2017年07月06日14時01分掲載  無料記事
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文化

【核を詠う】(237)『昭和万葉集』から原子力詠を読む(2)「ビキニより帰りて子をも望めなき人らにさえや何の補償ぞ」 山崎芳彦

 『昭和萬葉集』の巻十、十一は、昭和27年〜31年(1952年〜1956年)の短歌作品を収録している。その作品群の中から原子力詠を読んでいるのだが、この時期は原子力の時代史の中で、世界的にも、また日本においても極めて重要な時期として記録、記憶されなければならない時期であると言えよう。1945年に歴史上初めての原子爆弾の使用、つまり広島・長崎への米国による原爆投下が行われ、その恐るべき惨禍、「核の地獄」を起点にして第二次世界大戦後の米・ソを核とした東西冷戦激化のもとで、より凶悪な核兵器開発、熱核兵器(水爆)の実戦化のためのとめどもない実験が繰り広げられた時期である。1952年に米国が、53年にソ連(当時)が本格的な水爆実験を行い、さらに水爆を運搬可能・実戦的なものにするための実験が繰り返され、その中で米国の太平洋ビキニ環礁における水爆実験による日本のマグロ漁船第五福竜丸の核放射能「死の灰」の被害があったのだ。読んでいる『昭和萬葉集』には、広島・長崎の原爆、そして「第五福竜丸」の死の灰被害、放射能雨などを詠った短歌作品が多く収録されている。 
 
 そして、この時期に重なって1953年12月のアイゼンハウアー米国大統領による国連総会での「アトムズ・フォー・ピース」演説が、「原子力の平和利用」、その中核としての原子力発電の国際化(この演説の翌年3月にビキニでの水爆実験を行っている)の端緒となり、原子力発電でも米国とソ連の東西両ブロック系列化が進み、日本の原発導入に向けての政治・経済界の動きが始まった時期でもあった。その底流に、自衛のためには日本も核兵器を持つ能力を持つべきだとする、現在にもつながる策謀があったのだ。 
 
 「2011年3月11日の東日本大震災、とりわけ福島第一原発事故は、20世紀日本の達成・歴史的遺産が如何なるものであったかについて、大きな問題を提起した。広島・長崎の原爆直後に敗戦を迎え、ビキニ水爆第五福竜丸被爆も経験して『唯一の被爆国』と自称してきた国が、なにゆえに地震列島の上に54基もの原子力発電所を林立させてきたのか。海外から『ヒロシマからフクシマへ、なぜ?』と問われたように、もともと『核アレルギー』症状を持つと診断された国が、いつのまにか深く原子力エネルギーを取り込んで免疫を失い、『軍事利用』のみを『核』とよび、『原子力の平和利用』を当然としてきたのはなぜか、といった課題が浮上してきた。/『安全神話』を流布してきた科学技術体制ばかりでなく、『原子力村』のエネルギー支配を見逃してきた社会科学・人文科学や平和運動のあり方も、再審されることになった。」(『原子力と冷戦 日本とアジアの原発導入』2013年、花伝社刊の「あとがき」・加藤哲郎より) 
 同書の帯文に「原水爆禁止の国民運動と『平和利用への熱狂』はなぜ同時進行で出発し長く共存したのか?/21世紀に入って原発開発の中心はアジアへと移動し、『フクシマの悲劇』にもかかわらず日本主導の『原発ブーム』が続いている。」「福島第一原発事故の教訓の共有の名のもとに、アジアの原発増殖・拡散の中心になろうとしている。世界が3・11以降『フクシマの行方』に注目するのは、21世紀に『核なき世界』を実現する上で、日本が『軍時利用』と『平和利用』の境界線上にあり、原爆と原発の双方を含む欧米からアジアへの核拡散の結節点になっているからである。ドイツやフランスとの比較ばかりでなく、アジアに目を広げることは、3・11を踏まえて原子力の問題を再考する上で不可欠となっている。」などと記されているが、9章にわたって「日本とアジアへの原発導入を、東西冷戦の歴史的文脈の中で、第一次資料・現地資料を用いて実証的に検証する。」一巻として、筆者は興味深く読み、学ばされることが多かった。 
 
 今、国連本部で行われている、120ヵ国を越える国が参加しての核兵器禁止条約の交渉が最終段階になっているが、この取り組みに参加しないだけでなく、条約成立を妨げるような姿勢をとりつづけている安倍政府に対する内外の批判は強い。このような政府に原子力政策をゆだねることはできないと、『昭和萬葉集』の短歌作品を読みながら強く思う。 
 前回に引き続いて作品を読むが、巻十一の中途までになり、次回に続けることになる。 
 
