2018年01月01日08時06分掲載  無料記事
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アジア

【バンコク便り】(1)前国王の祭壇をお参りした  高田胤臣

 明けましておめでとうございます。今日1月1日から始まる新企画をお送りします。タイに魅せられ、タイ社会に溶け込んで長年バンコク暮らしを続けているある在タイ邦人による「バンコク便り」。出版社「めこん」のホームページから、同社のご厚意で、筆者のご了解のもとに転載させていただきます。市井の人たちの息遣いが聞こえようなエッセイの数々です。第1回は前国王の死から1年、喪が明けたバンコクの様子です。(編集部) 
 
 プーミポンアドゥンヤデート前国王を火葬した祭壇が2017年11月2日から月末まで一般公開された。8ヵ月かけて造ったが、公開期間が終われば解体される。おそらく一部はどこかの博物館に寄贈されるのではないかとは言われているが、10月26日のたった1日のためだけに建造された刹那的な最高位の祭壇だ。 
 
 当然、前国王が崩御した日とこの火葬が行なわれた10月26日はタイの歴史が大きく変わる節目でもあった。しかし、正直なところ、かつての僕であればあまりこういったものに興味はなかった。バンコクの定番観光スポットであるエメラルド寺院や涅槃像で有名なワットポーも、初めて訪れたのは初訪タイから数年経ったあとだ。まったく見たいとも思わず、以前は古いものではなく、現在のタイ人そのものに興味があった。 
 
 それが歳をとったからか、ある程度タイ人がわかってきたからか、今はもっと深くタイを知るにはタイの歴史を学ぶ必要があると思っている。一番最初にそれを思ったのはタイではなくカンボジアだった。僕は、アンコールワットの直線と方角をビシッと定めたあの造りに感動した。この国になんでこんなにもきっちりしたものがあるのか、と思った。そして数年前、タイ東北地方の玄関口、ナコーンラーチャシーマー県にあるピマイ遺跡を初めて訪ねた。ここもタイ国内にありながらアンコールワットと同じクメール遺跡であり、やっぱり方角と直線の美しさがあった。自分にも遺跡がおもしろいと感じるときが来たのかと自分に驚き、こういった昔のことを知るのもいいなと考えるようになった。 
 
 今回の火葬の祭壇は古いものではないけれども、タイの宗教美術と仏教の歴史が織りなす最高の芸術品でもあり、今後語り継がれるであろう。ちょうど友人が日本からやってきたので、いい機会だからから見ておこうと、僕は重い腰を上げた。 
 
◆警官とおばさんとどちらが正しいか 
 
 さて、友人を連れて現地に赴いたのはいいにしても、そもそもどこから入るのかがまったくわからない。王宮前広場で葬儀が執り行なわれたのは知っているが、祭壇見学の入り口はまったく調べずにやってきた。ちょうど友人は過去に訪タイ歴があり、カオサン通りも久しぶりに見てみたいというので、カオサンに寄り、歩いて広場に向かった。 
 
 適当に誰かに訊いてみようとしたところ、ちょうど国立博物館前にいた物売りのおばさんと目が合った。 
 
「入り口はターチャーンの前よ」 
 
 ターチャーンは王宮やワットポーに最も近い船着場だ。BTSサパーン・タークシン駅前からの水上バスの発着場でもある。国立博物館からならタマサート大学の方に向かい、仏像のお守りを売る市場を過ぎたらすぐだ。 
 ところが、僕はなるほどと思いながらも、なぜか、これはほかの人にも訊いた方がいいなと考えてしまった。よくタイ人はわからないことをわからないと言わず、適当に臆測でものを言う。僕は勝手にその物売りのおばさんもその部類だと思ったのだ。 
 
 ターチャーンは王宮前広場から見て南西の辺りにある。近くにいた警察官に尋ねたら、真逆の北東側に入り口があると言った。僕は警官を信じた。 
 しかし、結論から言うと、物売りのおばさんが正しく、警官も間違ってはいないが、そこはタイ人専用の門で、外国人は南東側にある門に行かなければならなかった。結局、王宮前広場をぐるりと周回する羽目になり、時間にして30分以上歩くことになった。もしおばさんを信じていれば10分も歩かなかったのに。 
 
 この祭壇は11月末まで公開されているので、もし行ってみたい人はターチャーン船着き場を目指すか、サパーンチャーン・ローングシー交差点を目指すこと。外国人はパスポーートかタイの運転免許証などの身分証明書を提示すれば入れる。 
 
◆王宮前広場や王宮周辺は通行止めが続く 
 
 王宮前広場や王宮周辺は通行止めが続く。王宮やワットポーは検問を通らなければならないが、通常営業をしている。 
 
ターチャーンの検問所 
ターチャーンの検問所。身分証明証を防犯カメラに掲げて見せながら入場する。 
 
 
 驚いたのは喪服姿がほとんどいなかったこと 
 
 祭壇見学で懸念していたのは、服装はどうなのかということだった。一応10月29日で服喪期間が終わってはいるが、敬愛された前国王の最後の地。王室や宗教関係には保守的なタイ人だから、喪が明けているとはいってもさすがにジーンズにTシャツではまずいのではないかと思った。僕は一応紺色の長袖シャツを着ていったが、下はチノパンだったし、友人はTシャツだ。 
 
