2018年01月17日21時47分掲載
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文化
【核を詠う】(254)遠藤たか子歌集『水際(みぎわ)』から原子力詠を読む(3)「避難先に食料を送りくれたるは沖縄の友 五年が経つた」 山崎芳彦
遠藤たか子歌集『水際』の原子力詠を読んできて今回が最後になる。貴重な短歌作品を読むことができた、さらに多くの人々による原子力詠を読んでいきたいと願っている。歌うことが行動の一つであれば、それを読むことも原子力社会からの脱却を目指していく力を蓄え強めていく行動のひとつであると思っている。その作品が訴え、伝えること、それを受けとめ考えることが、さらにさまざまな人を動かす力の源のひとつになり得るはずだと考えている。核をめぐる国内外の現状は、非常に深刻な状況にある。これ程核兵器の使用がさかんに公然と語られるのはかつてなかったのではなかろうか。また原発が国際的な商品として、政府・財閥企業によって押し出されているのも目に余る。報道によると、日立製作所がイギリスで進める原発事業に日英両政府が官民で総額約3兆円を投融資する資金枠組みが大筋合意したという。日立製作所といえば、次期経団連会長に内定している中西宏明氏(現在経団連副会長)が会長を務めている。中西氏は安倍政権と太いパイプを持つことで知られているという。
歌集『水際』の著者の遠藤さんは「福島第一原発事故からの六年半を、被災地に住む者としての視点で歌いました」としているが、その思いがしっかりと伝わる作品群を読みながら、福島原発事故がまさに福島の人々にとってだけでなくこの原発列島に生きる生命にとって「現在進行形」であること、さらに言えば広島・長崎の原爆被爆の苦難が「長崎原発被爆体験訴訟」(国が定める被爆地域外にいたため被爆者として認定されず被爆者健康手帳が交付されず、援護に差別があることを是正するよう求める訴訟が1審・長崎地裁、2審・福岡高裁で敗訴し、最高裁に上告されていた)に対して最高裁が昨年12月18日に上告を退けたことに示されるように「現在進行形」であることを思った。
原爆被爆者が、国が爆心地からの距離などの条件によって被爆者、被爆体験者などと区分分けしたことによって、行なわれるべき補償対策に差をつけられ苦難の生活を強いられた例は、長崎だけでなく広島でもさまざまにある。被爆から70年を越えても訴訟を続けなければならない,そのような「原爆被爆国」なのである。そして福島原発事故でもコンパスで線引きしたような地域区分で避難地域を分け、その地域以外からの避難者を「自主避難」として、それぞれ、被害者に対する補償、各種の対策を「差別」している。人が生きるための基本的な権利、憲法で保障される人格権を踏みにじるありようについて許し難く、認めがたく思わないではいられない。
関西電力が使用済み核燃料を青森・むつ市の「中間貯蔵施設」に一時保管することを計画しているという。高浜、大飯、美浜の各原発がそれぞれの原発のプールに保管しているが、すでに7割が埋まり、再稼働が進めば7年で満杯になるという。核廃棄物の最終処分場がないままの「中間貯蔵」とは何のことであろうか。原発を動かしている電力企業も、原発を推進している政府も、原発建設で儲けた関連企業も、まさに「わが亡きあとに洪水はきたれ」どころか、深刻・重大な原発事故が現在進行形であるにもかかわらず、なお原発再稼働を進め、海外への輸出を進めている。
また、核廃棄物最終処分場を求めて、政府は「科学的特性マップ」なるものを発表して、全国各地で説明会・意見交換会を開催し、国民的な理解を得るとしているが、スタート早々からその意見交換会への出席者集めのために、謝礼金を払っての大学生の動員、電力会社の社員の動員などが発覚して、中断せざるを得ない現状となっている。原発再稼働を進めながらの「最終処分場」問題の解決などあろうはずがない。