 ◇核兵器の恐怖◇(『昭和万葉集巻十』) 
小さなるヒューマニズムを誇張して伝へくる彼の国が原爆を持つ 
                        (鶴岡善久) 
 
戦の悲惨を知らねば原爆実験のニュース映画を美しと童(こ)ら綴りたり 
                        (小倉政信) 
 
われら叫ぶ水爆実験禁止など無視しゆく或る力を想ふ 
                        (吉川禎祐) 
 
炎天の午後ひそかなる駅の前水爆禁止の署名すわれも 
わが胸の汗にじみたる炎天の署名簿のうへに鉛筆を擱く 
                        (飯田正一) 
 
水爆実験反対署名拒む者なし雨のひと日を戸毎めぐるに 
                        (内海清子) 
 
単なる自殺記事としてあつかはれぬ水爆に抗議せし少年の死も 
                        (宮石 満) 
 
神のものをわがもの顔にふるまへる国ひとともにやがて亡びむ 
天かけり地(くに)かけりても原子戦封じさるべき手を打たではや 
                        (2首 下中弥三郎) 
 
ことごとく骨の髄より血を噴きし屍(しかばね)をすら忘る日は来む 
黒砂にものうき歩みかへすとき脅(おびや)かされて生きのびゆかむ 
                        (2首 大野誠夫) 
 
 (『昭和万葉集巻十』には「『広島』より」として合同歌集『広島』から作品82首を掲載している。この連載の中で歌集『広島』の全作品を「特別篇」として採録しているので、ここでは省略させていただくことにした。) 
 
 ◇ノーモア・ヒロシマ◇(同) 
あはあはと肉親が一瞬に死にゆくさま繰り返し語る広島の孤児桂子 
                        (松田護夫) 
 
真黒に焼けただれたる父の腕時計の位置のみ白き皮膚あり 
                        (宗岡綾子) 
 
原子雲の写真に思へ石畳に影を残して消え行きし人を 
                        (高橋貞次) 
 
立ち読みをしてゐたる米兵が買ひゆけり岩波写真文庫「広島」 
                        (増子良一) 
 
爆心地甘き音色に鐘は鳴る祈れば平和が来ると言ふのか 
                        (蔵本博美) 
 
六年の間知らされざりし原爆図涙をたりてわれは見むとす 
なきがらとなりて腐れる同胞(はらから)は路に累々と写されにけり 
                        (2首 北見恂吉) 
 
顔も頭も砂まみれになり戻りし子原爆ごつこしてゐたのだと言ふ 
                        (津田増雄) 
 
迎へに出し原爆の処女等にル夫人顔を背けし記事を読みたり 
                        (三上良太) 
 
赤く変る原子雲みておびえしが抵抗なき民の一人として黙しゐる 
                        (杉野 好) 
 
金色(こんじき)の耳輪揺れゐき治療受けし原爆処女とすれちがふ時に 
                        (平尾健一) 
 
原子傷痕(ケロイド)をおほひて垂るる黒髪の美しければいかにかなしき 
                        (大石鉄夫) 
 
ケロイドの裸身曝して写さるる誰が母かかなしなえし乳房も 
                        (葭森和子) 
 
原爆研究の資に必要とアメリカの女医が来りて我の血を採る 
                        (小池峯夫) 
 
新聞に載せニュース映画に映すとも哀れ広島をとめらは見世物ならず 
                        (白木 裕) 
 
同窓会名簿の終りに原爆に死にし十六人の名前が並ぶ 
                        (右田俊介) 
 
ケロイドの醜き頬にキリストが口づけて癒えし奇蹟などなし 
                        (相沢一好) 
 
 ◇広島・長崎にて◇(同) 
こともなくけふ棕櫚(しゆろ)咲くと汽車の窓を移る広島の家並瞻(やなみも)りゐつ 
雨のなかを人群るるのみ遠く来て自動車にめぐる広島の街 
石櫃を覆へる埴輪鞍型の裡(うち)乾きつつ夏を冷ゆる雨 
爆心地を究むと引きし幾十の線の交叉鋭(と)し図表のうへに 
襤褸と焦げしをさなき服を置けり寄贈者と称(よ)ぶ名札も添へて 
                        (5首 田谷 鋭) 
 
