2017年05月30日20時26分掲載
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政治
「テロ」のニュースピーク語法
ジョージ・オーウェルの『1984年』に登場する「ニュースピーク」語法が、日本でも横行しはじめているようだ。加計学園をめぐる朝日新聞の報道を「言論テロ」と批判する劇作家の投稿に対し、安倍晋三首相のフェイスブックのページから「いいね」のボタンが押されていたと報じられた。自民党の石破茂幹事長(当時)は、数年前に特定秘密保護法案に反対する市民のデモを「テロ行為」とブログに書いて批判を浴びた。(永井浩)
ニュースピークとは、この小説の舞台となる架空の独裁国家オセアニアの公用語の新語法である。オールドスピークにくらべ、語彙が減少され単語も短くなり、新しい意味が決められている。たとえば、Free(自由な)。この単語はニュースピークにも残されているが、「この犬はシラミから自由である」「この田畑は雑草から自由である」といった使用法しか許されない。「政治的に自由」とか「知的に自由」という使い方は許されない。
オセアニアはたえず戦争をくり返しているが、新語法にしたがえば「戦争は平和である」。国民は党と国家の指示に屈従する自由しか許されず、「自由は屈従である」。指導者は無知におかれた国民を意のままに操ることができ、「無知は力である」。
小説の主人公ウィンストン・スミスの勤務先である「真理省」の巨大な建物の壁には、これらのスローガンが刻み込まれていて、これに少しでも疑問を抱くことは思想犯罪であり、スミスとおなじような逮捕、拷問、処刑を覚悟しなければならない。
今国会で安倍政権がテロ対策を口実に成立を急ぐ「共謀罪」法案にも、ニュースピーク語法が潜んでいることを露呈したのが首相の「いいね」の反応である。一国の首相の政治疑惑を追及する報道を「言論テロ」と批判する危険な書き込みに賛意を表することは、法案が国会で可決、成立すれば、権力の過ちを監視する自由な報道活動もテロとみなされかねないことを意味しよう。
2013年に特定秘密保護法案に多くの国民が反対したのは、「国民の知る権利が奪われる」「表現の自由が制約される」「民主主義の破壊につながる」恐れがあるからだった。国家の安全にとって保護すべき秘密とは何かの定義があいまいなうえ、秘密情報なるものの妥当性を監視する独立機構も整っていない。国家が全面的に統制する情報にもとづいて、「戦争は平和である」というスローガンが叫ばれるようになっても不思議ではないだろう。
ところが、石破幹事長は法案に反対する国会周辺でのデモ活動について、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」とブログに書いた。批判を受けて訂正文を書いたが、「大音量で自己の主張を述べる手法」は、「本来あるべき民主主義の手法とは異なるように思います」と述べた。安倍政権と与党自民党は、民主主義への無理解を露呈したまま、強引に特定秘密保護法を成立させた。
1949年に出版された『1984年』は、ソ連という共産主義国家の全体主義体制を批判した作品としてベストセラーになった。だが小説は、ソ連の崩壊後も世界で読み継がれ、トランプ政権の登場とともに米国や日本でふたたび売れ行きが急上昇しだした。米国では、新大統領の「ポストトゥルース(脱真実)」発言がのさばり出したことへの危機意識がきっかけとされる。ツイッターを駆使した彼の発言は、ニュースピーク語法そのものである。
英国人作家オーウェルによって描かれたグロテスクな政治の姿は、全体主義国家だけでなく、あらゆる政治体制に潜む病理なのである。だから、名作の常として時代背景や思想にかかわりなく、時と国境をこえて読み継がれていく。そして安倍首相をはじめとする現代日本の政治家たちも、この小説が世界的名作であることをあらためて懸命に実証しようとしているようである。
付け加えれば、オセアニア国の国民は生活のすみずみまで、巨大なテレスクリーンを通じてつねに国家に監視されている。スミスの仕事は、日々歴史の改ざん作業をおこなうことである。たとえば、豊富省がかつて発表した生産高が目標に達しなかったとわかると、それを記録から抹殺し、現在の数字を真実として書きかえる。
あらゆる種類の記録類は大小を問わず、こんな調子でなにもかも影の世界に没してしまい、そのあげくに正確な日付さえ不確実になってしまう。こうして、スミスも物心ついたころ見た旧体制やオセアニア成立当時の記憶があいまいになっている。
わが日本国でも、森友学園や加計学園にかかわる事実を記してある文書、南スーダンでの自衛隊のPKO活動の記録は、政府によれば存在しないこととされる。日米の軍事協力を強化して日本を戦争のできる国にすることは、安倍流ニュースピーク語法によると「積極的平和主義」と呼ばれる。
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