「原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟」(原自連、会長・吉原毅城南信用金庫元理事長、顧問・小泉純一郎、細川護熙両元首相)が、「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」の骨子案を1月10日に発表し、自民党を含めた全政党に賛同を呼びかけ注目されている。
同法案は「原発は極めて危険かつ高コストで、国民に莫大な負担を追わせる」ことから、基本方針として、「運転されている原子力発電所は直ちに停止する」、「運転を停止している原子力発電所は、今後一切稼働させない」、「運転を停止した原子力発電所の具体的な廃炉計画を策定する」、「原子力発電所の新増設は認めない」、「使用済み核燃料の中間貯蔵及び最終処分に関し、確実かつ安全な抜本的計画を国の責任において策定し、官民挙げて実施する」、「核燃料サイクル事業から撤退し、再処理工場等の施設は廃止する」、「原子力発電事業の輸出を中止し、人類の平和と安全のため、かつての戦争被爆及び原子力発電所重大事故の当事国として、地球上の原子力発電全廃の必要性を全世界に向けて発信する」、「進んでいる省エネルギーをさらに徹底させる」、「太陽光、風力、水力、地熱、バイオマス等の自然エネルギーを最大限かつ可及的速やかに導入する。自然エネルギーの電力比率目標は2030年までに50%以上、2050年までに100%とする」」、「地域経済の再生のため、各地域におけるエネルギーの地産地消による分散型エネルギー社会の形成を推進する」が盛り込まれている。
この「原発ゼロ・自然エネルギー基本法案」の実現に向けて小泉純一郎氏は、記者会見で「近い将来、原発ゼロは国民多数の賛同で実現する。国会で議論が始まれば国民は目覚める。そういう動きが出てくるまで粘り強くあきらめずに国民運動を展開したい」と語った(1月11日、毎日新聞)が、同基本法案の内容に、筆者は賛同したい。各政党はもとより、国民的な運動の高まりで、いま政府が進めている原子力・核政策を阻止する力を強めたいと思う。安倍総裁・首相の自民党の内部に何かが起きるかは不透明であるが、この基本法案を否定する政党・国会議員には主権者の強い批判が集中していくだろう。原発立地自治体の首長、議員の動向にも住民の声を上げていかなければならないだろう。
歌集『水際』を読む最後の回になるが、まとまらない筆者の断片的な思いを記してしまったが、遠藤さんの作品を読もう。
〈Ⅲ〉
◇二二〇歩(抄)
廃炉作業の建屋カバーが口を開くニュースの前にしばらく座る
なるべくは外に出ない日ときにあり動線ながく家内を歩く
ブラインド上げたる窓に広がりぬ稲作の出来ぬままの荒田が
◇ぽん菜(抄)
これ、ぽん菜新潟産と差し出され食む瑞(みづ)の茎雪野がにほふ
避難民などと称ばれて住む人らその地に根ざす土産を呉れる
そしてまた吾もディアスポラ原発の方より吹ける風に脅ゆる
◇地続きの(抄)
災害ラヂオの時報がふいに鳴り出して友は驚く受話器のなかに
三月は変若(を)ちかへる月朝毎にみどりの冴ゆる垣の檜葉(ひのきば)
春服のあふるるフロアにふと思ふ除染土のふえる地続きのまち
◇父の疎水(抄)
四度目の父母の避難地〈郡山〉疎水のみづのあつまるところ
いつさいを失くして笑ふ父が座(ゐ)る腎機能いたく衰へてゐる
幾たびも避難を拒みて閉口す原発事故の直後の父に
滔々とながれし疎水この父にわれは如何なる水路なりしか
◇ひつじぐも(抄)
みづのくに瑞穂の国のひつじぐも事故前もいまも浮かんでゐたり
柚子捥がぬ冬も四年目 風響(な)りを連れてあゆまむ年のはじめに
◇木菟のこゑ(抄)
ゆふぞらのいづ方よりかふとぶとと降るこゑのある耳をすませば