 ところが、検問所でもなにも言われなかったし、それどころか、タイ人でさえ喪服ではない。赤い派手なシャツを着ている人もいた。服装はまったく問題なかったのだ。もちろん、例えばタイの寺院では女性のミニスカートなどは禁じられているので、おそらくそういった服装は注意されるだろう。要は常識的な範囲であれば、喪服でなくてもいいのだ。 
 
 さらに驚いたのは、近辺に警察官や軍人はいるものの、特に厳重な警備でもなかったし、タイ人も中国人団体観光客らも笑顔を見せながらべらべらとしゃべりながら歩いていたことだ。敬意といったものを押しつけられて、静かに会場に向かわなければならないのかと思ったら、まったくそんなことはなかった。前国王が崩御されてから1年間はこの周辺はタイ全土からたくさんの弔問客が訪れ、雰囲気も重々しいものだったが、服喪期間が明けた途端、がらりと変わってしまったようだった。 
 
 タイ人は写真撮影に余念がない 
前 のグループが退出するのを待っている間もタイ人は写真撮影に余念がない。 
 
◆ちゃんと一般公開は最初から決めていたこと? 
 
 祭壇の見学は1グループが45分間の時間制になっていた。1グループは数百人単位で、入り口に入るとまずは待合所に誘導される。そこで数百人が席に座らされ、座席がいっぱいになれば別の列に連れて行かれて次のグループに入ることになる。 
 
 軍人らが先頭に立っているようではあったが、ボランティアの誘導員も多かった。入り口ではボランティアたちが無料で水と食べもの、団扇を配ってくれる。水はいいにしても、食べものは唐揚げともち米が紙に包んであるのだが、どこで食べろというのか。団扇も形が変で、扇いでも風が来ない。前国王のことや祭壇について書かれたパンフレットももらえる。ただ、タイ語と中国語しかないようだった。 
 
 ボランティアは僕自身がレスキューのボランティア隊員をやっていることからなんとなくわかるが、レスキューは暇潰しでやっている人が多いのに対して、さすがにここで働くボランティアは国のために、王室のために働こうという前向きな意志があると感じた。おもしろいのは、ここのボランティアたちを支えるためのボランティアたちも裏にいることだ。食料や水はそういった裏方が手配しているのだ。 
 
 前グループの見学が30分を過ぎると移動開始となる。まずは祭壇周辺の外門の前で時間が来るのを待つ。そして、前のグループが出て行くと門が開き、我々の番になる。 
 
 僕は内心でかなり驚いていたのが、この手際のよさだった。王室の関係施設であるし、上が軍や警察の関係が司っているからというのがあるにしても、タイでここまで人の流れを管理することができるのか。それに、祭壇周辺を巡ってみると豪華な飾りすべての説明文がしっかりと展示されている。祭壇の周囲にある施設も現国王陛下やVIP来賓が来るからと、たった8ヵ月とはいえ当然しっかりとした造りになっていた。国民には葬儀後に一般公開のことが発表された印象があるが、これはかなり前から準備していたに違いない。あまりにもすべてがしっかりしていた。 
 
 火葬場となった祭壇は美術センスのない僕が見ても確かに素晴らしいものだった。実は火葬自体はテレビでは放映されていない。あの日、朝から葬儀の様子をずっとテレビは追っていたけれども、夜10時に火が入るタイミングでその中継は打ち切られた。だから、ほとんどの人がこの一般公開でその祭壇をしっかりと目にした。きらびやかで荘厳で、じっと見入ってしまう素晴らしさがあった。 
 祭壇の周囲の施設には制作過程や、関連美術品が丁寧に展示されていた。見学は45分間だが、出て行くのは自由。しかし、本当にすべてを見ておきたいのであれば45分ではまったく足りない。その場合はもう一度門に入って見直すしかない。 
 
 見学に訪れていたタイ人の中にはおしゃべりしながら笑顔でいる人もいたし、祭壇の前で地面にひれ伏して最敬礼する人もいた。意外とタイ人はドライだなと感じた。タイも時代と共に変わりつつあるのかもしれない。 
 
 
筆者はバンコク在住のライター。 
高田胤臣(たかだ たねおみ) 
報徳堂ボランティア隊ホアイクワン005 
著書に、2011年2月に彩図社より「バンコク 裏の歩き方』(皿井タレー共著)、2012年8月に同社より「東南アジア 裏の歩き方」を出版。現在はバンコクに編集部がある月刊総合誌「Gダイアリー」に複数の連載やほぼ毎月特集記事を、ウェブサイト「日刊SPA!」やバンコクの無料誌「DACO」にて不定期で執筆中 
 
http://nature-neneam.boo.jp/ 
 
(「めこん」ホームページから) 
http://www.mekong-publishing.com/ 


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