2017年09月09日21時11分掲載
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文化
【核を詠う】(243)山崎啓子歌集『原発を詠む』を読む(1)「『虫や鳥の異変の次はヒトの番』生態学の説怖ろしき」 山崎芳彦
今回から読む山崎啓子歌集『原発を詠む―末期がん患者の最後の闘い』(2017年6月26日刊、デザインエッグ社発行)の作者は埼玉県越谷市の歌人であったが、まことに残念なことにこの歌集が完成した直後の7月2日に逝去されてしまった。享年69歳であった。この歌集が刊行されたことを知って筆者が作者のお話を聞きたいと思いご自宅に電話を差し上げて、御夫君の山崎啓次氏からそのことをお聞きし、歌集発行の経緯などについても伺ったのだが、歌集の完成を喜んで一週間後にはかなくなられた作者を偲んで、またその歌業の意義を尊く思い、この連載に取り上げさせていただく。
山崎啓子さんのご遺族、歌友の方々の深い思いもあってのことであろう、『原発を読む』に続いて山崎啓子短歌・第二集『白南風』、第三集『遺影』が刊行されている。その『白南風』に作者が病床にあって書かれた(2017年6月21日)「あとがき」があり、作者の短歌についての思い、とくに原爆や原発をテーマに詠うことにつながったであろう短歌との出会いについて記されている。山崎啓子さんが歌作を本格的に始めたのは、2004年(平成16年)とご夫君啓次氏による年譜にあるが、早くから作者は短歌に関心を持ち、原爆詠に強い感銘を受けていたことが明らかにされている。その「あとがき」から抽かせていただく。
「まだ、短歌を作ることなど考えもしなかった二十代、それでも三十一音が織りなす調べに浸るのは好きだった。そして、当時の私には千八百円は高額だったけれど、思い切って手に入れた『短歌、そしてピープル』。
昭和五十二年発行のこの本の名歌集三千一首のなかに、この歌を見つけた時は思わず息を呑んだ。
原水爆管理さけべるが乞ふに似ておよそ貧しき小さき国々 持田勝穂
角川『短歌』昭和二十九年六月号からの抽出十八首の中の一首だった。その時はまだ、作者持田勝穂という歌人を全く知らなかった。
今、この歌が『近代の靄』(昭和31年8月、新典書房刊 筆者注)に収められているのを知り、中古本のネットで購入した。赤茶けた紙に旧字体使用の五百二首のなか『いのち消えず』(久保山愛吉氏を悼む)のページにこの歌はあった。
世の隅に行きつづけふの悲しみにわたくしならぬ怒こみあぐ
水爆の実験をまた繰返すビキニとの距離感ずる皮膚に
昭和二十年代に続いたソ連、イギリスの核実験、そして昭和二十九年三月、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験。あの第五福竜丸の乗組員が被曝をした年である。六十年前の歌にもかかわらず、私には作者の悲しみがリアルに伝わってくる。
勝穂は、昭和五十六年に長崎を原爆忌に訪れている。そのときの十四首が『博多川』に並んでいる。原爆投下後三十六年ということもあり、
路面電車停まる街上にわれも立ちつ黙禱ささぐ午前十一時二分
静かなる町のくらし見む長崎の八月九日悲しみの朝
稲佐山はみどりに映ゆれ今日といふ原爆の日を忘れざるべし
(略)
勝穂は決して声高に外に向かって叫んだり、非難めいた調子では歌わない。視点はあくまで犠牲者たち弱者へ向けられている。この内側に向いた眼差しゆえに、遥かな時を越えてこれらの歌はせつせつと響いてくるのだろう。」
「あとがき」は、さらに続くが、「かつて、私が勝穂の『詠嘆』に遭遇したように、後の世の誰かと私の魂の交感ができることを、この一冊の本に託す。」で終っている。この「あとがき」は第二歌集『白南風』のものであるが、あえて第一歌集の『原発を詠む』の今回に引用させていただいた。
今は亡き山崎啓子さんの三冊の歌集の短歌作品には、原子力詠のほかに多くの豊かな実りが集められ、作者の生きた日々の充実ぶりをうかがわせているが、この連載では原子力詠のみを抄出・記録させていただくことになる。
今回から、『原発を詠む』にはじまり、三歌集を読み継いでいきたい。まず第一歌集から読む。なお、著者略歴として、「1948年(昭和23年)生まれ。栃木県宇都宮市生まれ、地元の大学を卒業後、埼玉県に転職。母の死に遭い、短歌を詠み始めた。東日本大震災後は脱原発の思いを詠み続けている。69歳のとき、末期がんの宣告を受け、闘病しながら短歌づくりに励んでいる。」と記されている。
◇原発爆(は)ぜる◇(抄)
二つ目の原爆ドームさながらに骨組みだけの原子炉建屋
列島の過疎地に原発建てられき 命の重さに都鄙(とひ)の差あるや
原発の事故は変えて終いぬ何もかも「ふくしま」と呼ぶ地の響きさへ
