2017年08月16日14時45分掲載  無料記事
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コラム

731部隊と帝銀事件 吉永春子氏の取材から

  毎年、この季節になるとNHKは原爆や戦争を扱ったドキュメンタリー番組を放送するのだが、かつて満洲国で行われていた日本の731部隊による人体実験の記録と証言が改めて注目を集めたようだ。731部隊の存在を日本で最初にスクープしたのはTBSのディレクターだった吉永春子氏で、その番組「魔の731部隊」は1975年に放送され、大きな反響を呼ぶことになった。というのも、当時はまったくそのような行為がなされていたとは知られていなかったからに他ならない。 
 
  吉永氏はいったい、どのようにしてその存在を知りえたのか。吉永氏によると、それは意外なことがきっかけだった。彼女は1955年(昭和30年)に入社したばかりのTBSのラジオ部門で報道の仕事を始めたということなのだが、その頃、まだ戦後の謎めいた事件が未解決のままになっていた。松川事件や帝銀事件、下山事件などである。吉永氏はデンスケと呼ばれる録音機材を抱えて、一人で関係者に取材する日々だった。そして、731部隊のヒントを得たのは帝銀事件の取材からだった。 
 
  帝銀事件とは戦後間もない1948年に東京・豊島区の帝国銀行支店で厚生省の役人を自称する人物が防疫のためと称して行員らに毒物(シアン化化合物と言われている)を飲ませ、殺害した事件である。その真犯人も動機も謎が多いために、様々な憶測や推理が行われた事件だが、吉永氏はこの取材の過程で、警視庁が旧陸軍731部隊(関東軍防疫給水部)にいた関係者たちを捜査対象にしていたことから731部隊の存在を知った、というのである。そして、これがきっかけとなり、帝銀事件とは別に、この陸軍の部隊がかつて満洲で何をしていたのか取材を進めていったという。 
 
  ところで松川事件や下山事件、帝銀事件は迷宮入りしているとは言え、その裏には当時、日本に駐留していたGHQないしは米軍の関与をうかがわせる多数のルポが書かれている。推理小説作家・松本清張の「日本の黒い霧」もその1つだ。第二次大戦後、米国は日本を民主化し非武装にしたが、皮肉にも新たに冷戦時代が幕を開け、日本を再軍備させる必要まで出てきた。ソ連の影響下での共産主義化から防がなければならない、という方向に占領政策も舵を取っていった。これらの謎めいた事件はこうした占領政策の変化が深層にあるのではないか、と疑う人は少なくなかった。 
 
  実を言えば、731部隊が満洲で人体実験して得たデータも、731部隊の幹部らの戦争犯罪の免責と引き換えに、米軍のフォートデトリック陸軍基地に渡されたのだ、という。この基地はワシントンDCに隣接するメリーランド州にあり、米軍の生物兵器を担当している特殊な軍事施設なのだ。人体実験のデータは中々得られるものではないから生物兵器開発者には利用価値があるのだろう。吉永氏は晩年にフォートデトリック基地に渡った731部隊の研究が2001年9月にNYで起きた同時多発テロの直後に続いて起きた炭疽菌テロ事件と関係しているのではないか、と疑っていた。 
 
  吉永氏は1955年にラジオ報道の仕事を始め、昨年11月初旬に倒れて亡くなった。享年85だが、関係者によれば赤坂の事務所を引き払ったのちも自宅を編集室にして最後まで映像作品を作り続けていた。だから、その現場での報道歴は61年に及ぶ。最後に若いディレクターたちとともに作っていたのは異常気象に関する記録だったそうだ。 
 
  NHKの戦争記録番組は多くの場合、視聴者の中で過去の歴史という枠に押し込められがちだ。だから、現代史と切り離された過去の「歴史」と言う風にとらえてしまうと、今日のアクチュアルな事象と無縁になって、むしろその記憶を風化させてしまう恐れすらある。1945年8月の被爆の記録は冷戦終結後の米国の対日政策の変化とともに、今日の日本政府の姿勢とも深く関わっている事象のはずである。過去の歴史が蓄積されるだけではなく、それが今にどうつながるのか、戦時中の日本が自ら原爆開発を試みていたこととともに、現代を射程に入れる必要がある。 
 
 
 
■テレビ制作者シリーズ11 「報道のお春」吉永春子ディレクター 
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