2017年07月29日15時56分掲載  無料記事
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人権/反差別/司法

「個々の政治家以前に『構造的ラシスム(人種差別主義)』を解体しなくてはならないのです」 パリの討論会から

  5月7日、フランスの大統領選挙の決選投票の夜、パリ北駅に近いバー「植民地」で、ラシスム(人種差別主義)を語る討論会が行われた。この夜、極右「国民戦線」の大統領候補マリーヌ・ルペン候補が敗れ、新自由主義のマクロン大統領が誕生した。討論会に集まった人々はマグレブ地方出身者もいれば、コンゴの出身者もおり、マルチニックなどのカリブ海諸国からの移民の子孫もいた。こうした様々な人の中に、ミレイユ・ファノン氏がいた。 
 
  ファノンと言えば1960年頃のアジア・アフリカの独立運動が回想されるが、フランツ・ファノンは独立運動の思想的指導者のひとりとして知られている。ミレイユ・ファノン氏はこのフランツ・ファノンの娘で、フランツ・ファノン財団の会長をつとめている。フランツ・ファノンはマルチニック島の出身でフランスで精神医学を学んだ。彼の祖父の時代は奴隷制の時代で実際にフランス人植民者らの奴隷だった。フランツ・ファノンは白人と黒人の差別の問題を追及し、黒人が持つ劣等感を精神医の立場で分析した。のちに勤務医として渡ったアルジェリアで独立闘争を支持する文章を書き続けた。日本ではフランツ・ファノンの著作を書店で見かけることは残念ながら稀になった。だが、この夜、娘のミレイユ・ファノン氏が語った言葉は忘れがたい。 
 
  「先ほど当選したマクロン氏の話が出た時に、彼は青白赤の三色旗の前に立っていました。この三色旗が象徴する自由・平等・博愛という精神がフランス共和国を建国したのだ、という人がいますが、間違っています。フランス革命が成し遂げられた時も、私たちの先祖は奴隷にされていたんです。そして(いったん1794年に奴隷制度を放棄したものの) 1802年になると(皇帝になったナポレオンの決定で)フランスは奴隷制を再開したのです。当時、フランス国内ではもう市民が平等になっていたのに海外では奴隷制が残っていたのです。フランス共和国を創設した人々は人種差別を構造として組み込んでいたのです。ですから、私はマクロン大統領の後ろの三色旗を見た時、めまいがしました。マリーヌ・ルペンは人種差別主義者ですが、マクロン氏も白人中心主義を導入する人物だと思います。」 
 
  ミレイユ・ファノン氏の発言は遠いアジア人として耳を傾けた時に、戦後の民主主義の中で在日コリアンの人々が受けていた構造的な差別の問題を思い出させる。日本人が戦後はいい時代だった、戦後民主主義は素晴らしかった、という時に、その民主主義の恩恵がすべての人に分かち与えられたのか、という疑問をファノン氏の言葉はつきつけてくる。そして、その言葉はさらに今、私たちが守ろうとしている日本国憲法のもとで、置き去りにされてきた人々はいなかったのか、という問題も呼び起こす。人種の問題だけでなく、身近なところでは不安定な立場に置かれ続ける派遣労働者の問題とも響き合うように感じられる。民主主義と言いながら、その中に差別を組み込んできたのではないか、ということなのだ。 
 
 話を戻せば、フランスには海外県というものがあり、カリブ海にあるマルチニックや南アフリカのギアナ、マダガスカルの脇にあるレユニオンなどがあげられる。これらはかつてフランスの植民地だったが、現在は自治を行っている。しかし、同時にフランスの国会に議員を送っているし、またフランスの大統領選挙の選挙権も持っている。広義ではフランスに統合されているのである。この話し合いの場でもフランスだけでなく、それぞれの海外県でのマクロン候補とルペン候補の得票率や棄権率が発表されていた。言うまでもないことだが、こうした場合に「フランスとは何か」と言うフランスのナショナルアイデンティティの問題はマリーヌ・ルペン候補が語っているような単純なものではありえないし、もしそうなら、こうした海外県はやはり本国に従属する植民地に過ぎないのか、ということにもなりかねない。 
 
  オランド大統領時代に法務大臣だったクリスチャーヌ・トビラという左翼政治家は海外県・ギアナの政治家である。理想を貫く強い意志を持っているため彼女を尊敬するフランス人は少なくないし、大統領になって欲しいと言う人もいる。しかし、2013年に国民戦線の地方議員候補者の女性がトビラ法相を猿にたとえたことがあり、また極右の週刊誌Minuteが彼女を猿にたとえたことがあった。いずれも社会的に批判され、罰金を科せられている。国民戦線のマリーヌ・ルペン党首はこの女性党員を追放したということだが、こうしたメンタリティの人物が国民戦線に存在することは根強い人種偏見を持っている人が同党に存在していることをうかがわせる。とはいえ、この話し合いで問われていたのは極右政党の国民戦線だけでなく、フランスの左派の意識の中にも歴史的に人種差別が組み込まれてきたという指摘である。特にマルクス主義者は常に階級の差別を問題にしたが、人種差別はマイナーな問題だという立場を取ってきたという批判がある。フランスには500年近い植民地保有の歴史がある。 
 
  さて、ミレイユ・ファノン氏は今の政治にどう取り組むべきかについて、こう語った。 
 
  「個々の政治家だけ問題にしていたのではいけないのです。仮にマリーヌ・ルペンの時代が終わったとしても若い姪のマリオン=マレシャル・ルペンがいます。大切なことは構造的なラシスムと闘うことなのです。権力のラシスム、知のラシスム、文学・報道のラシスム、これらを解体しなくてはならないのです」 
 
  今回の大統領選挙では極右候補VS新自由主義(いわゆるリベラリズム、右派)の闘いとなった。だから、そうではない政治を望む人々にとっては厳しい選択になった。政治権力から取り残された人々がどう新しい時代を拓いていくか、その課題は困難に満ちているが、それと向き合おうという人々もまた存在していた。 
 
 
村上良太 
 
 
■マクロン勝利宣言の裏で  反ラシスム(反人種差別主義)集会が開かれる  年々勢いを増す人種差別主義にどう立ち向かうか 
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