2017年08月05日11時55分掲載  無料記事
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山口定著 「ヒトラーの抬頭 〜ワイマール・デモクラシーの悲劇〜」 出版は1991年だが今読む方が圧倒的に面白い

  今春、安倍政権が憲法改正案を近日まとめる、という話を聞いてから山口定著「ヒトラーの抬頭 〜ワイマール・デモクラシーの悲劇〜」(朝日文庫)を読み直してみた。山口氏はドイツ・ファシズムや戦後のネオナチ、あるいは欧州の右翼運動を研究してきた政治学者でベルリン自由大学でも教鞭を執っていた。本書は1991年に出版されたもので、いわば山口教授のナチズム研究の総決算とも言うべき本となっている。 
 
  私は80年代半ばに山口教授の欧州政治史の講義を受けた。その中にドイツ・ファシズムももちろん組み込まれていたのだが、30年近い時を経て、本書の読み方は当時と大きく違ってきていると言わざるを得ない。それは本書が出版された1991年が冷戦終結の年であったのだが、それから約25年が過ぎて、再びファシズムの暗雲が日本に垂れこめてきた、ということに他ならない。だからこそ、今本書を読んでみると全然、リアリティが異なる。身近なこととしてデテールまでが実によく理解できるのである。 
 
  麻生太郎副首相の発言にあるように、政権の重鎮たちが憲法改正のためにナチスがワイマール憲法をどう解体したかを研究してきたらしいことである。その鍵となるのがワイマール憲法自体に組み込まれていた国家緊急権であり、これは緊急事態の場合には憲法を一時停止できる権限が首相に与えられていたことだった。ヒトラーは自ら企んだものと思われる国会議事堂放火事件で緊急権を発令し、ワイマール憲法を一時停止した。そしてそのもとで首相自らが法律も自由に制定できる全権委任法を制定して、独裁制を確立した。ヒトラーは緊急事態宣言を4年ごとに更新していく。それは1945年のヒトラーの自殺に伴うナチ崩壊まで継続された。憲法改正を目指す自民党の幹部たちがナチスを研究していることは決して忘れてはならないことである。そして、安倍政権の背後にいる日本会議のブレーン百地章教授(憲法学)もワイマール憲法の国家緊急権を研究したことをとくとくと語っている。 
 
  ナチ党の元祖が結成されたのはドイツが敗北した1918年から間もなくだった。ワイマール憲法を敵視したこの勢力に間もなく戦争帰りのヒトラーも参加する。そしてナチスの最初の25か条の綱領が発表されるのが1920年である。東京オリンピックの2020年はまさにナチス100周年と言ってもいいような節目の年だ。この綱領の中には反ユダヤ主義や血に基づくナショナリズムなど、ナチスの基盤となる排外主義思想が盛り込まれていた。今風に言えば「ドイツ民族・ファースト」主義だろう。敗戦後の巨額の賠償金に揺れるドイツ大衆に戦勝国へのルサンチマン(怨念)を植え付け、憲法破棄と再軍備に向けてヒトラーのナチスは動いていく。 
 
  そして、この過程で見過ごせない決定的な要因がドイツの大企業がヒトラーを支援した、ということである。最初は一地方の変人的な極右勢力に過ぎなかったナチスがドイツの重工業と金融の後ろ盾を得てその潤沢な資金で急激に選挙で第一党へと上り詰めていったのである。その過程で、当初は「社会主義」的な貧困対策を掲げていたナチス内の左派勢力は追い出され、大工業と親和的なナチス内の右派勢力が主導権を握ることになる。産業界と極右政党が互いにウィンウィンの関係になれると確信した時、ナチズムに勝機が生まれた。 
 
  ドイツの財界は戦後、急速に力をつけてきたドイツの労働組合の封殺をヒトラーに期待した。第一次大戦を機にロシア革命が起き、資本家たちが危機感を抱いていたことがヒトラーへの期待を高めた。彼らはヒトラーに共産主義と社会主義の根絶を期待したのだった。ヒトラーはその期待に応えて、1933年に独裁権を確立してすぐに労組を禁止し、逆らうものは処刑し、労働者の組織を国家に従属する機関に作り変えてしまう。ナチス党が最初は「ドイツ労働者党」と名乗っていたのは皮肉としか言いようがない。このように潤沢な資金を持つ大企業がファシズムを支え、ナチス党を選挙で勝たせるのに尽力したことは歴史の教訓であろう。 
 
 
■ダッハウ強制収用所の1枚の絵 
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■ヒトラーが作った政治犯の強制収容所ダッハウ 〜ナチスの暴力の学校〜 対抗勢力は一網打尽 
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