怖と、人びとの苦しみは、なかったこと、あるいは過剰にすぎたとでもいうのだろうか。核にかかわる嘘は許されない。 
 
 『現代短歌新聞』の3月5日号では「今、福島では」と題する作品特集に、福島県在住・出身の歌人28氏の一人5首、計140首を掲載している。大切な作品群であるが、一部を紹介させていただく。 
 
 
◇放射能一日も休まず我町を音なく通る風と流れて 
                         (会田ハツ子) 
◇原発の事故後避難をせしままに戻り来らず隣の家族 
                          (青木新一) 
◇放射能汚染を詠めばなにすれぞ余所者(よそもの)の目と言われるは必ず 
                           (石川良一) 
◇ふくしまの惨知らぬまま白鳥は飛来し続くる五度目の冬も 
                           (伊藤早苗) 
◇ふくしまに廃炉作業のつづく日を咲くはな辛夷 顔上げ行かむ 
                          (遠藤たか子) 
◇甲状腺がんの本など震災のまえは確かに売れなかったが 
                           (小川静弥) 
◇避難区解除の小高駅より折り返し運転の電車に乗客のなし 
                           (奥山 隆) 
◇震災と原発事故ののちに知るうそかえ祭へ今年も行こう 
                           (金澤憲仁) 
◇フレコンバッグ黒く積まるる田のめぐり曼珠沙華赤く連なりて燃ゆ 
                           (菅野福江) 
◇セシウムの汚染に休漁続きいる早春の浦に海苔の期巡る 
                          (菊地ヤス子) 
◇わが首長らは避難者側と対座せり国の職員の横に並びて 
                           (久住秀司) 
◇山あをいか水きよいかとふるさとを疑ふこころなほ春を待つ 
                           (小林真代) 
◇新聞のトップに載れる写真あり致死線量の燃料デブリ 
                           (今野金哉) 
◇竹を伐り山肌そぎていかほどの効果のありや除染見つむる 
                           (紺野 節) 
◇「核の傘」といふにはあらず原発の核に塗れて生きし六年 
                          (紺野乃布子) 
◇除染とふことば呪文の如くにてふかふかの表土削られてゆく 
                           (佐藤輝子) 
◇ひもすがら雪は降りふる汚染土も埋みてこの町白きひといろ 
                         (鈴木こなみ) 
◇波はもうとおく吸われてらじおから月命日のさらさらのこえ 
                          (鈴木博太) 
◇避難者の仮設の壁に描かれし少女の仰ぐ空晴れ渡れ 
                          (田中寿子) 
◇福島よ頑張れ頑張れ振る旗の波にし乗りて「いつか来た道」 
                          (波汐國芳) 
◇幾百のツツジの花咲く夜の森駅の復興進まず原発憎む 
                          (福島民枝) 
◇ふるさとへ帰れぬ人らを忘れをり震災直後の優しさを恥づ 
                         (藤田美智子) 
◇一時避難の宿にをののき見つめたりき原子炉に海水注入のさまを 
                          (水口美希) 
◇サブドレン汲めども尽きずシシュフォスの科のごとくに今も水汲む 
                          (山田純華) 
◇原発禍に崩(く)えたる町をおほかたの人ら忘れむ時のまにまに 
                          (吉田信雄) 
◇てのひらに受ければ純のまま消ゆる恋にも似たり三月の雪 
                          (吉田高明) 
◇ころころと小石は転げさら地跡小さきながらに歴史の光る 
                          (吉田美代) 
◇原発を危惧する歌集『青白き光』のこして君は逝きたり 
                          (渡部軍治) 
 
 『現代短歌新聞』の編集室欄では「『放射能』『セシウム』『除染』『フレコンバッグ』など六年前にはなかった語彙が紙面にあふれている痛ましさを改めて思う百四十首でした。当初は四ページの予定でしたが、長引く避難生活で体調を崩されている方、日々に困憊して今は歌をやめているという方も多く、出詠を辞退される方が相次いだ」ことを記している。 
 