msv(ミリシーベルト)をmg(ミリグラム)並みに聞き流し破滅の日々にか慣らされてゆく
ジプシーのごとく原発渡り行く男のからだ蝕む放射能
白血病になりて逝きにし作業員原発の町の秘め事として
どれだけの事故と被爆がありにけむ爆ぜる日までは全て隠されて
かつて牙城と聳(そび)えし原発過疎の地に富をもたらしそして奪ひぬ
原発の町に建てたる家の鍵避難の人ら今も持ちいむ
ナヴァホ族の聖なる山からウラン採る米日企業神を恐れず
土地を売りウラン鉱掘るアボリジニー原発のなき国に住まいて
この日本に一・六・九の忌のあるを三・一 一まで我ら忘れき
(3・1ビキニ水爆、8・6、8・9原爆忌)
人類の過ちこたびは許されず終末思わす夕あかね空
本当は虎の尾を踏みてゐしこと原発依存の日には気づかず
ウラン鉱日本にもありき人を喰う大蜘蛛の民話伝わる人形峠に
原発の安全神話崩れ去り民話の語る真実残る
原発の映像ゆらゆら揺れていて解説者の声ももやもやとせり
四日市と水俣の子ら思いつつ『福島きぼう日記』を読みぬ
日記綴るこころ早らむ 十五歳になれば一時帰宅できると
廃坑となりて四〇年 山積みの残土はラドンの妖気を放つ
東電の重役はニュース読むごとく下請けの人の被曝を言へり
周辺の町々をすっかり空にしてそれでも企業はながらへんとす
作業被曝訴え続けし歌人あり生あらば今をいかに詠むらん
原発の爆発映像すさまじきわれらは長く長く悔やまむ
作られては消ゆる現代の神話かな「無敵の日本」「無欠の原発」
◇埼玉県東部の町で◇
去年と変わらぬ雛人形に見送られ反原発の集会へ行く
電力不足の大合唱に呑まるるや「反原発」は届かぬ叫び
われに残る時間ほどには減りゆかず0・一七の市の線量は
汗ばみて母らは削る校庭を原発から二百キロ線量高し
原子力時代の汚染土校庭にタイムカプセルのごとうめらるる
除染後の校庭に雪降り積もり足跡ひとつつかぬままなり
原発から二百余キロのこの町も線量測定ついにはじめる
雨風を疑うことに疲れ果て低線量被曝甘受してゆく
放射線の量も分からず吸う空気かくも頼りなし人の五感は
庭隅のここは確かに吹き溜まり落葉も塵もセシウムも積もる
原発の電気来ぬ首都圏の夏終わるいつときたりとも停電のなく
◇避難の人たちと市民の交流会で◇(抄)
いわき市の人との交流会に来て「草野心平」のこと語り合う
結婚の差別やはり起こりしと老母話すをうなだれて聞く
父母のことなど偲び「ふるさと」を帰郷かなわぬ人らと唄う
この街も福島いわきの線量も0・一七なること言へぬわれなり
一Fに働く夫心配と呟くように言う人のあり
(一F…福島第一原発)
◇ベクレル・シーベルト◇(抄)
寒き夜も校庭に白く立ち通すモニタリングポスト歩哨のごとし
墓標にも見ゆる汚染水タンクひとの過ちのシンボルとして
底知れぬ不安ぬぐえず役所から今日は借り来ぬ線量計を
トマト苗に線量計そっと押し当てる 子の体温測りしように
線量の高くば蛍は光らぬと言われ見つむる草間の明滅
痩せたる牛の映りたり人らの消えし町のニュースに
再稼働を報ずるテレビかつての日痩せぎすの牛の映像流しき
この国に放射能汚染なきがごと夕日に染まるうろこ雲美(は)し
セシウムを土から稲に移すまじ福島の村の一念実れよ
報われむ農家の意気地ゼオライト入れし田圃も収穫のとき
「真の文明は山川荒らさず村破らず」と百年前の田中正造
全原発止まりしままの列島の中秋の月いにしえの色
原発には無縁のごときこの市にも月に一度の金曜デモあり
忘れよと言うかのごとく新聞は線量表の掲載打ち切る
◇風化そして風評◇(抄)
百年しか生きぬわれらが核ゴミの十万年後の無害化をいう
千メートル掘らば温泉の出る国に核ごみ埋める場などはなくて
避難せし人らの三年 悲しきは田の荒草か進む「風化」か
わが町の避難者の会も四年目に乳飲み子すでに幼稚園児に
原発を断たむと決めて生き方を変えし若者眩しかりけり
原発はまたも稼働か 仰ぎ見る辛夷の赤きいびつなる実を
出身地言えぬ悲しみ負わすのか福島の子ら恋するころに
この国のおとな罪深し 関東の子の尿からもセシウムのい出て
尻に腫瘍(しゅよう)持てる鶯 原発の風下の村に発見されにき
深刻なる二万ベクレルのセシウムが食物連鎖下位の蚯蚓(みみず)に
「虫や鳥の異変の次はヒトの番」生態学の説怖ろしき
福島の漁業壊しし汚染水 名産メヒカリの唐揚げを恋う
いわき市の旅館に泊まれば原発に出稼ぎの人で賑わいており
会津米五キロの袋に放射能不検出の安堵詰められていむ
白南風(しらはえ)よ風評颯(さっ)と吹き飛ばせ 福島の田も出穂(しゅっすい)のころ
次回も『原発を詠む』の作品を読む。 (つづく)
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