2017年08月31日09時50分掲載
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終わりなき水俣
公式確認61年水俣病犠牲者慰霊式「精いっぱい生きていく」 胎児性患者 滝下 昌文さん
水俣病は公式確認から61年となった5月1日、水俣市の水俣湾埋め立て地で犠牲者慰霊式が営まれ、患者や遺族ら約700人が参列した。患者・遺族を代表し胎児性患者の滝下昌文さん(60)が祈りの言葉を述べた。以下は「祈りの言葉」の全文。
「祈りの言葉」
胎児性患者 滝下 昌文さん
水俣病犠牲者慰霊式にあたり、水俣病で亡くなられた方の御冥福をお祈りします。
私は、昭和31年、水俣病公式確認の年に生まれました。生まれたときから水俣病の胎児性患者です。それで、健康な自分を知りません。
子どもの頃は、水俣市立病院に入院し、そこから学校に通っていました。学校を卒業し、私達は、何かをしようと考えていました。私は、明水園にいる従弟のために歌手の石川さゆりさんを水俣に呼べないかと思うようになりました。
20代になった私達は、「石川さゆりさんを招(よ)ぶ若い患者の会」を作り、人に認められることをしたいと思い、「石川さゆりオンステージ」を開きました。自分達でポスターを貼ったり、チケットを売ったり、ビラをまいたりしました。
その結果、定員を超える人達が来てくれて、コンサートは大成功に終わりました。
そのときの私達の活動やコンサートを記録した映画の上映会を、平成22年にしたとき、石川さんが駆けつけてくれ、私達との再会になりました。
私達は、60代になる節目の年に、「もう一度石川さんを呼ぼう」「もう一度あの頃の元気を取り戻そう」との思いから、「若かった患者の会」を作りました。しかし、子どもの頃からいっしょにがんばってきた仲間も、年を取って体が思うように動かなくなりました。それでも多くの人たちに助けられ、今年の2月、「石川さゆりコンサート」を開催することが出来ました。
今度のコンサートは、多くの人に来てもらいたいとの思いから、昼と夜の2回開催しました。しかし、夜の部のチケットは、なかなか売れず、福岡や熊本など売って回りました。また、知り合いに買ってもらいました。
当日、コンサートには、たくさんの人が来てくれて、私達に対する熱い思いを感じ取ることができました。また、石川さゆりさんの私達に対する温かい思いやりを感じました。
ひとつの大きな節目が終わりました。でも私達の人生はこれからも続きます。これまで支えてくれた親や家族を失くした仲間もいます。私達は、これからの生活に大きな不安を抱えています。
私達は、胎児性の患者であり、普通の人ができることもできないことがたくさんあります。今後も力を貸してくれる皆様の支えが、私達のこれからの生きる力になると考えています。
私は、今回のコンサートの開催にあたり、みんなのがんばりを身近に感じ、今後生きていくための大きな力や自信になりました。また、たくさんの人達の支援をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
過去は変えられません。しかし、私達がこうして精一杯生きることが、息子や未来に向かって生きている誰かの心の支えになればと思います。
最後に、思いを寄せてくれるすべての皆様にお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
平成29年5月1日
患者・遺族代表 滝下 昌文
*この記事は、本願の会の会報「魂うつれ」第70号(2017年7月)からの転載です。
<「本願の会」とは>
「水俣病事件は近代産業文明の病みし姿の出現であり、無量の生命世界を侵略しました。その『深き人間の罪』を決して忘却してはならないと訴え『魂魄の深層に記憶し続ける』ことを誓って、平成6年(1994年)3月『本願の会』は発足しました。その活動は、生命世界の痛みを我が受難として向き合い、対話と祈りの表現として、水俣湾の埋立地に会員の手彫りによる野仏(魂石)を建立し続けていきます。現代における『人間の罪責』、その行方は制度的埋め立てによって封印されてはなりません。いまを生きる私たち人間が、罪なる存在として背負う以外に魂の甦りはないと懸命の働きかけを行っています。」
これは、水俣病情報センターのパネルに会員が書いた紹介文。
「本願」があるからといって特定の信仰を持つ宗教団体ではないのは当然のことだが、従来の裁判や政治交渉とは異なる次元で水俣病事件を核にした「命の願い」を「表現する」人々の緩やかな集まりである。運動体でない。
発足時のメンバーには、故田上義春、故杉本雄・栄子夫妻と緒方正人さんら水俣病患者有志、それに石牟礼道子さんが名を連ねている。それから20余年、現在は石牟礼さん、緒方正人、正実さんらが中心となって野仏を祀り、機関誌『魂うつれ』の発行を続けている。
祀られている野仏(魂石)は55体。『魂うつれ』は季刊で発行、1998年11月の創刊、2017年7月で70号を数えた。
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