2018年01月15日22時09分掲載  無料記事
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ドキュメンタリー映画の草創期の傑作  アイルランド漁民の生きる闘いを描いたロバート・フラハーティ監督の「アラン」

  ドキュメンタリー映画の父であるロバート・J・フラハーティのデビュー作がカナダエスキモーを描いた「ナヌーク」(1922)だった。名声を得たものの、その後、今一つ作品が不調だったアメリカ人のフラハーティは1930年代に入ると、英国から招聘されるようになる。声をかけたのは中央郵便局映画班(G・P・O)のプロデューサー、ジョン・グリアスンだった。グリアスンは社会派のドキュメンタリーの制作を指揮していたが、大自然の中に生きる人間の詩的な姿にこだわるフラハーティとは結果的にうまくいかなかったのかもしれない。しかし、英国に渡ったフラハーティは英国の映画会社からアイルランド西端のアラン諸島を舞台にした映画の制作資金を得ることとなった。こうして作られたのが「アラン (Man on Aran )」(1934)だ。 
 
  「アラン」では険しい絶壁の近くで海藻を岩を砕いて作った土と混ぜ合わせる独特の農業を行っている人々が登場する。激しい吹き曝しなので土が吹き飛ばされるために独自の土を作る必要があるようだ。そして、主人公になる母子の周りの男たちはサメ漁をしている。このサメ漁はかなりドラマチックに描かれているが、リチャード・メラン・バーサム著「ノンフィクション映像史」によると、サメ漁は撮影時にはすでに途絶えていたが、フラハーティが希望して島民たちに再現してもらって撮影したのだという。つまり、小舟を男たちが操るテクニックなども、昔の漁法を再現してもらったそうである。ドキュメンタリーでは再現という手法もあるが、むしろ、「アラン」はドキュメンタリーかどうか、ということよりも、荒々しいアラン島の大自然の中で生きる人間の劇を描いたかのように見える。そして主役ともとれる少年は未だ漁に参加させてもらうことができず、男たちの漁をある時は一人で、ある時は母親と見守るが、少年の心情は非常によく描かれている。ラストシーンの大嵐の中の漁師たちを見守る母子の姿は感動的だ。 
 
  この映画は公開当時、英国では批評家から厳しい評価しか与えられなかったそうだが、ベネチア映画祭では賞を得たとされ、実際に今日見ても、ほとんどサイレント映画に近い構成ながら、心を動かされる。それは人間が本来、自然の中で生きてきた裸の姿を思い出させてくれるからだろう。それこそフラハーティがこだわっていたことであり、「ナヌーク」で主演したエスキモーのナヌークは映画の公開から2年後に餓死したとされる。それだけ厳しい自然の中で生きている人間であり、フラハーティはそうした死も人間の生の中に含めて人間を見つめていたに違いない。 
 
 
■映画「アラン」(1934) 
https://www.youtube.com/watch?v=ZXYC5Sv_fOQ 


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