ほーほーほー低く淋しく聞こえくる声は人ならず獣にあらず
熊本城の瓦いつきに滑り落つる地震(なゐ)にも稼働す川内原発
氷塊も燃料棒の溶けたるもdebrisなり登山用語と知りぬ
放射能またく気にせぬ日のありて気になり仕方のない夜もある
ひと住めぬ村かなしけれ塀こえて若かへるでの爪紅そよぐ
木々芽吹く村をし行けど人を見ずよく来たといふ父も亡しはや
移転先の最寄り駅なるに何故ここに居るのといふ顔に見まはす母は
賠償金
大金を得て貧しきを蔑する声はばかりもなく聞こえくるなり
見てゐるは千本槍の小さき花 金では買へぬものがあります
◇塩パン(抄)
閉ぢ込められてゐるやうと聞こえなにゆゑか慌てる歯科の待合室に
恐竜のもつてた涙骨われも持ちむつりむつりと塩パンを食む
豊後梅おちて転がる梅雨の庭屈めば甘き香りを放つ
きのふ五個けふまた三個落ち梅を拾ひてかへす梅の根元に
庭の梅わたしは五年も捥がないが原発事故もう過去と人いふ
◇あんかう(抄)
みちのくの相馬に売らるるあんかうは青森産なり友置いてゆく
深海にぢつとしてゐる鮟鱇にあらずやわれらみぞれ雪ふる
◇こけし雛(抄)
避難していかになりたる姪の雛七段飾りも五年を見ざる
飾り置く雛にかすかな気配あり視線まつ直ぐ闇を視てゐる
◇窓を開ければ(抄)
そのかみの漂着物なる小さき実は今いういうと樹つプラタナス
ウェールズの鉱業汚染にことごとく植生消えてプラタナス消ゆ
千年の隔離ののちに種をつなぐ樹皮の黄まだら剥落をせり
遺伝子に汚染の記憶を秘めながらプラタナス遠く街路につづく
信号を待つ間思へり除染後のめうがを何故われ食べられぬのか
もの言へぬ空気ひろがる秋の日を裾より黄葉するプラタナス
◇風除室(抄)
帰るかえるわが家に帰ると今朝もいふ移転先にまだ馴染めぬ母が
苦しいと言へねばなぜかくるしくてわが心にも風除室欲し
◇炉(抄)
炉とは「火の容れもの」なれば炉火 香炉 焜炉(レンジ) 原子炉格納容器
おどろきてわれは見てゐる死者生者大勢あゆむふるさとの夢
ふくしまに廃炉作業のつづく日を咲く山辛夷 顔上げ行かむ
◇大観覧車(抄)
常磐線坂元駅の発車音キビタキならむ雪の日も鳴く
五年半ぶりに降りたつ新駅舎もとの駅もう思ひ出せない
来てみれば草野原なり家跡は 松本さんあの日いかに流さる
地方紙のわが選歌欄に避難者のうた途切れなし六年経つも
野菜もう作らずなりたる裏畑にはびこるミントけふは刈らむか
除染作業に巣を追はれしかアシナガバチ今朝はさかんに軒下を飛ぶ
ああまるで虚無僧のやうなネット帽 庭を行き来す除染の人ら
雨樋の除染終へしが三日後になぜか詰まりてまた人がくる
震災後読めば身に沁む「あぢさはふ目ことも絶えぬ」ひと増えてきて
ふはふはの穂花の白によみがへる故里の山いかになりしか
わがまへに大観覧車あらはれて時を廻すも うはみづさくら
◇梅咲いてゐる(抄)
十五年生きて避難も共にしたまなこの青きルルといふ猫
霜深くしらめる朝よ今はもう戦前つぎの原発事故前
◇現在(抄)
データ放送にけふの風向きたしかむる慣ひも五年ふくしまの夏
放射性物質飛散防止剤撒かれて事故炉の覆ひ外さる
ふるさとは人住めぬ町けふは来て流されし駅の解体を見つ
駅舎なき駅なれど眼にはありありと帰省を待つてた父甦り(かへ)りくる
パイプ椅子に資料置かれて開かるる除染説明五年目の秋
「川内原発(せんだい)につづき…」と伝ふる再稼働いまだ除染も終はらぬ日々に
避難先に食料を送りくれたるは沖縄の友 五年が経つた
何をしてゐた我なるか庭の梅五度咲きたる間(あひ)に
悔いのなき生を生きたし梅の蕾きのふよりけふ咲(ひら)くる多し
遠藤たか子歌集『水際』の原子力詠を読んできたが、今回で終る。
次回からも原子力詠作品を読んでいく。 (つづく)
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