2017年06月03日03時59分掲載  無料記事
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政治

フランス政治の新しい力  ” La France insoumise ” ( 服従しないフランス) その2

  今月、投票が行われる国民議会の議員選挙にパリ市内(第10選挙区=パリ市南部の13区と14区にまたがる選挙区)から立候補しているレイラ・シャイビ(Leila Chaibi )さんのことを前回、簡単に書きました。シャイビさんが最も取り組むと言っている問題がパリや大都市部での住宅事情の悪化です。先日もパリ市内のマンションの平均価格(中古住宅)が最高値を更新した記事が大々的に新聞をにぎわせたばかりです。不動産投機のため不動産価格が年々上昇している事態に歯止めをかけるということです。また、雇用の不安定化もシャイビさんが改善に取り組みたい大きなテーマです。雇用と家賃・住宅価格は人間が暮らす基盤で、大きなテーマです。これが脅かされているというのです。 
 
  シャイビさん(34) は南仏のトゥールーズで大学時代を過ごし、当時からフランス南部学生組合の活動を熱心にしていました。その後、2005年に企業研修を受けるためにパリに上京しました。当時、社会問題になっていたのは研修と言っても企業が都合よく若者を低賃金で使い捨てにしていた問題です。大学の教育を受けたにもかかわらず社員や客に珈琲を出すような作業や正社員の休日の代わり要員というような仕事をさせられ、正規雇用もされなかったというケースが多々あるようです。 
 
  シャイビさん自身も大学の卒業証書を持ちながら、短期ではない正社員の仕事に就くことができず、職を転々とすることを余儀なくされたのだそうです。短期雇用はCDD(Le contrat a duree determinee)と呼ばれていますが、1か月で終わる場合もあり、そんな時は組合活動を行うことすらできません。そして、雇用の短期化、不安定化にさらに家賃の高騰が加わると、非常に暮らしは厳しいものになります。もし失業したり、雇用が打ち切られたりすると、家賃の支払いができなくなり、ホームレスになってしまうと今度は定住所がないため正規の職に就くのが難しくなると言う悪循環が始まるのです。 
 
  そこで上京した翌年の2006年にシャイビさんは"Jeudi Noir "(暗黒の木曜日)と呼ばれるグループを立ち上げ、住宅問題の改善に取り組み始めました。住宅問題はシャイビさんのライフワークと言ってもよいものでしょう。住宅問題は格差の問題や難民・移民、さらにはホームレスの問題にも重なっています。 
 
  シャイビさんは今回が最初の出馬ではなく、2012年にもパリ市の同選挙区から国会議員選挙に出馬し、また2014年には地方議員選挙(選挙区はパリ市の南部に位置する14区)に立候補しました。雇用の不安定化、労働者のプレカリテ化を止めたい、というのが願いでした。残念ながら小選挙区制という厳しい選挙戦でどちらも敗れてしまいました。特に2014年の選挙では第一回の得票率がおよそ5%という惨憺たる結果で、シャイビさんは失意に沈み、一時期、政治から離れていたそうです。雇用の不安定化をなくしたい、あるいは不動産投機と闘う・・・こんな重要な政策を掲げているのに、どうして得票率が5%なんだ?恐らくそんな思いを強く持ったのではないでしょうか。 
 
  当時、シャイビさんを支援したのは”Front de Gauche”(左翼統一戦線)という左翼政党のグループです。これは共産党やParti de Gauche(左翼党)などの小規模政党が選挙のために連合したものでした。シャイビさんは左翼党に所属していたのです。左翼党は今年、大統領選で風を起こしたジャン=リュク・メランション (Jean−Luc Melenchon)議員が社会党を飛び出して2009年に結成した左派の政党です。社会党の新自由主義化に反対する人々が集まって結成しました。しかし、左翼党はこれまで大衆から極左政党と見られていたこともあって、政権奪取には程遠いマイナー政党でしかありませんでした。今年、風が吹いた大きな理由は既存の二大政党である社会党と共和党に対する大衆の不信が拡大し、もっと新しい政治を求める声が高まったことにあります。 
 
  その前触れが2016年に共和国広場で起きたNuitdebout(ニュイドゥブ=立ち上がる夜)と呼ばれる市民運動です。広場に集まって政治のことからジャーナリズムのあり方、住宅問題、難民や移民の問題、レイシズム、新自由主義、男女間の差別や性的少数者への差別、環境問題など、様々なイシューがそこで話し合われました。シャイビさんもこの「立ち上がる夜」に意欲的に参加していました。2014年の地方議員選挙の落選で政治への意欲を失っていたシャイビさんに再び、立ち上がるきっかけを与えたのがこの市民運動だったと言います。「立ち上がる夜」では人々が水平な平等な関係で、自由に自分の意見が発言でき、既存のジャーナリズムで語られてきた型にはまった言説ではない、より自由で斬新な問題への視覚を求めていたのです。 
 
  今回、シャイビさんの選挙を支えるグループの” La France insoumise ” ( 服従しないフランス)は左翼党党首のメランション議員が中心になっており、今年の選挙のために”Front de Gauche”が新たに生まれ変わったものです。社会党とは一線を画し、そのため、左派が二分されているのが実情です。ただ、” La France insoumise ” ( 服従しないフランス)は泡沫の異端政党の集合体という位置づけから次第に1つの勢力に確実に成長しつつあります。 
 
  筆者が今回、シャイビさんの選挙集会を見に行って感じたのは立候補者が演壇から一方的にしゃべり倒すというより、集まった車座の住民に疑問や意見をぶつけてもらいながら、それに耳を傾け、意見を出し、また反応を見る・・・と言った話し合いをしている印象がありました。これは「立ち上がる夜」という市民運動が行っていた車座の討論会によく似ており、まさに「立ち上がる夜」をシャイビさんは今もその精神において持続しているのだろうな、という風に感じました。このような車座で参加者の意見をできるだけ聞く、ということは本来、民主主義にとって不可欠なことなはずですが、あまり効率もよくないし、時間と手間暇を要する、ということで中々実現できないものです。むしろ、巨額を投じて広告を打って市民をマインドコントロールする方が当選にははるかに効率的とも言えます。しかし、” La France insoumise ” ( 服従しないフランス)には、そうした資本がない、という事情もあるでしょうが、むしろ、あえて地道な対話を地域で行っているのであろう姿に筆者は共感するものがありました。 
 
村上良太 
 
 
■フランス政治の新しい力  ” La France insoumise ” ( 服従しないフランス) 
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