2017年10月31日23時02分掲載  無料記事
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「読書三昧」〜 山口敬之「私を訴えた詩織さんへ」(月間Hanada) も読んでみた〜 森まゆみ (作家、エッセイスト)

  本当に気ままな読書三昧のつもりで書いた「BlackBox」の感想にたくさんの反応があった。それで、片方の意見だけ聞くのは公平でないと思い、山口敬之「私を訴えた詩織さんへ」(月間Hanada)も入手して読んでみた。私は山口氏とはあったこともないので先入観もないし、直接関係ない家族に対する誹謗中傷などはもってのほかだと考える。 
 
  さて山口氏は、初めて会ったのがニューヨークのキャバクラで、いかにも詩織さんが「キャバクラ嬢だった」と匂わせているが、嫌な感じである。経済的にゆとりのない中で、自費でジャーナリズムの勉強をしていた詩織さんを貶めるものだ。キャバクラでアルバイトして何が悪い。大きなテレビ局の支局長はそのキャバクラに行って遊んでいるのでしょう? 
 
  さらに、異国で、日本の業界にツテもない詩織さんが、必死で仕事を得ようとしているのに、「インターン希望者が面接日時を指定してくる異常性にたじろぎ」などというルックダウンな表現をしているのは、違和感を覚える。大学卒業時にマスコミ大企業に入ったエリートは、フリーランスやいい職を得られにくい人の立場を忘れやすい。こういう記者には、庶民の立場に立った記事は書けないのではないか。 
 
  逆に言えば、公正であるべき支局長が、最初に「キャバクラ」で会った後、詩織さんの意欲的なメールに答えて、日本テレビのニューヨーク支局にインターンをできるように計らったのは、詩織さんの仕事の質を見て評価してのことなのか、それとも彼女自身に関心があったのか、全く語られないままだ。そもそも、ライバル局にインターンを世話するものなのか? 
 
  そして「詩織さんの強い要望によって」会うことになり、2015年4月3日に例の恵比寿での二軒の飲み屋に行った。この時、山口氏はワシントン支局長の職を解かれていたのか?手記ではその辺の時系列が明らかではない。誠実な人ならば、先に「私はワシントン支局長ではなくなっているので、あなたにポジションを与える立場にない」と事前でも、会合の最中でもいうべきだと思う。そもそも支局のインターンでない有給ポストは支局長の一存で決められるものなのか。就職を求める学生と二人でお酒を飲んで、ホテルに行くことはTBSは禁止していないのか。山口氏は51歳で定年前にTBSをやめているが、それはどういう経緯でどういう退職なのか。この辺、山口支局長解任の日付とともにTBSに聞いてみたい。 
 
  要約すると、山口氏は、「詩織さんは全く朝まで意識はなかったと言っているが、ホテルでも自分の鞄を抱えて、部屋までヨロヨロ歩き、お手洗いで何度も嘔吐し、夜中にもペットボトルの水を飲んだりした。それを意識がなかったというのは彼女の「ブラックアウト」(記憶喪失)あるいはそのフリである。性的交渉はあったが、それは暴力によるレイプではなく、合意の上である」と言いたいのらしい。 
 
  私は今まで、女性の大虎というのを何度か介抱したことがあるが、本人たちはその時は結構意識のあるような言動行動をするが、後で聞くと覚えていない。直前まではしっかりしていたのに突然気を失ったりする。詩織さんは「飲み過ぎないように注意すべきだった」という人もいるが、無理な話だ。しかし、ホテルに残された血痕や膝の痛みなどは何らかの暴力があったことをうかがわせる。そうでなくとも、嘔吐し、酔い潰れている女性と、何で性行為をしようとするのか。女性にとって、それが楽しいことなはずはないではないか? 
  「11時までに仕上げなければならない仕事があり、翌日はアメリカに帰るところで、大変迷惑だった」と山口氏は忙しいことを誇示しているが、ちゃんと仕事は済んだのかしら。そんなに忙しいなら、「迷惑」をホテルに抱え込まずに、タクシーにお金を払って川崎まで送ってもらうなり、救急車を呼ぶなり、病院に連れて行くのが常識的だろう。私も大虎になったテレビディレクターの女性を、家の住所もわからないので、仕方なくその局の夜警のおじさんに預けてきたことがある。局内の立場が悪くなるかな、と多少心配はしたが。 
 
  タクシーの運転手さんに、「大虎の女性をのせた時はどうするの?」と聞いた。「一番近くの交番に届けます。それも絶対に体には触らない。あとで襲われたなんて言われたら困る」これが、フラットな関係者同士の常識だろう。何か別な考えや期待がなければ、ホテルなどへ連れて行くのは「李下に冠を正すもの」だろう。ましてや、酔いつぶれて嘔吐している女性と避妊具もつけずにことに及ぶなど常識では考えられない。 
 
  人の心は、複雑だ。詩織さんの気持ちも迷走したかもしれない。山口氏への期待が失望に変わり、報復を恐れ、自分の未来を考え、過剰に取り繕ったり、一時は穏やかにここを過ぎたい、忘れたい、とも思っただろう。でも沸き上がる怒りを抑えられなかった。親切ごかしなことを言ったって、ホテルに連れていった時点で、この男性はアウトだ。もし63歳の私が一緒に飲んでいて泥酔したら、ホテルで休ませてもらえるのかしら。 
 
  こういう人は、「Black Box」で詩織さんが繰り返し書いている「女性の妊娠の恐怖」への想像力など微塵もないと思います。この件は「詩織さん事件」でなく、「山口敬之氏事件」と呼ぶべきだろう。 
 
 
森まゆみ (作家、エッセイスト) 
 
 「暗い時代の人々」「子規の音」など多数の本を執筆。地域雑誌「谷中・根津・千駄木」(谷根千工房)を創刊し編集するなど、新しい出版活動を行ってきた。 
 
※森さんのFacebookでの書評から許可を得て転載させていただきました。 
 
■伊藤詩織さんの外国人記者協会での記者会見  レイプされた体験と日本の警察・司法への疑問を世界からの記者団に告発 
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