皮膚のごと灼けただれたる瓦のみ埃吹く広場の室に並べり 
灼きつきし人影うするる階の前バスの埃がまた吹きつくる 
朝より微かなる嘔気つづきつつ被曝中心地に歩み入りたり 
                        (3首 高安国世) 
 
被爆のあと塗りこめし壁の煤びたる部屋に面向ふ死なざりし人と 
幾ばくののち滅ぶいのちと知る君が焼かれし肌を労りしとふ 
おほかたは交替したる市民といふ恐怖せし日の反応もなく 
                        (3首 鹿児島寿蔵) 
 
あやまちは繰返さじとふ石の文字何かはかなくなりつつ読めり 
                        (桑田幸子) 
 
石に残る死の人影も薄れぬと聞きつつバスにてその前をすぐ 
                        (小西邦太郎) 
 
被爆せるまま立ち古りしドーム見ゆ暗く重たき青空の中 
                        (川崎千公) 
 
原爆に首をもがれし聖像をめぐりて白き野茨の花 
                        (市来 勉) 
 
原爆に鼻欠け氷雨(ひさめ)降る天(そら)になほも祈れり石の聖女は 
                        (野田宇太郎) 
 
▼「原爆許すまじ」(『昭和万葉集巻十一』) 
 ◇水爆実験◇ 
至急報告げてやさしき鈴は鳴る水爆投下四分ののち 
暁の雲をつらぬく火柱の簡明にして恐怖をつたう 
                        (2首 松野谷夫) 
 
創世主が造りしとする陸を海に吹消す実験を基教徒がする 
                        (古谷浩章) 
 
全島の民ことごとく移らしめ爆破煙つづく数秒の間 
汚れたる海の北上を恐れゐき一時(ひととき)にして声閉ざされぬ 
                        (2首 吉田 漱) 
 
水爆を落すときめて猿飼へり環礁より土民移りたる後 
                        (春日井 ) 
 
ビキニ近傍の島々にゐし土民らは如何になりたらむ伏せてつたへず 
                        (井上健太郎) 
 
絶海に人無しと云えど幾億の魚一瞬にただれしならむ 
                        (横田宏子) 
 
放射能に肌ただれしが死者なしと彼ら人間のことを伝ふる 
                        (武川忠一) 
 
ビキニ環礁に水爆あがると聞きしより雨戸(あまど)を出でてわが心おづ 
                        (樋口与四郎) 
 
無警告の核実験が続く日か朝にしてすでに暑き陽の射す 
                        (島田修二) 
 
一枚の地図にいくたりもかたまりてビキニ環礁のありかを探す 
                        (長谷川富明) 
 
 ◇死の灰◇(同) 
海月(くらげ)いくつ浮遊してをり放射能計られてゐる船のめぐりに 
                        (池田敏記) 
 
放射能を浴びむ有馬山丸を調べむと憤(いか)りて海図に朱を入れてゆく 
                        (中里久雄) 
 
われら魚類のかばねは食はずきららなす死の灰のもと神妙にゐる 
                        (倉知予年子) 
 
死の灰に落ちゆく無数の燕の群まざまざと眼底にありて目覚めつ 
                        (沢 草二) 
 
死の灰にまこと逝きたる人あれば秋の彼岸の夜を黙しぬ 
                        (柳瀬綾子) 
 
ビキニより帰りて子をも望めなき人等にさえや何の補償ぞ 
                        (朝吹冴恵) 
 
醜き投書が久保山未亡人を苦しませ土地を替へねばならぬとも聞く 
                        (木沢 和) 
 
頑強な 漁夫のあなたが死んでゆく、灰あびたという それだけのことで。 
                        (島村福太郎) 
 
死の灰を浴び来し人ら言へること「モルモットにはされたくなし」 
                        (柴原恵美) 
 
まつたくなくなんにもなくなり白い灰がふあ、ふあ、ふあ、ふあ、ただよふ世界 
                        (加藤克己) 
 
「死の灰」に怒るニュースがアメリカの「騒ぐな」と云ふ声も伝ふる 
                        (磯野健太郎) 
 
放射能に汚れし海を迂回して水かつがつに夫の船かへる 
                        (伊藤幸子) 
 
ビキニを避け印度洋に出漁すと子の便(たより)きてすでに幾日 
                        (今宮武雄) 
 
吾子の住む三宅の島は放射能いよよ濃からむと思へどすべなし 
                        (小磯綾子) 
 
 次回も『昭和萬葉集』から原子力詠を読む。 


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