2017年10月16日17時16分掲載  無料記事
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検証・メディア

安倍晋三の対朝鮮政策はまちがっている 俎上に載せられているのは東アジアに住む私たちの生命

 朝鮮の核・ミサイル問題についての安倍晋三総理大臣の主張が、ほとんど挑戦を受けることなくマスメディアで繰り返し伝えられている。しかし安倍晋三の主張は間違っている。そして、それを指摘しないマスメディアは世論をミスリードしている。(Bark at Illusions) 
 
 
「北朝鮮の約束は2回とも破られて、話し合いは……核開発の時間稼ぎに使われてしまった」 
「対話による問題解決の試みは一再ならず、無に帰した」 
「必要なのは対話ではない。圧力なのです」 
「北朝鮮の側から、政策を変えますから話し合いしましょうと言ってくる状況を作らなければならない」 
 いずれも安倍語録である。 
 
 
 まず、これまでの朝鮮との合意が崩壊した責任を朝鮮政府だけに押し付けることはできない。その責任はむしろ合衆国政府にある。 
 
 最初の「北朝鮮の約束」である米朝枠組み合意(1994年)は、合衆国側が破棄した。朝鮮は、合衆国側の合意の履行の遅延(議会で多数を占めていた共和党の反対や妨害によって民主党のクリントン政権は合意を思うように履行できなかった)にもかかわらず、枠組み合意に従って核開発を凍結していたが、ブッシュ政権は朝鮮のウラン濃縮計画の存在を理由に枠組み合意を無効化した。その結果、朝鮮政府は核開発を再開し、2006年の最初の核実験につながった。 
 
 もうひとつの「北朝鮮の約束」、朝鮮と合衆国・日本・韓国・中国・ロシアによる6者協議での合意については、共同声明(2005年)が発表された直後に合衆国政府が偽ドル流通疑惑やマネーロンダリング(資金洗浄)疑惑を理由に朝鮮に経済制裁を課したため、朝鮮政府は反発して核開発を再開。翌年、最初の核実験を行った。 
偽ドル流通疑惑は中央情報局(CIA)による捏造事件だったと伝えられている。2006年に朝鮮が核実験を行った直後に6者協議は再開され、朝鮮政府は2007年に交わされた合意に従って核実験を停止し、原子炉の運転も停止した。 
 しかし朝鮮の核放棄の検証方法を巡って2007年の合意は頓挫した。合衆国と韓国が合意にない検証制度を要求したため、朝鮮が反発。これに対して合衆国や日本・韓国が合意されていた朝鮮へのエネルギー支援を打ち切ったため、6者協議での合意は事実上破綻した。 
 
 対話については、朝鮮政府は合衆国が敵視政策をやめることを条件に、核開発や中長距離ミサイル開発を放棄することをこれまでに何度も提案している。朝鮮政府が求めているのは合衆国との平和条約の締結だ。2016年にも、朝鮮政府は合衆国との平和条約締結を再度提案するとともに、合衆国による核の脅威がなくなることを条件に朝鮮半島の非核化協議の提案を行っている。オバマ政権はこうした朝鮮政府の提案に一切応じず、韓国との合同軍事演習の規模と頻度を拡大させた。その結果、朝鮮政府は核・ミサイル開発を加速させた。 
 
 これまでの事実を振り返ると、朝鮮政府は対話姿勢で臨めば核・ミサイル開発を凍結あるいは放棄する姿勢を示し、強硬姿勢で臨めば核・ミサイル開発を強行している。つまり朝鮮政府に核・ミサイル開発を放棄させるには、制裁や圧力よりも対話や交渉の方が有効だったといえる。 
 
 現在の状況に目を向けると、国際社会は朝鮮との対話を求めている。マスメディアではほとんど報じられることはないが、9月に採択された国連安保理決議2375は朝鮮に対する制裁だけでなく、対話の重要性も強調している。ロシアと中国からは、朝鮮の核・ミサイル開発の凍結と引き換えに合衆国が韓国との合同軍事演習を停止して交渉を開始させるという提案がなされている。スイスやドイツは交渉の仲介役を申し出ている。朝鮮政府が米韓合同軍事演習の中止を条件に核・ミサイル開発を中断すると繰り返し表明していることを考えれば、合衆国が韓国との合同軍事演習を停止すれば、朝鮮の核・ミサイル問題の解決、朝鮮半島の非核化に向けて交渉を開始することは十分可能だと考えられる。 
 
 朝鮮の核・ミサイル問題を理由のひとつに挙げて衆議院を解散した安倍晋三だが、朝鮮についての彼の認識は誤っており、その政策も間違っている。 
 
 ドナルド・トランプが合衆国大統領に就任して以来、日本でも「ファクト・チェック」という言葉をよく見聞きするようになったが、政治家の発言内容などの真偽を検証するファクト・チェックも報道機関の重要な役割のひとつだろう。ところがほとんどのマスメディアは、朝鮮との対話の必要性に時々言及する以外は、安倍晋三の主張を批判・検証することなく繰り返し伝えている。そればかりか、朝鮮による「挑発」ばかりを強調して朝鮮の脅威を煽ったり(Bark at Illusions、17/9/20)、対話を求めるロシアの動機を疑ったり(Bark at Illusions、17/9/11)するなど、安倍晋三の対朝鮮政策のPR(注1)を行っている。 
 
 合衆国と朝鮮の戦争が再開すれば、日本人も含めて東アジアで100万単位の人間が殺されると推測されている(注2)。安倍晋三は、トランプ政権が「全ての選択肢がテーブルの上にある」と言って軍事的選択肢を排除していないことを勝ち誇ったように宣伝しているが、軍事力行使とともに俎上に載せられているのは、日本や韓国・朝鮮など東アジアに住む私たちの生命、私たちの一人一人の人生だ。 
 
 報道機関を自負するマスメディアには、それにふさわしい報道を求めたい。 
 
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注1:パブリック・リレーションズ(Public Relations)の略称。好意的な世論を作るための積極的なコミュニケーション戦略のことで、プロパガンダと同義。 
 
注2: 例えば、対朝鮮軍事演習のシナリオ策定に携わった合衆国のチェタン・ペダッダ元陸軍大尉は、朝鮮が通常兵器のみを用いた場合でも「死者は数十万人に達することが確実視される……日本や米西海岸に核弾頭搭載の弾道ミサイルを撃ち込んだ場合、被害は桁違いに増大する」との警告をアメリカ外交政策研究季刊誌・フォーリン・ポリシーに寄稿している(産経17/9/10)。また、合衆国・ジョンズ・ホプキンス大学の研究グループ・38ノースは、朝鮮が既に配備しているとされる「核兵器を搭載したミサイルで東京とソウルを攻撃した場合、最大で死者が計210万人に上るという試算を発表し」ている(朝日17/10/7)。 
 
 
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