2017年08月02日21時54分掲載
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遺伝子組み換え/ゲノム編集
GM大豆からの「ユーターン」 非GM大豆へ向かったルーマニア
一度は遺伝子組み換え(GM)作物を導入したが、方向転換して非GMに戻る国や地域も出てきている。そのひとつ、ルーマニアの事例が映画になった。題して『ユーターン』。農と食の問題で世界の動きを発信する「有機農業ニュースクリップ」が、その映画を紹介しながら遺伝子組み換え問題への新たしい視野を提示している。(大野和興)
アフリカの数少ない遺伝子組み換え(GM)作物栽培国であったブルキナファソは2016年、モンサントの害虫抵抗性GMワタの栽培をやめ、従来の品種に戻した。こうした国はまだまだ数少ないが、EU加盟国のルーマニアもそうした国の一つだ。EU加盟直前のルーマニアは2006年、それまで数十万ヘクタールで栽培していた遺伝子組み換え(GM)大豆の生産を止めた。『ユーターン』は、このルーマニアのGM大豆からGMでない大豆への転換=「ユーターン」を、中止賛成派と反対派の双方のインタビューにより描き出している。制作は、遺伝子組み換え作物栽培に反対してきたルーマニアの環境NGOのエージェント・グリーン。
・『ユーターン』
2015年/ルーマニア/40分
制作・著作:エージェント・グリーン
1996年に遺伝子組み換え(GM)作物の商業栽培が始まって20年。その一つがモンサントの除草剤ラウンドアップ耐性の遺伝子組み換え大豆。GM作物の商業栽培が始まって以降、ルーマニアは遺伝子組み換えの大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、ナタネ、てん菜の商業栽培を始めた。このことをルーマニアのほとんどの人びとは知らなかったし、栽培は規制もなく問題にならなかったという。GM大豆の栽培が始まる前、ルーマニアはヨーロッパでも有数の大豆生産国で、50万ヘクタールで栽培されていたという。しかし、GM大豆の生産が始まったことで、ルーマニアは欧州でも最大規模の遺伝子組み換え作物栽培国となり、2005年には、非GM大豆は7万ヘクタールにまで減り、GM大豆は9割を占めるまでになっていた。GM大豆の生産には登録が必要だったが、ほとんどのGM大豆栽培農家は登録していなかったという。
ルーマニアは2006年、EU加盟を目前にして決断を迫られる。EUは、GMトウモロコシの栽培は認めていたものの、GM大豆の栽培は認めていなかった。にもかかわらず、GM大豆の生産者は、EU加盟後も生産が続けられると思っていた。モンサントなどのGM種子企業もルーマニアの栽培を継続させることで、EUのGM政策のなし崩し的な転換を企てていたとみられていた。
EU加盟交渉でルーマニア政府は、GM栽培について何も交渉していなかった。エージェント・グリーンは、汚染の実態を調査して公表。GM大豆の栽培継続は、EUのGM政策を内側から崩す「トロイの木馬」だと非難した。
農業省は、関係者による3回の討論会を開いた。禁止を求める有機農家や環境団体などと、モンサントなどと利害関係者の栽培継続の公開討論を、当時のテレビ映像で振り返っているが、継続派のなりふり構わない暴論が活写されている。政治的な決断を迫られたルーマニア政府は2006年10月、農業大臣が翌年からのGM大豆の栽培禁止を宣言し論争に終止符を打った。しかし、2010年まで、ルーマニア国内での違法なGM大豆栽培が続いていたという。エージェント・グリーンによれば、現在では違法栽培は確認されていない。ルーマニアは、完全にGM大豆からのユーターンを成し遂げた。
しかし、EU加盟という圧力に屈した形で、非GM大豆へユーターンしたルーマニアが、全面的に遺伝子組み換え作物栽培から転換したわけではない。EUは現在、モンサントの害虫抵抗性GMトウモロコシ・MON810の栽培を認めている。ルーマニアでは1万ヘクタールほど栽培されていたGMトウモロコシは、徐々に減ってきているものの栽培続いている。2015年、EUはGM作物栽培の権限を加盟国に委譲するEU指令を決め、各国に禁止の申告を求めた。しかし、ルーマニアは申告していない。EUが栽培を承認するGM作物について、その栽培を認める立場を選んでいる。
◆ ドナウ川流域の非GM大豆栽培運動
EUは主に畜産用のタンパク源として年間3千3百万トンの大豆を輸入しているが、その多くは南米産のGM大豆である。EU消費者のGM食品への懸念から、非GM大豆には根強い需要があり、一部ではNON−GM食品認証も始まっている。そうした状況の中で2012年、ルーマニアを含む主にドナウ川流域諸国で、非GM大豆を欧州で自給しようというドナウ大豆の運動が始まった。
南米では大規模な森林伐採による大規模農場で栽培されているが、ドナウ大豆代表のマティス・クロン氏はこの点について、欧州の大豆栽培は森林伐採することなく輪作で栽培できる、と指摘する。地域的にも、黒海周辺は供給過剰であり、ルーマニアやウクライナは輸出国。EU域内での自給を考えるのであれば、ルーマニアやウクライナがそのかぎを握っているという。ドナウ大豆は、欧州独自のもので、輸入大豆に替わる新しい選択肢だという。
クロン氏は、ルーマニアはGM大豆栽培を止めたが、その気があれば止めることはできる。GM反対を叫ぶだけでは十分ではなく、非GM大豆で収入を得られるモデルを作ることが重要だとも指摘する。
ドナウ大豆のルーマニア代表ドラコス・ディマ氏は、EUに加盟して以降、ルーマニア農民は大豆栽培を見直し始めているという。ドナウ大豆は、ドナウ川流域での非GM大豆栽培を増やすことが目的であり、ルーマニアはその中心になることができるという。
ドナウ大豆は、独自の栽培基準を持ち、栽培技術の講習や圃場見学会を行い、農家が納得して栽培するようにしている。2015年に、その栽培面積は100万ヘクタールに達したという。ドナウ大豆は、2020年には400万トンの生産を目標にあげ、2025年にはEU域内の大豆の50%を生産しようとしている。
欧州の消費者の65%が遺伝子組み換え食品にリスクがあるとして、その購入に消極的だという。こうした消費者意識を背景にして、ドイツなどで民間の認証機関による検査を経たGM飼料不使用の食品への「Non−GMO」表示が始っている。オーストリアでは、養鶏用の大豆飼料が全て非GMになったという。
ルーマニアのユーターンは、EUの限定的なGM作物栽培政策に強制されたものであるとしても、実のところ消費者の選択が背景にある。「いらない」といい続けた欧州の消費者の意思だともいえる。
◆ もう一つのユーターンにみる希望
ドナウ大豆のルーマニア代表ドラコス・ディマ氏は、元モンサント・ルーマニアの幹部だった。かつてのGM大豆推進から立場を180度変えたわけだ。作品の最後で彼は、テレビを観ていたまだ幼い息子の「僕の食べている(大豆油を使った)マーガリンも安全なの」、という一言に心が動いたという。いろいろな事情があったとしても、このエピソードがディマ氏のユーターンの核心だったのかもしれない。
エージェント・グリーン代表のガブリエル・パウン氏は、「モンサント・ルーマニアの幹部だったドラコス・ディマ氏が、ルーマニアのドナウ大豆運動を率いていることに希望をみる」と語る。ユーターンの動機は、日々の生活の一こまに潜んでいる、いたって簡単なことなのかも知れない。希望をみせる作品である。
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※『ユーターン』(日本語字幕版)は、遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーンが、上映会用に貸出している。
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