2017年03月22日06時40分掲載
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黒沢久子氏のシナリオ 「お父さんと伊藤さん」 現代の名作
月刊誌シナリオ(2016年11月号)に掲載された黒沢久子氏の脚本「お父さんと伊藤さん」は身近な話ながら、骨太の骨格を持つ傑作だ。シナリオ誌の表紙には年齢は少し異なるもののいずれも中高年の二人の男にはさまれた若い女性の写真が掲載されている。男はリリー・フランキーと藤竜也で、女は上野樹里である。
シナリオは最初と最後が決定的に重要であり、映画というトンネルの入り口と出口はきちんと対応しているものだ。このシナリオもそうである。一見、テレビのホームドラマでもいいのではないか、というような身近な素材を扱っている。コンビニで働いている結婚していない男女のカップルのところへ、突然、彼女の老父(藤竜也)がやってきて居座ってしまうのだ。この父親をめぐる彼女の実家の確執が絡み、父親が何をしているのか、という謎を解き明かしながらドラマは進んでいく。とはいえ、このシナリオは究極的には父と娘の物語ではないのだと思う。
東京郊外のあるコンビニの昼下がり。そこで働く主人公の娘が「冴えないバイト店員=54歳男=伊藤」が店長に小言を言われてへこへこと頭を下げているシーンを目撃することからこのドラマは始まる。彼女は叱られている50代半ばの男を冷ややかに見つめ、内心でこう語るのだ。
「『負け犬』、『落伍者』、『ああなったらおしまいだな』とか、思っていた・・・その真偽のほどを、私が知ることになることなど絶対にないと思っていた」
この負け犬に見えた男をリリー・フランキーが演じており、その後、娘は彼となぜか意気投合して同居することになったのである。
これがシナリオの入り口であり、出口は最初は落伍者に見えた男が意外としっかりとした生き方をしていることを彼女が知ることである。老父がやってきて様々なトラブルが起きるのだが、その父親を時には優しく、しかし、必要な時には断固として拒絶し、自分の立ち位置をつかんでいることを知ることである。そして、父との素晴らしい別れまで演出してくれるのだ。
このシナリオには中澤日菜子氏の同名の原作があり、原作の面白さがまずあることは言うまでもないと思うのだが、しかし、同時にこのシナリオが非常にすらすらとページをめくりたくなるリズムで書かれていて、久々にシナリオを読んだにもかかわらず、映像が湧き上がってきた。素晴らしいシナリオだと思ったのだ。
日常に町で出会っているはずの一見、何でもない人の魅力が描かれている。実はそのことは歪んだ現代社会の中でとても大きなメッセージを持っていると思う。私たちの足元に映画で描くべき広大な原野が広がっていることを教えてくれる作品だ。
■「お父さんと伊藤さん」公式ページ
http://father-mrito-movie.com/
村上良太
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