2017年04月06日07時59分掲載
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コラム
「山田さんへの手紙」 劇作家ブレヒトはTVドキュメンタリーの先駆者だった
山田さんはドイツの劇作家、ベルトルト・ブレヒトの作品にどれくらい親しんだでしょうか。ブレヒトというと左翼演劇とか理屈っぽい、と思う人が少なくないと思います。そして今日は知っている人も少なくなっています。実はTVドキュメンタリーを先取りしていたのはブレヒトではないか、と思っています。
ブレヒトは演劇の中に「報告」というスタイルを持ち込み、叙事的演劇という概念を確立したのです。叙事的演劇とは、こんな出来事があったよ、と報告者が観客に語りかけ、するとそれを再現的に演劇にしたドラマが始まって、次にまた、報告者がその後どうなったかを報告し、そしてまたドラマが続いて・・・・当時はまだTVがなかった時代で、演劇は今日のTVの役割を担っていたのです。画面の隅に説明を言葉で添えるテロップの原型もブレヒトが劇場空間で作り出しています。その後、TVの時代が始まると、演劇的再現ではなく映像で直接視聴者に語ることが可能な時代が開けてきました。だから演劇とTVドキュメンタリーにブレヒトから分化したとも言えるわけです。
ブレヒトは「感動」を排除したわけではないですが、感動=カタルシスを危険に思っていました。古代ギリシア時代から演劇は人々を「感動」させて涙を流させることに価値があると思われてきました。しかし、感動してそれで感情的に完結して、劇場を出たら何も社会が変わらないのではいけないのではないか、と考えたのがブレヒトです。アリストテレスが理論化したカタルシスという柱を否定して、ブレヒトは感動しない演劇を提唱したんです。舞台で起きていることに観客が感情移入してわが身のことのように入れ込んでしまったら、出来事を批判的に、冷静に見つめることができなくなる。そうではなくて登場人物の舞台上での行為に対して観客が距離を置いてみることができることが大切だ、と。報告スタイルもそのための発明でした。
僕は山田さんが感動を重視して、時にはそれに至上の価値を置いているような気がします。僕の思い込みかな?そこはいずれ話しましょう。感動がいらない、というわけではないにしても、「感動」する人々は操作されやすい傾向があると思います。
ブレヒトの代表作の1つ「肝っ玉おっ母とその子供たち」(1939)は中世ドイツの三十年戦争(1618-1648)に題材をとり、君主の軍隊に幌馬車でくっついて回る酒・食品小売り店のおかみを主人公にしています。必然的に母親の行く場所は戦場であり、そのため、子どもが軍隊に取られたり、娘がレイプされたり、戦死したりします。おっ母は自分がなぜ不幸なのか舞台の上では最後まで気づきません。それを理解するのは観客なのです。いかに人間が愚かなのかを描いています。しかも、おっ母はそれなりに魅力的な生き生きしたキャラクターです。ブレヒトの演劇理論を最も開花させたのはこれだと思います。
またヒトラーの最盛期にブレヒトが亡命先で書いた「第三帝国の恐怖と悲惨」(1937)という作品もドキュメンタリーに近い作品です。ドイツ各地でファシズム化がどのように進行していったかをミニドラマを積み上げる形で描いています。ドキュメンタリーでは複数の場所の出来事をパートごとに分けて編集してまとめることがよくありますが、この作品もそれに近いものがあります。報道や見聞を通して知った情報をもとにドラマ化し、庶民に「見える化」して提示したものと言ってよいでしょう。
今、TVの世界では「報告」などいらない。ナレーションなどいらない、という制作方針が主流になろうとしているそうです。「報告者」を可能な限り排除して、ドラマ的に盛り上げるものばかりにしようとしているそうです。ブレヒトの劇で報告者は次のシーンの冒頭に出てきて少し前ふりをする役割です。決して小難しい理屈や情報を長々と話したりはしません。しかし、報告者が介在することによって、舞台で起きていることは現実の再現であり、報告であると知らしめることができ、観客が舞台上の出来事と距離を持つことができるようになります。
報告者を削除する、ということは画面の中に観客(視聴者)をダイレクトに投げ込むことになりえます。ナレーションがあろうとなかろうと、映像は構図で切り取られて撮影され、意図的に編集されたものであり、現実との間に何も介在しない「白い」ドキュメンタリーなどはありません。これについては山田さんのお考えもあるでしょうから、いずれ話しましょう。
村上良太
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