 波汐さんの歌集『警鐘』の作品を、前回に続いて読み継ぐ。 
 
 ▼四季の譜(その一)(抄) 
福島の汚染土よりぞ上ぐる芽の紫蘭の小さき希望愛しむ 
 
福島に垂れ込むる雲もたげむか紫蘭ほつほつ芽を上ぐるなり 
 
除染後の庭なか占むる芍薬の咲き極まりて起ち上がるべし 
 
さるすべり季(とき)違えてや狂い咲き狂いすべりの危うきものを 
 
高く咲け負けず咲けよと汚染土の庭に夕顔の蔓を立ちあぐ 
 
汚染土に咲きし夕顔 風のなか耳にし似れば何聴くらむか 
 
セシウムら居らぬ夜が欲し合歓花の睫毛さやさや睡(ねむ)りの間こそ 
 
セシウム禍 夢の間ですか合歓ばなの睫毛を伏せて森の眠れば 
 
福島に今起つこころ一本の橅(ぶな)となりつつ確かむるかな 
 
原発が爆ぜ残ししを瓦礫より浜昼顔の起つ心なり 
 
セシウムを夷狄(いてき)に見立て夏深野 安達太良マグマ率(い)て討たんかも 
 
高山(たかやま)を下りてセシウム降る道を来しかと蕗のその脛に問う 
 
峠路に稲妻がふと閃(ひらめ)くをセシウムがまだ追ってくるらし 
 
福島の日々を生きいる証(あかし)とや震うあけびの透き通る藍 
 
反原発ひたすらにして草紅葉(くさもみじ)炎立てるはわれへみちびく 
 
セシウムは其処にし佇(た)つをたった今紅葉明りに見ていたるかな 
 
紅葉過ぎ人の訪わざる霊山(りょうぜん)の疎林に透くや今起つ心 
 
 ▼啄木鳥(抄) 
人おらぬ飯舘村にかくれんぼ「もう」と啼くべき牛らも居らず 
 
核寿命十万年とう 十万年睡(ねむ)りて覚めて居らぬ人はや 
 
明日の又明日などありや福島のセシウム深き扉(ドア)に物問う 
 
福島に未来はありやフクシマの奥処ひらかん我がノックぞや 
 
貧しきが招き入れしを原発の爆ぜて除染除染の苦役(くえき) 
 
 ▼裂く(抄) 
原発の事故が招きしこの荒野 泡立草の群るる軍兵 
 
原発の恥部(ちぶ)暴きてや 鋭き眼明けの海より立ち上がりたり 
 
福島に潮吐く貝の戻らぬを言いつつ火を吐く夕べの嫗(おうな) 
 
被曝せし魚(うお)につらねてフクシマの人も喰えぬと言いし人はや 
 
セシウムの故に今年も向日葵が良き花つけしと言う人のあり 
 
東京にわが子ら住めば原発の重きを負いて口つぐみたり 
 
再開発事業と言いて我がめぐり地価の嵩上(かさあ)げ 税の嵩上げ 
 
 ▼祭り(抄) 
福島に明日が見えぬを扉(と)びらきの命(みこと)招くか献納草鞋(わらじ) 
 (―毎年二月十日の羽黒大権現暁参りに若者達が藁匂う巨大な草鞋をかついで急坂を駆け登り、献納する習わしがある。そして今、被曝福島に住む我等は、その大草鞋で大権現のお出ましを願うという発想で受け止めるのである) 
 
セシウムの大蛇(おろち)討つ神招かんか御山祭りのこの大草鞋 
 
セシウムら未だ退(の)かぬを羽黒権現この大草鞋履きて出でませ 
 
火祭りの松明(たいまつ)あかしに連なりてのっぺらぼうの被曝の死者ら 
 
祭り日の花火爆ずるに闇深処溜息をつく福島が見ゆ 
 
 ▼弓(抄) 
ふくしまの桃にセシウム有り無しを問えば傍(かた)えの妻に叱らる 
 
木下闇(こしたやみ)映せる池ぞ鯉が分くる さわさわ福島の今を分くるや 
 
  (2)吠えわたるまで 
 ▼エデンの東(抄) 
この地球脱(ぬ)け出でよとや海ぞこに径(みち)を見しとう 津波来る前 
 
三・一一大震災に海ずれて「エデンの東」も見えしたまゆら 
 
セシウムに負けぬ歌欲し春風のさやさやと起つ愛の一首が 
 
この国の深みに沈みおりたるを嘗(かつ)てオキナワ 今はフクシマ 
 
アヤメ咲く 切れ長の目を立てながら福島の今を見据えているか 
 
 ▼鳴き砂の歌(抄) 
使用済み核のプールの水明り死海の方まで透きて見えしか 
 
「海開(うみびら)き」この夏ひらく術(すべ)ありや本当(ほんと)の福島未(ま)だ戻らぬを 
 
人も町も攫って来てや原発の送電塔が大鷲となる 
 
漁ならぬ浜ひた泣くを泣き腫(は)れて病む目のような夕焼けである 
 
 ▼かもめの叫び(抄) 
漁の海 本当の海還りこよ鷗ら咽喉(のみど)見せて叫ぶを 
 
元の海そして魚(うお)らの戻らぬを呼びて裂くるや鷗の咽喉 
 
原発の汚染未だに福島の海戻らぬをこころ波立つ 
 
漁の海 福島の海手繰りつつ試験操業の船が出でゆく 
 
 ▼ト音記号(抄) 
薇(ぜんまい)採り ひた恋う妻よ薇の楽譜ひろげて歌わん何を 
 
セシウムに負けてたまるか薇のト音記号に沸き立つ心 
 
被曝地を越ゆるトンネル潜(くぐ)り来て檜原湖畔に妻と飯喰う 
 
逃げ込むはセシウムなれば駒岳の駒抜け出でて追い討て追い討て 
 
今われに歌をし問わば被曝地の暮し引きずり飛び立つ心 
 
被曝線量嵩(かさ)む深夜を目覚めしが命しんしんと希薄なるらし 
 
 ▼太陽の盗人(抄) 
陽の核のみるみる盗まれゆくと知れ おお病葉(わくらば)の如くに透くを 
 
水の星 愛(は)しき地球に陽の恵み受けつつわれら陽の盗人ぞ 
 
汚染土のシートの小山累々と率(い)てゆくものを古里の道 
 
科学者ら希(ねが)うは核融合とう 陽のほかに陽をつくる事とう 
 
陽の中ゆ核の盗人(ぬすびと) 滅びへの道馳せゆくを文明と言う 
 
人類は火刑選ぶや陽の中ゆ陽をし盗むを開発として 
 
ハチミツは蜜蜂の財 其(そ)を盗む人らよ太陽の火も盗まんか 
 
何でそんなに急いでいるの 人類の終(つい)がみるみる迫りて来るを 
 
 次回も歌集『警鐘』の作品を読ませていただく      (つづく) 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。